「進路」

高校三年の冬。聞いただけで、頭ん中がグレー一色になりそうなフレーズだ。
 「まるで、この空と同じだな」
開いた窓から空を見上げていた俺は、振り向いて、教室を眺め回す。
受験対策という名の自習時間。
教室に残っているやつらは、参考書を片手に、難しい顔で机に向かっていた。
唯一、俺の横に座っている祐一を除いては・・・。
 「お前は、気楽だなー。んなことしてっと、反感買うぞ」
図書室で借りてきたらしい本を読んでいた祐一は、俺の声に顔を上げた。
 「お前には、言われたくないな。
 さっきから、窓の外ばかり見ていただろう」
 「だって俺、受験、関係ねーもん」
まさか、こんな時期まで生きてられるとは、正直思ってなかったからな。
毎年、”今年限り”のつもりで、過ごしてきた。
どうせ今年しか生きられないのなら、好きなことをしてやろう。
そう思ってやってきた結果が、これだ。
 「俺、あんま頭、良くねーからなぁ。祐一みたいに、勉強、好きじゃねーしよ」
 「俺も、勉強は好きじゃない。
 授業でもないのに、教科書を開いている方が、よっぽど勉強好きだと思うが・・・」
悪気のない顔で、祐一は平然と言ってのける。
 「バカッ。んなこと、大きな声で言うなって。いつか闇討ちに遭うぞ」
 「そうなのか?まぁ、そのときは、お前が助けてくれるのだろう?」
 「やなこった。俺は、美人しか助けない、って決めてんだ」
祐一なら、闇討ちに遭ったぐらいじゃ、俺の助けなんて必要ないだろうけどな。
 「では、大学には、行かないつもりか?」
 「あー、どうすっかなぁ。気が向いたら、来年くらいには、受けてみっか」
 「来年、か。来年は、珠紀も拓磨も受験だったな。
 なら、三人一緒に同級生になるかも知れないわけだ。
 いや、まて、真弘の場合、来年受かるとは限らない。
 ・・・という事は、慎司と同級になる、ということもあり得る。
 最悪は、全員の後輩に・・・」
祐一は、恐怖の予言を口にする。
 「うわぁー、やめろ!!俺様を後輩呼ばわりするなんて、絶対、許さねー!!」
後輩だって理由だけで、散々拓磨を殴ってきたんだ。返り討ちなんて、ごめんだぞ。
 「つーか、俺はやればできる子なんだよ。受験なんて、軽い、軽い」
 「・・・そうか。なら、今年だってまだ、間に合うんじゃないのか?」
祐一にしては珍しい。
人に何かを強く勧めるなんてこと、滅多にするようなやつじゃないからな。
もしかしたら、祐一も不安なのかも知れない。
大学に合格したら、村の外に出ることになる。
人との関わりを極端に嫌う祐一なら、村の外に出ることは、そのまま恐怖の対象なんだろう。
ガキの頃から一緒だった俺が傍にいないことが、祐一を更に不安にさせているのかもな。
 「願書の提出期限には、もう少しある。考えてみたら、どうだ?」
 「・・・そうだな」
大学受験、か。合格したら、大学へ通うために、この村を出る。
運命に恐怖して、逃げ出したかったこの村を・・・。
空を見上げながら、何処か別の場所へ飛んで行きたいと、そう願いながら過ごしたこの村を・・・。
だけど、今は・・・。あの頃のような思いは、俺の中にはもう残っていなかった。
逃げ出したい理由がない、っていうのもあるが、それがすべてじゃない。
珠紀。俺の運命を変えた女。あいつと離れるなんてこと、俺自身が耐えられそうにないからな。
それに、あいつに泣かれるのは、正直辛い。
俺の運命を知ってから、あいつは俺がいなくなることを、極端に気にするようになった。
一年も離れるなんて言ったら、また、ビービ−泣いちまうのに決まってる。
 「あっ、珠紀だ」
何気なく窓の外に視線を向けると、体育館の前をジャージ姿の珠紀が歩いていた。
そろそろ授業も終わりか。体育は、着替えの時間がある分、少し早く終るからな。
 「真弘せんぱーい!!」
俺に気付いた珠紀が、両手を大きく振りながら、大声を出す。
 「うわっ、バカ!!まだ、授業中だろ!!」
他の教室にまで丸聞こえの大声出しやがって!!
 「何だ、珠紀がいるのか?なら、俺も挨拶をしておこう」
祐一はそう言って、窓際までやって来る。
 「やめろ、祐一!!お前は、ダメだ!!」
祐一が、珠紀の方へ向かって、手を上げた瞬間・・・。
 「きゃぁー、狐邑せんぱーい!!」
 「狐邑先輩が、手を振ってくださったわ!!」
二年の女子共が、一斉に黄色い声を上げる。
だからダメだって言ったんだ。こいつ、自分の人気ってのが、判ってねーんだからよ。
俺は、慌てて祐一を遠ざけると、窓を閉めた。
 「いやぁーん、鴉取先輩の意地悪ぅ〜」
何とでも言え!!こんな大騒ぎになったら、自習してないのがバレバレだっつーの。
 「真弘。俺はまだ、珠紀に挨拶をしていなかったんだが・・・」
 「んなの、知るか!! 昼休みに逢ったときに、好きなだけ挨拶でも何でもしろ!!」
この天然っぷりは、村の外に出たとしても、きっと変んねーんだろうな。
こいつをフォローできるやつなんて、きっと俺くらいなもんだ。
参考書を片手に机に向かっている級友達を眺めて、俺は盛大な溜め息を吐いた。

完(2009.11.15)
 
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