「主役」

 「ふん、ふん、ふ〜ん♪」
真弘先輩が、楽しそうに鼻歌を歌いながら、マジックを片手に色を塗っている。
縁側からは、卓さんと祐一先輩が指している将棋の駒の音が聞こえてくる。
そんなのどかな雰囲気の居間で、たった一人、拓磨だけが頭を抱えていた。
 「なぁ、珠紀。頼むから、あれを止めてくれ」
 「そんなの無理だよ」
横にいた私に向かって、小さな声で拓磨が懇願する。
それに合わせて、私も返す言葉が小声になっていた。
 「お前、真弘先輩の彼女だろ!!彼氏の暴走くらい、止められなくてどうする!!」
 「そんなこと言ったって・・・。私の言うことなんて、真弘先輩聞いてくれないよ。
 祐一先輩か、卓さんに頼んでみたら?」
そう言って、縁側で将棋を指している二人に視線を向ける。
すると、拓磨はうんざりした顔で、首を横に振った。
 「それこそ無理だって・・・。
 だいたい、祐一先輩は、普段ボーっとしてるくせに、
 自分が楽しいって思うことに関しては、率先して参加する人なんだ。
 それに、卓さんだってアテにならん。子供のやることだから、って
 一段高いところから見てる振りして、実はあの人が一番、悪魔だ」
過去に、よっぽど酷い目にあったらしい。拓磨が、一気に捲くし立てる。
その時、コンッ、と硬い音がした。
 「いてっ!!何するんすか、真弘先輩!!」
頭を擦ってる拓磨の傍に、マジックのキャップが転がった。
 「うるせー。んな、引っ付いってねーで、珠紀から離れろ」
小声で会話をしていたせいで、きちんと言葉を聞こうと、
知らず知らずに顔を近づけていたらしい。
お互い顔を赤くすると、パッと離れた。
 「だいたい、さっきからブツブツうるせーんだよ。何がそんなに不満なんだ」
 「不満ですよ、何もかも!!何で毎年、俺が鬼の役なんですか?」
 「係りだからだよ。良いじゃねーか。節分の鬼って言ったら、主役だぞ。
 村中、歩いてみろ。何処の家からも、引っ張りだこだ」
慎司くんが村を離れてから、守護五家の最年少は拓磨だったんだもんね。
きっと幼少の頃から、節分になると鬼の役をやらされてたんだろうな。
 「んな係り、嫌っす」
項垂れて、そう呟く拓磨が、ちょっと可哀想になった。
 「そんな、なまはげや獅子舞じゃないんだから、村中歩かなくても・・・」
 「珠紀、それ、フォローしてるつもりか?・・・っと、できたぞ、ほら」
手作りの鬼の面に色を塗っていた真弘先輩は、それを掲げて見せる。
その横には、ちゃんと鬼の衣装まで用意されていた。
 「拓磨。もう、観念しちゃえば?あれはもう、誰にも止められないよ」
 「嫌だ。だいたい17にもなって、誰が鬼の格好なんてしたいと思う!!」
また小声で会話を交わす私たちに、真弘先輩が咳払いする。
 「真弘先輩、俺、今年はやらないっすよ。節分の鬼なんて、絶対主役なもんか!!」
拓磨が意を決して、そう宣言する。その時、廊下を歩いてくる慎司くんの声が聞こえた。
 「お待たせしました。ご祈祷の終った節分用の豆を持って来ましたよ」
豆まきに使うのは、神様に奉納してご祈祷した神聖な豆。
邪気を払って福を招く行事だからね。
さっきまで宮司修行で祈祷のお手伝いをしていた慎司くんが、
器に乗せたお豆を持って、居間に入ってくる。
 「王手」
 「おやおや、これは・・・」
パチンっと、駒を置く音がする。どうやら、縁側での一局も、終盤を迎えているらしい。
あの声からすると、祐一先輩の勝ちなのかな。
その時、バンッ!という、何かが破裂したような音がして、将棋盤が宙を舞った。
 「うわぁ〜!!」
音にビックリした慎司くんが、持っていた器を放り投げ、中に入っていた豆が、
私と拓磨の頭上で踊る。バラバラバラ。大量の豆の雨。
 「きゃあぁ」
 「いてて・・・」
器に入った豆をすべて被ってしまった私と拓磨は、慌てて手で頭を抑えた。
 「す、すみません!!珠紀先輩、拓磨先輩!!」
 「あっはっは。なんだ、結局、お前が鬼なんじゃないか」
恐縮して泣きそうになる慎司くんに、そんな私たちを見て真弘先輩が大笑いする。
 「大蛇さん、これは・・・」
 「あぁ、またこれで、勝負は引き分けですね」
縁側からは、祐一先輩の呆れ声と、何事もなかったかのような卓さんの声が聞こえてきた。
もしかして、あの爆発は、卓さんの術だったの?
 「さぁさぁ、みなさん。恵方巻の準備ができましたよ。どうぞ、召し上がってくださいね」
そこへ、にっこり微笑む美鶴ちゃんが、巻寿司の乗ったお皿を手に、居間に入ってくる。
あぁ、なんて、賑やかなんだろう。みんなが揃って、そして笑ってる。
これなら、豆を巻いて払わなくても、邪気なんて入って来れないよね。
 「慎司のお陰で、今年は鬼の役を免れられたな」
私が幸せな気分に浸っていると、拓磨が横で小さく呟くのが聞こえた。
 「本当にそう思う?」
 「怖いこと言うな」
悪戯っ子のような微笑を向けると、拓磨も迷惑そうな顔を向ける。
そして、真弘先輩が拓磨に向かって、一掴みの豆をぶつけた。

完(2010.02.06)  
 
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