「明日へ」

卒業式の予行演習。
真弘先輩も、祐一先輩も、明日の本番を迎えたら、この紅陵学院を卒業してしまう。
何だか淋しい気持ちで参加していた私は、三年生が座る席の中に、
真弘先輩の姿がないことに気が付いた。
座ったまま居眠りしている祐一先輩を見つけることができた私は、
その集団の先頭の方へ目を向ける。『鴉取』だから、出席番号は一番だったよね。
でも、祐一先輩のクラスの先頭は、空席のまま・・・。
 「なんで?朝は一緒だったのに」
私は心配になって、先生に見付からないように、そっと体育館を抜け出した。
真弘先輩がいそうなところ。それはきっと、屋上だよね。
私はそう確信して、屋上に向かう。
 「真弘先輩、みーつけた」
屋上の出入り口。その屋根の上に、真弘先輩はいた。
 「お前なー。ここには登ってくるな、って言っただろー」
出入り口とは反対方向に付けられているハシゴを使って、私も屋根の上に登る。
屋根の上で寝転がっていた真弘先輩は、私の声に反応して起き上がると、
呆れたような声を出した。
この上に立つと、下からスカートの中が見える、って前に怒られたことがある。
 「だって、下には誰も、いないんですよ。
 それに、真弘先輩がここにいないときには、登ったりしません」
そう言いながら、私は真弘先輩に近寄ると、傍に腰を下ろした。
 「ったく、少しは人の言う事、聞けよなー」
真弘先輩はそう言うと、くるっと私に背を向けて、そのまま私の背中に寄りかかる。
 「きゃっ!!ちょっと先輩、重いですってば」
 「うっせー。お仕置きだ」
もー、こんなお仕置きなんて、聞いたことないですよ。
 「そんなことより、先輩、良いんですか?予行演習、出なくって・・・」
 「あー、んなの、良いんだよ。俺様は、本番には滅法強いんだから。
 それにしても、俺も祐一も、明日でとうとう卒業かー」
しみじみとした口調で、真弘先輩はそう言った。
明日を過ぎたら、こうして、真弘先輩と一緒に屋上にいる、なんてできなくなるんだ。
それを考えると、しんみりした気分になってくる。気分を変えるために、私は質問を口にした。
 「真弘先輩の高校生活って、どんなだったんですか?」
私が知ってるのは、秋からの半年間だけ。それ以前の真弘先輩は、どんな風だったんだろう。
 「どんな、って言われてもなぁ。俺のモットーは、毎日を楽しく生きる、ってやつだからよ。
 まぁ、その通りに過ごしてきた、って感じだな」
そうか。真弘先輩は、鬼斬丸封印維持の贄としての役割を担っていたんだ。
封印の力が日に日に弱まっていく中、いつ贄の儀が行われてもおかしくない状況で・・・。
そんな日々を過ごしていたはずの真弘先輩に、私はなんてことを聞いてしまったんだろう。
 「・・・ごめんなさい」
 「ばーか、何謝ってんだよ。毎日楽しく過ごしてた、って言ってんだろ。
 結果的には、まー、良かったんじゃねーの。俺は、こうして生きてんだからよ。
 強いて言うなら、もうちょっと、高校生活ってのを、続けたかったかもな」
 「だったら、留年しちゃえば良かったのに・・・。
 そうしたら、同じクラスになって、一緒に勉強したり、お昼食べたりだって、もっと一杯・・・」
 「あ?何言ってんだ、お前。留年なんて、俺様のこの優秀な頭脳で、あるわけねーだろ」
あり得ないないのは、判ってますよ。でも、もっと一緒にいたいって思ったら、ダメなんですか?
 「それにな、この一年は、俺、もう一度生き直そう、って、そう思ってんだ」
さっきまでのからかい口調から一変して、大人っぽい落ち着いた声で、そう言った。
 「生き直す?」
 「ああ。今までは俺、今日のことしか考えずに、生きてきただろ。
 だけど、これからはちゃんと、明日のことも、明日だけじゃなく、もっと先のことも考えて
 そうやって生きていかなくちゃいけない。だから、今年一年は、そういうこともちゃんと
 考えてだな、って・・・。あー、何言ってんだ、俺。まぁ、そういうことだ」
話したいことはすべて言い切った、という風に、真弘先輩はそこで一旦口を閉ざす。
真弘先輩にとって、今までの人生は、死に向かって進んでいた。
これからは、生きるために、生き続けるために、進んでいく。
だから、『生き直す』のだと、そう言いたいのですね。
 「でな、その後は、お前と一緒に、大学生ってのをやってみたい。
 それまで、お前は、ちゃんと高校生、やってろ」
 「・・・はい」
真弘先輩の決意を受け止めて、私は素直に頷いた。
 「ねぇ、真弘先輩?先輩が考える明日には、私はちゃんと、傍にいますよね?」
 「当たり前だろ。お前、何処行くつもりだよ」
 「行きませんよ、何処にも」
これから先もずっと、私は真弘先輩の傍から離れるつもり、ないんですからね。
 「珠紀、お前さ。今、幸せか?」
 「もちろん、幸せですよ」
 「そっか。こういうのを、幸せって言うんだよな」
背中に掛かる真弘先輩の重みも、繋がれた手の温もりも、すべて幸せの証。
私は、この先もずっと、この幸せな日々を続けていくことを誓う。真弘先輩と共に・・・。

完(2009.12.20)  
 
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