「嫉妬」

玉依毘売神社 の入り口にある長い階段。
俺は全速力で、その階段を駆け上っていた。
 「だー、くそっ!!何段あんだよ、これ」
ブツブツと文句を言いながら、それでも走る速度は緩めない。
神社の参道で、珠紀と待ち合わせしていたのに、すっかり寝坊しちまった。
待ち合わせ時間は、とうに過ぎている。
後少しで頂上が見える、ってところで、階段を下りてくる一人の男と擦れ違った。
男が一人で参拝?
 「んー、今の奴、どっかで見たことあんだけどな。誰だっけ?」
一瞬考えを巡らしたが、参道で手を振ってる笑顔の珠紀を見たら、
そんなことはもうどうでも良くなっていた。
 「真弘先輩、遅いですよ」
 「わりぃ、わりぃ。待たせちまったな」
息を整えながら、ベンチに座り込む。
 「ううん、そんなには待ってないですよ。ずっと本を読んでいたし・・・。
 それに、さっきまでは委員長が相手をしてくれてたから」
 「委員長?」
珠紀の言葉に、俺は訝しげに聞き返す。
あー、さっきの男!!何処かで見たことあると思ったら、珠紀のクラスのヤローか。
拓磨が言ってた、『最近珠紀にちょっかい掛けてる』って奴だ。
 「何で、んな奴がいんだよ!!相手って、何してたんだ、二人で」
 「何って・・・。ただ話してただけです。
 だいたい、ここは神社なんですから、参拝客くらい、いっぱいいますよ。
 たまたま、それが顔見知りのクラスメイトだったってだけで・・・」
俺の言葉に、珠紀は拗ねたような口振りで、そう言い返す。
 「ヤローが一人で参拝になんか来るかよ。どんだけ、信心深いってんだ」
こいつ、本当、鈍いよな。自分に逢いに来た、とかって思わないのか?
天気の良い日曜日。顔が見れればラッキーくらいに思ってやって来たら、
目当ての女がベンチに座ってる。これ幸いと、デートに誘うくらい、すんだろ、普通。
たまたま今日は、俺と約束があったから実現しなかったってだけで・・・。
どうして、そういう風には考えないんだよ!!
 「そんなの判らないじゃないですか。
 何か悩みを抱えてて、神様にお願いしに来たのかも・・・」
そう言うと、珠紀は途端に心配そうな顔になる。
 「んだよ。何か悩んでることはありませんか、とでも言って、
 あいつんとこ、聞きに行くつもりか?」
 「だって、クラスメイトなんですよ。私にできることがあるなら、役に立ちたいし」
珠紀ならそう言うだろう・・・とは、覚悟してたけどな。
実際に言葉にされると、さすがに落ち込むぞ、俺だって。
 「あのさ、珠紀。あんま、そーやって、あちこちに良い顔すんの、やめろ」
 「どういう・・・意味ですか?」
がっくりと項垂れてボソボソと言う俺の言葉に、珠紀は不思議そうに聞き返す。
男として情けない。俺って、スッゲー小さいやつ。そんな思いが、頭の中をグルグル回る。
でも、見栄張って寛大なフリして、それで珠紀が他の男のところへ行っちまうのを
我慢するくらいなら・・・。そんなちっぽけなプライド、こっちから捨ててやる。
 「別に、お前を信用してない、ってわけじゃねーんだけどな。
 ただ、好きな女に、自分のことだけ見てて欲しい、って思うのは、普通のことだろ。
 お前が、他の男のことで、色々悩んだり、そいつのことばっかり考えたり、
 そういうの、俺は気にいらねー」
 「・・・真弘先輩」
がっかりさせちまったかな。
珠紀にとって、俺は前向きで頼りになる先輩、って思われてるみてーだし。
こんな嫉妬深い男なんて、幻滅だよな。
その時、俯いてる俺の顔を、珠紀が下から覗き込んだ。
 「うわっ!!」
俺は驚いて、後ろに跳び退る。ビ、ビックリした。
 「真弘先輩。私、お弁当を作ってきたんですよ。
 今日はお天気が良いから、何処かでピクニックでもしませんか?」
笑顔を浮かべた珠紀が、まるで脈絡のないことを言い出す。
俺のさっきの言葉は、ムシかよ!!
立ち上がって先を歩く珠紀に、俺は肩を竦めて息を吐くと、後に続いて歩き出した。
 「私ね、先輩。一緒に出かけるって決まったときから、お弁当を作ろうって思ってたんです。
 真弘先輩、何が好きだろう。何だったら喜んでくれるかな。ピクニックするなら、何処へ行こう。
 二人で過ごすなら、誰にも邪魔されないところが良い。真弘先輩なら、そういう場所知ってるかな。
 ずっとずっと、考えてたんですよ。それはもう、真弘先輩のことばっかり・・・」
先を歩いていた珠紀が、振り返る。その顔には、満面の笑顔。
あー、くそっ!!何でこいつは、こうも俺を喜ばせるのが上手いんだ。
んな、可愛い顔見せられたら、もう何も言えねーじゃんかよ。
 「・・・知ってるよ。案内してやるから、ついて来い」
赤くなった顔を見られたくなくて、珠紀の手を引くように掴むと、今度は俺が先を歩く。
 「珠紀。ずっと、・・・俺のことだけ、考えてろ」
 「はい」
俺の小さな呟きに、珠紀ははっきりと言葉を返した。

完(2010.02.11)  
 
 ☆ このお話は、秋羽仁 様より設定をいただいて完成しました。心より感謝致します。 あさき
 
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