「写真」
お昼休みの屋上。
チャイムと同時に教室を出たから、まだ誰もいないかな、と思ったんだけど・・・。
珍しく、真弘先輩が、先に来ていた。
「真弘先輩、今日は早いんですね」
「さっきまで体育だったからな。制服に着替えた後、教室寄らずに、真っ直ぐこっち来た」
購買で買ったやきそばパンと紙パックのコーヒーを両手に持って、
真弘先輩は、いつもの定位置であるフェンス前に座っていた。
いつもならテーブル席に座る私も、今日は真弘先輩の隣に腰を下ろす。
「真弘先輩。ちょっと、お願いがあるんですけど・・・」
「んだよ、改まって・・・」
ストローを咥えながら、真弘先輩が不思議そうに聞き返す。
「今度の週末、また、村を離れることになりました」
「また、ババ様の遣いか?」
以前、お祖母ちゃんからお遣いを頼まれて、村の外へ出たことがある。
あの時は急な話だったから、美鶴ちゃん以外、誰にも伝えずに出かけてしまった。
そのせいで、帰ってきた時には、真弘先輩を筆頭に、守護者全員に散々叱られた。
玉依姫の不在は、村にとってもあまり良い影響を与えないらしい。
「いえ、そうじゃなくて・・・。中学の時の同窓会があるんです。
昨日、友達から電話で教えてもらって、行くことになったんですけど・・・。
それでですね」
「へー、同窓会。良いんじゃねー、別に」
私の言葉を遮るように、不機嫌そうに真弘先輩が口を開く。
何怒ってるんだろう?やっぱり、玉依姫が村にいないって、ダメなのかな?
でも、お祖母ちゃんや美鶴ちゃんだっているんだもん。少しぐらいなら、平気だよね?
「すぐに帰ってきます!!ちゃんと帰ってきますから、大丈夫ですよ。
そんなことより、これ見てください。ジャーン!!」
真弘先輩を安心させるようにそう請合うと、本来私が言いたかったことを口にする。
効果音と共に、鞄の中からある品物を取り出した。
「真弘先輩、お願いがあります。一緒に写真、撮ってくれませんか?」
真弘先輩の目の前に、持っていたカメラを掲げてみせた。
「同窓会で、友達に見せたいんです。私にも、好きな人ができたんだって・・・。
初めての彼氏なんですよ。やっぱり、その・・・ちゃんと紹介したいし・・・」
言ってて、何だか照れくさくなる。恥ずかしくて、どんどん小声になっていく私に、
真弘先輩は、きっぱりと言い放った。
「嫌だ」
「えーっ!!何でですかー?」
「俺様の魅力が、そんな小さな箱ん中に収まるわけねーだろ。やなこった」
まさか断られるとは思わなかったので、何だかすごく悲しくなってきた。
「・・・じゃあ、良いです。代わりに祐一先輩にお願いしてきますから」
調度、屋上にやってきた祐一先輩を見付けて、私は立ち上がった。
「お前、祐一を彼氏だって、紹介するつもりか!!」
「そんなことしませんよ。ただ、友達が勘違いしても、訂正はしないかも知れません」
拗ねた口調でそう言い切ると、私は祐一先輩の所へ歩き出した。
ふんっだ。真弘先輩の意地悪。
「どうした。焼いた餅みたいに頬を膨らませて。また、真弘と喧嘩でもしたのか?」
近寄ってきた私の顔を見て、祐一先輩が呆れた顔でそう尋ねた。
「違います。喧嘩なんかしてません。全部、真弘先輩が悪いんです」
「俺じゃねーだろ。嫌なもんを嫌だって言って、何が悪い」
「もー良いです。真弘先輩には頼みません。祐一先輩、一緒に写真、撮ってください」
さすがに、祐一先輩を彼氏だなんて、紹介するつもりはない。
この後、拓磨や慎司くん、それから卓さんにも、写真を撮らせてもらうように
お願いするつもりだし。守護五家のみんなは、私にとって家族みたいなもんだもん。
この村で、たくさんの家族に護られて、私は幸せに暮らしてるんだ、って、
ちゃんと報告がしたい。ただ、それだけなのに・・・。真弘先輩のバカ!!
「写真?それは構わないが・・・。でも、もう撮っているのではないのか?」
「えっ?」
「体育の授業中、カメラを持った珠紀を見かけたが・・・」
「お前、何、撮ってたんだよ。ちょっと、それ、貸してみろ!!」
「ダメです、真弘先輩!!」
手に持っていたカメラを、あっさり真弘先輩に奪われてしまった。
あの中には、体育の授業でサッカーをしている真弘先輩や、
木陰で眠っている祐一先輩の写真が収められている。
動いていない真弘先輩は、確かに魅力が半減する、って、私だってそう思う。
せっかくなら、動いてる真弘先輩を撮りたい。
自習時間の教室を抜け出して、体育の授業を受けている真弘先輩を盗み撮りしてしまった。
まさか、それを祐一先輩に見られていたなんて・・・。
「ったく、お前、写真撮るの、下手すぎ!! 俺様はもっと格好良いだろーが。
仕方ねー、祐一、お前が手本、見せてやれ」
一通り、写真の中身を確認した真弘先輩は、持っていたカメラを祐一先輩に押し付ける。
「ほら、何ボケッとしてんだよ。んな、顔してっと、俺様の女として、紹介させてやんねーぞ」
「えっ、でも、真弘先輩、嫌だって・・・」
「・・・お前が、また行っちまうっつーから・・・。ちょっと拗ねてみただけだ。
あー、うるせー!!とにかく、さっさとしねーと、また気が変るぞ!!」
最初の方の言葉は小声過ぎて、私の耳には届かなかった。
何で気を変えてくれたのかは判らないけど、そんなことは、もうどうでも良い。
祐一先輩が撮ってくれた写真には、私の隣に立つ、真弘先輩のとびっきりの笑顔が写っていた。
これが私の大好きな人なんだよ。友達に、ちゃんと自慢してきますね。
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