「春一番」

今週の体育準備の当番に、私の班が当たっていた。
どうせ、後片付けに時間が掛かるから、着替えは体育倉庫の中ですませてしまおう。
そう思ったのが、そもそもの大間違い。
制服に着替えて体育館の外へ出てみると、まるで台風のような強い風が吹き荒れていた。
体育の授業が始まる前までは、もっと穏やかだったのに・・・。
 「今日の天気予報で、”春一番”が吹くとは言ってたけど、これじゃ”春の嵐”だよぉ」
友達の一人が、制服の裾を押さえながら、ウンザリした声で言う。
確かに、すごい風。生暖かい空気が、容赦なく身体に当たって、少し息苦しくなった。
持っている荷物を飛ばされないように、ギュッと強く抱え直すと、
空いている方の手で、制服の裾を押さえる。
スカートに気を取られているせいで、風で乱れる髪を押さえられずにいた。
 「珠紀ちゃん、大丈夫?」
 「うん、何とか・・・」
髪を振り乱している私を見て、友達が心配そうな声で聞く。
髪の方は諦めよう。守るべきは、羞恥心だよね、やっぱり。
捲れ上がるスカートを、片手でどうにか押さえつけながら、校舎に向かって歩き出す。
そのとき、一陣の風が通り過ぎた。
一瞬だけ、私の周りに留まると、すぐにそのまますり抜けていく。
それまでの、容赦なく身体にぶつかってきた強風とは、何処か違う。
まるで、優しく包み込むように、私を安心させてくれる風。
 「あれ? 風、止んでない?」
友達の声に、私も周りを見回してみる。確かに、風が止んでいた。
さっきまで、押さえるのに必至だったスカートの裾も、今はきちんと収まっている。
校庭の方では、砂埃を巻き上げて吹き荒れているように見えるのに・・・。
私たちの周りだけ、風が止まっている。 これって、まさか。
慌てて校舎を見上げると、窓の向こうに消える後ろ姿が見えた。
 「珠紀ちゃん、今の内に校舎に戻ろう。次の授業に遅れちゃうよ」
友達に声を掛けられ、私たちはそのまま、校舎へと向かって走り出した。
そして、4限目の授業も終わり、お昼休みになる。
私は、さっきのことを確認しようと、急いで教室を飛び出した。
ゴツン。 頭の後ろで鈍い痛みが走る。
 「あのね、拓磨。いつも普通に声掛けて、って言ってるでしょ」
叩かれた頭を摩りながら、後ろに立っていた拓磨に文句を言う。
少しくらい手加減してくれないと、タンコブができそうだよ。
 「声を掛けたのに、気付かなかったのは、お前だろ。
 それより、今日の昼飯は、俺たちの教室で食うらしいぞ」
 「えっ、どうして? 屋上、使えないの?」
今日はお天気が良いから、床やベンチが濡れて使えない、ってこともなさそうだけど。
そもそも、ジャンケンもしないで、私たちの教室に決定だなんて・・・。何かあったのかな。
 「真弘先輩の、いつもの俺様発言だ。今日は風が強いから、俺たちの教室なんだと。
 そういや、体育の片付けで お前はいなかったんだな。さっき教室に来て、そう言ってった。
 まったく、あの人の考えることは、いつも突然過ぎて、着いてけない」
そうか、屋上だと、もっと風が強そうだもんね、きっと。
とてもお弁当を食べるなんて、できそうにないだろうな。
特に、スカートの私が屋上に出るなんて、絶対にムリ。
真弘先輩の提案に納得して頷き掛ける私の周りを、再び風が包み込む。
まるで拓磨との距離を離すように、私を後方に押しやると、風は一気に通り抜けていく。
 「んなところに突っ立ってると、通行人に迷惑だろ」
声のした方を振り向くと、こちらに向かって歩いてくる、真弘先輩と祐一先輩の姿があった。
やっぱり、さっきの風は、真弘先輩だったんですね。
私を護るように包み込んでくれる風。真弘先輩の心、そのもののように暖かい風。
真弘先輩は、何処にいても、私を大切に想っていてくれるのですね。
 「真弘先輩」
私は、その想いに答えるように、気持ちを言葉に乗せて、名前を呼んだ。
大好きだという気持ちが、真弘先輩に伝わりますように。

完(2010.02.26)  
 
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