「寝言」

集中力。それは、授業中の俺様の態度とは、180度真逆にあるもの。
放課後、担任に呼び出された俺は、『集中力とは何か』ということを、懇々と諭されるハメに陥った。
お陰で、一緒に帰る約束をしていた珠紀を、随分と待たせることになった。
 「わりぃ、珠紀。遅くなっちまった」
珠紀の教室まで迎えに行った俺は、声を掛けながら、勢いよく教室の扉を開ける。
夕日の差し込む窓際の席で、珠紀は机に突っ伏した状態で座っていた。
 「おーい、珠紀。何やってんだ?」
近寄って覗いてみると、気持ち良さそうな顔で眠っている。
 「んだよ、寝てんのか・・・」
起こそうかとも思ったが、遅くなったのは、俺のせいだもんな。
仕方ねー。暫く、寝かしといてやるか・・・。
制服の上着を背中に掛けてやると、珠紀の前の席に座る。
珠紀が目を覚ますまでの間、バイク雑誌を読みながら時間を潰すことにした。
 「・・・ま・・・ひろ・・・せんぱ・・・」
静かな教室の中、俺の名前を呼ぶ珠紀の声が聞こえた。
 「あ?起きたのか?」
雑誌から顔を上げた俺は、珠紀の顔を見る。
目を瞑ったままの珠紀は、どう見ても、眠っているように見えた。
 「・・・何だ、寝言かよ。ったく、どんな夢見てんだ、おい」
気持ち良さそうに眠る珠紀の顔を覗き込むと、俺は自分の思いを口にする。
 「俺、夢ん中でも、ちゃんとこいつを、護ってやれてんのかな」
そうだと良い。たとえ夢の中であっても、珠紀を護るのは、俺の役目だ。
 「ん・・・、まひろ・・・せんぱ・・・」
俺の言葉に答えるように、再び珠紀の口から声が漏れる。
 「・・・すき」
俺は珠紀の言葉に、耳を疑った。こいつ今、好き、って言わなかったか?
 「ばっ!!バカか、お前!!んな、行き成り、告ってんじゃねーぞ。
 いーか、お前の目の前に居るのは、俺じゃない。
 見た目はそっくりかも知んねーけど、そいつは俺とは別人だ。
 だからそういうことは、ちゃんと起きて、目の前に居る俺に言え!!」
寝言とはいえ、滅多に聞けない珠紀の告白の言葉に、俺は動揺を隠し切れなかった。
慌てふためきながら、支離滅裂なことを口にしていると、そんな声が聞こえたのか、
珠紀が目を覚ます。
 「あれ?真弘先輩、先生とのお話、もう終ったんですか?」
眠そうな声でそう言うと、目を擦りながら起き上がる。
 「・・・誰か、居たんですか?何か、話し声が聞こえたような気が・・・」
キョロキョロと辺りを見回す珠紀に、俺は慌てて首を振る。
 「いねーよ、誰も。お前が一人で、寝ながらしゃべってただけだ」
 「私、何か言ってました?」
俺の言葉に、珠紀は口を抑えながら、顔を赤くする。
やっぱり、俺に告白するっつー夢、見てやがったんだ。
 「さーな。で、どんな夢、見てたんだよ」
どうせなら夢だけじゃなく、本人を目の前にして、言わせてやる。
 「どんなって・・・。屋上で、みんなと一緒にお昼を食べてる、って夢です」
照れくさそうに、珠紀はそう説明する。昼休みの屋上。祐一達が居る前で、告白したのか!!
 「飯食って・・・んで、どうすんだ?」
実際にその場にいた訳でもないのに、どういう訳か緊張する。
それでも、珠紀の口からちゃんと聞いておきたくて、夢の続きを話すように促した。
 「どうって言われても・・・。そうそう、真弘先輩の目の前に、山のようなやきそばパンがあるんです。
 それを見た私、『真弘先輩、本当にやきそばパン、好きですよね』、って・・・」
 「やきそば・・・パン、だと? じゃあ、あの『すき』ってのは、やきそばパンのことなのか?
 くそー!!そーゆーことかよ!!」
勘違いに気付いた俺は、恥ずかしさも重なり、大声を上げていた。
 「えっ?真弘先輩、どうして怒ってるんですか?」
 「うるせー!!俺ってそんなイメージなのかよ、って情けなくなっただけだ!!」
完全に八つ当たりなのは判っている。だけど、もう止められない。
 「ただの夢じゃないですか!!先輩が言えって言うから、言ったのに・・・。
 それに、真弘先輩だって、私が先輩のやきそばパン、横取りした夢、見てたでしょ!!」
 「あん時はお前、倍返しで仕返ししたじゃんか!!」
 「だってあれは、真弘先輩が悪いんですよ」
売り言葉に買い言葉。珠紀も、前に俺がやった所業を思い出し、拗ねた口調で言い返す。
俺に劣らず頑固なやつだからな。一度拗ねたら、そう簡単には機嫌を直しちゃくれない。
仕方ねーから、俺が折れてやるか・・・。
 「あー、そーかよ!!ったく、もう帰るぞ」
机の上に放り出していた雑誌を、無造作に鞄に押し込むと、廊下へ向かって歩き出した。
 「待ってくださいよ。真弘先輩ってば!!」
慌てて珠紀が追い駆けてくる。廊下へ出る一歩手前で、珠紀に腕を掴まれた。
 「判りました。ちゃんと謝ります。寝ちゃって、お待たせしたの、怒ってるんですよね?
 ごめんなさい。だから、そんなに怒らないで・・・」
俺が怒り出した理由を勘違いした珠紀は、素直に頭を下げる。
泣きそうな顔をしている珠紀を見て、俺はやり過ぎたことに気がついた。
 「んなんじゃねーって。・・・俺こそ、怒鳴っちまって、悪かったな。
 あー、それにしても、なんだ。よーするにだな。
 告白するときは、ちゃんと起きてっときに、俺を目の前にして言え、ってことだ」
 「えっ?何ですか、それ?」
 「うるせー、良いんだよ、いつか言わせっから。ほら、帰るぞ」
そう、いつか言わせてやる。夢の中の俺にではなく、現実の俺自身に向かって・・・。

完(2010.01.09)  
 
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