「家族計画」
何でこんな話になったんだろう? きっかけはもう、忘れてしまった。
真弘先輩が、「子供は三人欲しい」と言っていたのは、何となく覚えている。
気が付いた時には、将来生まれてくるであろう子供の性別について、
私と真弘先輩は、お互いの意見が合わずに、何故か言い争いをしていた。
「だから、俺は女の子が欲しいんだ、って言ってんだろ」
「でも、私は男の子が欲しいんです!!」
ずっと平行線のまま、もう30分くらいは続けていたと思う。
「何でそんなに、女の子に拘るんですか?」
「そりゃ、お前・・・。お前に似た女の子なら・・・絶対可愛いだろう。
そうじゃなくて!!玉依姫、産まなきゃなんねーだろが、次代のよ」
最初の方の言葉は小声すぎて、実は、私の耳には届いていなかった。
でも、そっか。次代の玉依姫。
生まれてくるのは、当代の玉依姫の子、なんだもんね。
「でも、そのまま継承されるとは限らないじゃないですか。
私のお母さんだって、玉依姫じゃなかったんだし」
「だけど、玉依の霊力は女にしか継承されないんだから、仕方ねーだろ」
女の子から女の子へ、玉依姫の霊力は受け継がれる。
たとえ能力が開花しなかったとしても、その血は代々続いていくことになる。
真弘先輩は、蔵の中でそういう文献を読んだことがある、と教えてくれた。
「そ、それなら、クウソノミコトの力だって!!」
「あー、あいつは良いんだ。元々、死にたがってたような奴だしよ。
鬼斬丸はもうねーんだから、あいつの望みは、ちゃんと叶ったんだろ」
三柱のカミ。八咫鴉、妖狐、大蛇。暴走した鬼を封じる戦いで、八咫鴉だけが生き残る。
戦いの最中に死を恐れてしまった八咫鴉は、死んでいった妖狐と大蛇に誓う。
いつか、鬼斬丸を封印する力が弱まったとき、自分の力を封印に捧げる、と。
彼は、自分の命を捧げることで、死んでいった仲間に報いようとした。
そして、とうとう鬼斬丸を封印していた力が、弱まってしまった。
封印に捧げる八咫鴉の力。それは、真弘先輩の命。
でも、真弘先輩は死ななかった。先輩の生きたいという想いの強さが、鬼斬丸を破壊した。
「生まれた時から、死ぬことを考えて生きるなんてよ。そんなのは、俺だけで充分だ」
そう言う真弘先輩は、少し淋しそうな顔をしていた。
「だから!!・・・だから、私は男の子が欲しいんです。
だってもう、鬼斬丸はないんですよ。そんな風に考えて、生きなくても良い。
未来を見ながら、ちゃんと生きていけるんです」
子供の頃に戻って、もう一度生きなおす事はできないけれど・・・。
だからこそ、生まれてくる子供に、それを託したいって、思ってしまうのだ。
「それに、真弘先輩、言ってたじゃないですか。鴉取家は、俺の代で終わりだって。
そんなの、絶対に嫌です」
いつだったか、真弘先輩に恋愛について聞いたことがある。
真弘先輩が、封印の生贄になるなんて運命を課せられているなんて、知らなかった頃。
冗談っぽく語っていたけれど、先輩は自分が死ぬ運命だってことを、受け入れていた。
「鬼斬丸がなくなって、すべての状況は変ったんです。
それなら、全部ひっくり返してしまいましょう。鴉取家は、これからもずっと続くんです。
そのためには、絶対、男の子を産みますからね。先輩も、ちゃんと協力してください」
この先も、真弘先輩の未来は続いていく。だから、幸せにならなきゃ、絶対にダメ。
「珠紀・・・お前、意味、判って言ってんのか?俺の協力って・・・」
「えっ?」
力説する私に、何故か真弘先輩は顔を赤らめていた。私、何か変なこと言った?
「ち、違います!!そんな変な意味じゃなくて!!
生まれてくる子供達を、ちゃんと護って欲しいとか、そういうことですってば!!」
子供が生まれてくる過程にまで考えが及ぶと、私は慌てて声を上げる。
「ったく、んなの、当たり前だろ。俺の子だぞ。父親が護ってやらなくて、どーするよ」
「つ、ついでに、母親の方も、よろしくお願いします」
「おぅ、任せとけって!! お前も、子供達も、俺が絶対護ってみせる。
でも、これで子供はたくさん、生まれそうだな。なんたって、母親が協力的だ!!」
満面の笑顔を見せる真弘先輩に、私は更に顔を赤くした。
「真弘先輩のエッチ!!」
「なんだよ、自分が先に言い出したんだろ。
とにかく、女の子が生まれるまでは、頑張るからな」
「だから、男の子ですってば!!」
また、同じ言葉を繰り返す。
そんなやり取りを、遠巻きに見ていた二人は、呆れたような表情を浮かべていた。
「ねぇ、美鶴ちゃん。あの二人の会話ってさ」
「えぇ、慎司くん。とっても不毛だと思います」
溜め息の二重奏をバックに、私と真弘先輩の言い争いは、暫くの間続けられた。
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