「乙女の悩み」

ピチョン。
湯船に雫が落ちた音を聞きながら、私はまた、大きな溜め息を吐く。
”また”。そう、これで何度目か判らない。
最近、お風呂に入ると、いつも同じことばかりを考えて、それでも答えが見付からず、
結局は溜め息ばかり吐いていた。
 「どうして、拓磨、あの時・・・」
頭の中では同じ光景ばかりを思い出していた。そしてまた、大きな溜め息。
鬼切丸を巡る戦いが終わり、平和な日常を取り戻した私は、
ようやく当時のことを振り返ることができるようになっていた。
辛いことも多かったけれど、守護者のみんなや美鶴ちゃんと一緒に過ごしていた日々は、
今でも楽しかったと思い返すことができる。
そんな日々の中、私の不甲斐なさから守護者のみんなを傷つけてしまい、
真弘先輩や拓磨に距離を置かれてしまったことがある。
落ち込んでしまった私を、気遣ってくれてのことだとは思うけれど、
祐一先輩や慎司くんの策略で、真弘先輩と拓磨が数日間、家に泊まることになった。
あのときも、色んなことがあったよね。
美鶴ちゃんが拓磨のことを好きなんだって、真弘先輩から教えてもらったときは、
本当に驚いた。
 「真弘先輩の言葉じゃないけど、私って、相当鈍いのかな」
毎日一緒にいたはずなのに、私はまるで気がつかなかったのだから・・・。
それから、もっと焦ったのが、二人が入っているお風呂を覗いちゃったこと。
拓磨が真弘先輩の背中を洗っているところに、堂々と乗り込んでしまったのだ。
 「だってあれは、真弘先輩の悲鳴が聞こえたから・・・」
そしてまた、あのときの光景が頭を過ぎる。
真弘先輩の背中を洗っている拓磨。その手に握られていたのは・・・。
 「どうして、拓磨。何で、タワシなんか持ってたの?」
誰にでも、それぞれ好みはあると思う。
だから、手ぬぐいやナイロンタオル、ボディブラシに海綿製のボディスポンジまで
色々取り揃えておいたのに・・・。気がつかなかった、ってことではないよね。
真弘先輩、見た目は小学生みたいだし、もしかしたら遊ぶかな、って
シャレで一緒に置いていたアヒルの玩具は、湯船に浮かべてたんだもん。
それなのに何故、お風呂掃除用に置いてあったタワシなんか、選んだりしたのだろう?
 「もしかして、拓磨。真弘先輩のこと、嫌いなのかな?」
浴室の端に置かれているタワシ。それを見るたびに、あの光景を思い出してしまう。
タワシなんかで背中を擦ったら、拓磨の力が強いとかとは関係なく、
あまりの痛さに悲鳴くらい上げてもおかしくないよね。
そしてまた、大きな溜め息を吐いてしまった。
 「珠紀様。まだ入られているのですか?
 あまり長湯をされると、またご気分を悪くされますよ」
一人でグルグルと同じことを悩んでいると、
浴室のドア越しに、美鶴ちゃんの心配そうな声がする。
ここ数日、お風呂に入るたびに同じことを悩み続けた結果、
逆上せすぎて気分が悪くなった挙句、美鶴ちゃんに介抱してもらっていた。
 「あっ、美鶴ちゃん、ごめん。もう、出るから大丈夫」
私は慌てて美鶴ちゃんに返事をすると、悩み事を追い出すように、頭を一度振る。
いつまでも悩んでたって、仕方がないよね。
拓磨が真弘先輩のことをどう思っているのか、明日直接、本人に聞いてみよう。
 『真弘先輩には、いつも理不尽に八つ当たりされてるからな。ただの仕返しだ』
拓磨が言いそうな台詞を思いつき、何となく笑ってしまった。
確かに、真弘先輩は拓磨には容赦ないからね。まぁ、その殆どが避けられているけれど。
二人はずっと仲が良いと思っていたから、あの光景を思い出してからは、
何だか酷く気になってしまった。
それに、私と真弘先輩が二人だけの時に逢うと、殆ど絡んでくることもなく、
まるで逃げるように去られてしまう。
お昼休み、みんな一緒の時には普通なのに・・・。
 「うん、それについても全部、洗いざらい問い質してやる!!」
それから私は、拓磨への質問内容を考えることに没頭し、
結局また、美鶴ちゃんのお世話になってしまった。

完(2010.01.23)  
 
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