「宝物」

雪もようやく溶け始めた暖かい日曜日。
私は参道内にあるベンチに座って、本を読んでいた。
真弘先輩と待ち合わせをしているのだけれど、その時間までにはちょっとある。
日向に座っていると気持ち良さそうなので、ここで本を読みながら時間を潰すことにした。
どのくらい時間が経ったのだろう? 本に集中しすぎていたらしい。
ページを捲る拍子に栞を落としたとき、目の前に人が立っていることに気が付いた。
真弘先輩が来ていたのかと思って慌てて顔を上げると、そこに立っていたのは・・・。
 「委員長?」
 「やぁ、春日さん。こんなところで読書?」
学級委員をしているクラスメイトの男の子。学校以外の場所で逢うなんて、珍しいな。
委員長は、落ちた栞を拾い上げると、不思議そうな顔でその栞を眺めていた。
 「女の子の趣味にしては、珍しいね。黒い羽根なんてさ」
そう言いながら、拾った栞を返してくれる。
 「綺麗な羽根でしょ。お気に入りなんだ」
この羽根は、覚醒状態の真弘先輩から貰ったもの。
傷付かないように透明フィルムでコーティングした後、リボンを通して栞の形にした。
栞なら、普通に持ち歩いていても、誰にも気に留められる心配がない。
 「まぁ、確かに綺麗だけど・・・。好きなんだね、羽根のモチーフ。
 ネックレスのトップも、翼の形だ」
 「あっ、うん。これもね、宝物なの。
 羽根って、包まれてるって感じがするから、好きなんだ」
ネックレスは、真弘先輩からもらったクリスマスプレゼント。
さすがに学校に着けてはいけないけれど、それ以外の時にはずっと身に着けていた。
そうしていると、真弘先輩が傍に居て、護ってくれているみたいな気がして、すごく安心する。
 「よっぽど好きなんだね。じゃあ、何処かで見かけたら、買ってきてあげようか?」
 「ううん、それはいいよ、委員長。あの・・・ごめんね。
 羽根ならなんでも、って訳じゃないの。せっかく言ってくれたのに、ホント、ごめん」
私が好きなのは、真弘先輩の翼。真弘先輩がくれた物。
そこに、真弘先輩の想いが詰まっていなければ、好きにはなれない。
せっかくの委員長の好意だったのに、無碍に断って悪かったかな。
でも、ただのクラスメイトの私にまで、そんなに気を配らないといけないなんて、
学級委員って仕事も、結構大変なんだね。
 「はっは〜ん。それ、誰かからの贈りものなんだ。違う?」
 「えっと、あの・・・」
何で判ったんだろう? 委員長の言葉に、私は顔を赤らめた。
 「OK。ならさっきの、聞かなかったことにして。まぁ、ちょっと残念だけどね。
 じゃ、僕も、そろそろ行こうかな。
 春日さんがここに居るのも、誰かと待ち合わせ、なんでしょ?」
 「うっ・・・ホントに、ごめん」
肩を竦めて笑う委員長に、私は恐縮したように謝罪の言葉を口にする。
そう言えば、待ち合わせ時間、もう過ぎてるよね。
真弘先輩、そろそろ来てくれると思うんだけどな。
 「あはは、良いよ、良いよ。じゃ、また学校でね。いやぁ、鬼崎も、結構やるなぁ」
独り言のようにそう呟くと、軽く手を振って、委員長が去って行った。
 「何で、拓磨が出てくるんだろう?」
委員長の言葉が少し気にはなったけれど、
参道に続く階段を駆け上がってくる真弘先輩を見つけると、
さっきまでの会話はすぐに忘れてしまった。
栞を大切に本に挟むと、私は立ち上がる。
大きく手を振りながら、真弘先輩に声を掛けた。
 「真弘先輩、遅いですよ」
私の声に気が付いたように、真弘先輩が笑顔で走ってくる。
真っ直ぐ、私の所へ向かって・・・。

完(2010.02.07)  
 
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