「いってらっしゃい」

参道の入り口にある階段を下りたところ。そこが真弘先輩との待ち合わせ場所。
鬼斬丸を巡る戦いが終わった後、真弘先輩とは、ちゃんと恋人同士って関係になれた。
それからは、毎朝、先輩がここまで迎えに来てくれる。
学校までの道のりを、他愛のないおしゃべりをしながら一緒に歩くのが、私の大好きな時間。
でも今日は、そんな楽しい時間を、一緒には過ごせないんだよね。
ちょっと残念に思いながら、私は待ち合わせ場所に立っていた。
 「よぉ、待たせて悪かった・・・って、お前、制服はどうしたんだ?」
やってきた真弘先輩は、私服姿のまま立っている私を見て、不思議そうに聞く。
 「今日は、学校お休みすることにしました。
 せっかく迎えに来てもらったのに、ごめんなさい」
 「そりゃ、別に構わねーけど。・・・何かあったのか?」
滅多に学校を休んだりしない私が、いきなり休むと言い出したので、
真弘先輩は心配そうな顔をしていた。
 「実は、美鶴ちゃんが、熱を出して寝込んじゃったんです」
夕べ、青い顔をしていた美鶴ちゃんを問い質したら、ずっと具合が悪かったらしい。
 「美鶴が? まぁ、あいつも鬼斬丸の一件じゃ、随分辛い思いをしてきたからな。
 やっと落ち着きを取り戻してきたんで、肩の荷が下りて気が抜けたんじゃないか」
 「やっぱり、そうなのかな。
 心配だから、今日は学校お休みして、付いててあげようと思います」
ずっと無理をさせていただんと思うと、すごく申し訳なくなった。
今日は一日、ゆっくり休んでいてもらおう。
 「あぁ、そうしてやれ。美鶴は、人に甘えんのが下手だからな。
 この機会に、そういうのを味あわせてやんのも、良いだろ」
 「ですよね。美鶴ちゃんのことは、私に任せちゃってください!!」
 「張り切り過ぎて、病人にあんま気、遣わせんなよ」
握り拳でガッツポーズを取る私に、真弘先輩は呆れた顔をする。
だって、美鶴ちゃんが私に甘えてくれるなんてこと、今まで一度もなかった。
私ばかり美鶴ちゃんに甘えてるなて、そんなの絶対にダメ!!
この機会に、美鶴ちゃんも甘えて良いんだってこと、判ってもらおう。
 「じゃ、あんまりノンビリしてっと遅刻すっから、俺、もう行くわ」
 「あっ、待ってください!!良かったらこれ、お昼にでも・・・」
 「あ?何だ、これ?」
 「お弁当です。美鶴ちゃんと私の合作ですから、味は保証しますよ」
下拵えをしてくれたのは美鶴ちゃん。その後の味付けや調理は私。
具合が悪いのに、朝起きたら、美鶴ちゃんが台所に立っていて、すごく驚いた。
どうやら、私のお弁当を作ろうとしてくれていたらしい。
慌ててお布団に連れ戻した後、台所に行ったら、調度下拵えまで終っていた。
どうせなら、このお弁当、真弘先輩に食べてもらいたい。
そう思いたって、今朝はお弁当作りに励んでいたのだ。
学校を休むことだけなら、電話で伝えるだけでも、本当は良かったんだけどね。
お弁当を渡したかったし、それにやっぱり、真弘先輩の顔、見たかったから・・・。
こうして待ち合わせ場所まで、来てもらっちゃった。
 「おっ、サンキュー」
お弁当を受け取った真弘先輩は、嬉しそうに笑ってくれた。
うん。この笑顔が見られただけでも、お弁当を作って良かった。
 「じゃ、今度はホントに行くぞ」
 「はい、いってらっしゃい」
にっこり笑って手を振ると、何故か、真弘先輩は驚いた顔をしていた。
 「あれ? なんか、今の、新婚さんみたいでしたよね。
 旦那様を見送る新妻って感じで・・・」
 「なななな・・・何、言ってんだ、お前!!バカじゃねーの!!
 ったく、じゃーな!!」
私の言葉に、見る見る間に顔を赤くした真弘先輩は、
大声でそれだけ言うと、学校へ向かって走り出した。
つまんないの。”いってきます”のキスぐらい、してくれたって良いのにな。
真弘先輩って、ホント照れ屋なんだから・・・。
 「真弘せんぱーい。帰り、お弁当箱を置きに、家に寄ってくださいねー」
走る真弘先輩の背中にそう声を掛けると、先輩は振り向きもせずに右手を上げてみせた。
 「真弘先輩、いってらっしゃーい」
もう一度大声でそう言うと、真弘先輩の姿が見えなくなるまで、ずっとその場で見送っていた

完(2009.11.21)
 
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