「拠り処」

ここの処、珠紀のやつは忙しい。
玉依姫としての世継が本格的に決まってから、何かと慌ただしく動き回っている。
巫女として必要な知識や振る舞い。
そういった仕来りから、玉依の力を制御するための術に至るまで、
世継に関する諸々のことを、大蛇さんが付きっきりで指導している。
その傍ら、玉依姫は体力が資本。少し身体を動かしたい。
そう言って、拓磨から護身術代わりの体術まで習い始めた。
そんなもんで良いなら、俺にだって教えられるのに。
 『真弘先輩の戦い方は、風の力を操るじゃないですか。私にそれはムリですよ。
 拓磨なら体術が専門だし、基礎から教えてもらいたいんです。ダメですか?』
そんな風に上目遣いで可愛く頼まれたら、もうダメだなんて言えねーだろ。
 「くそっ。拓磨のやつ。後で絶対しばき倒す!!」
珠紀に頼まれた時の拓磨の顔を思い出して、つい悪態が口を吐いた。
不満があるのは、大蛇さんや拓磨にだけじゃない。他の連中だって同じだ。
試験期間が迫ってるっていえば、図書室で祐一のやつに勉強を教わったり、
新しい料理が思い付いたといっては、慎司と弁当を交換してみたり。
図書室にはもちろん俺も一緒に居るし、珠紀の弁当も慎司の弁当も、
殆どは俺が食ってやったけどな。
珠紀の彼氏が誰なのか、アイツらに充分判らせてやらなきゃ、
俺の気が済まない!!
……違うな。アイツらは、俺とは全然違うんだ。
アイツらはみんな、珠紀の役に立つようなことばかりする。
俺は珠紀に、何もしてやれていない。ただ一緒に居るだけだ。
 「俺にも何か、出来ねーかな。珠紀の役に立つようなことをよ」
大きな溜め息を一つ吐き出すと、空を見上げる。
宇賀谷家の縁側に座っていた俺は、一人で月を眺めていた。
 「真弘先輩。こんな処にいたんですか? お茶、入りましたよ」
お盆を手にした珠紀が、俺に笑顔を向けながらやってくる。
居間の方からは賑やかな声が聞こえてくるから、
食事の宴はまだ続いてるんだろう。
トイレに行く振りをして抜け出してきたのに、気付かれちまったか。
 「ああ、風に当たりたかったんだ。俺のことは気にすんな。
 手が空いたんなら、オマエは少し休んでろ。
 今日だってずっと、忙しく動きまわって疲れてんだから」
大蛇さんや拓磨との稽古の後も、美鶴を手伝って買い物や夕飯の仕度まで
熟してたんだ。相当疲れているはずだ。珠紀はすぐにムリをするからな。
 「そうですか? それならお言葉に甘えちゃおうかな」
俺の言葉に素直に従ったから、てっきり部屋へ戻っていくものだと思ったのに。
そんな予想とは違い、ちょこんっと俺の横に座り込む。
 「……珠紀?」
 「何ですか?」
 「何ですか……ってオマエ」
珠紀の行動に動揺する俺を、まるで気にする素振りを見せずに、
俺の肩に頭を凭せ掛けると、そのまま目を瞑ってしまう。
今にも眠ってしまいそうな気配だ。
 「疲れてたら休んで良いって言ったじゃないですか」
 「だから、それは、部屋に戻れって意味で」
拗ねたような言い方に、更に俺は狼狽える。
心臓の音が跳ね上がって、至近距離にいる珠紀の耳にも
届いてしまうんじゃないかと焦った。
 「ここの方が休まります。
 真弘先輩の傍が、私にとっては一番落ち着ける場所なんですよ」
 「えっ?」
珠紀の言葉に耳を疑った。
俺の傍が……何だって?
 「傍を離れている時間が長いと、どんどん元気がなくなっていくんです。
 忙しくしてるのは私の都合なのに、我が儘な気持ちがすぐに出てきて、
 先輩に逢いたくなる。だから少しだけ、真弘先輩を充電させてください」
 「……っ!!」
それって、俺の傍に安らぎを感じてくれてる、ってことなのか?
傍に居ることしか出来ないんじゃなくて、
傍に居ることで、俺が珠紀の役に立ててるって。
そう思っても良いんだよな?
 「ったく、好きにしろ」
顔が赤らむのを見られたくなくて、突き放した言い方でソッポを向く。
最近は忙しくて、こうやって二人きりで居ることなんて、なかったもんな。
俺もこうして、珠紀を感じるのは久し振りだ。
 「それなら、今度の休みに何処か行くか?
 一日くらい、他の用事を休んだって構わねーだろう」
 「それ、良いですね。真弘先輩とお出掛け。今から楽しみです」
俺の提案に、返事の声が弾む。
その声音に後押しされて、恥ずかしいことを口にする勇気が出る。
気恥ずかしくても、たまには言葉にして伝えてやらなきゃな。
傍にいない時にだって、珠紀とは繋がっていたい。
 「俺には遠慮はいらねーんだからな。逢いたくなったら、いつでも来い。
 そんなの、我が儘でもなんでもねー。つーか、俺もオマエに逢いたいしよ」
 「…………」
勇気を振り絞って告げた言葉に、珠紀からの返事はなかった。
何、黙ってるんだよ。柄にもない事を言ったんだ。何か反応くらいしろ。
それとも何か。俺らしくないって引いてるのか?
 「……んだよ、寝てんのか」
そっと顔を覗きみると、俺に寄りかかりながら、
気持ち良さそうに寝息を立てている珠紀がいた。
少し開いた口が、嬉しそうに微笑みの形を作っている。
 「落ち着ける場所、か。それはお互いさまだ」
珠紀が寝やすいように姿勢を変えてやりながら、俺は独りごちる。
この役割だけは、決して誰にも譲らない。見上げた月に、俺はそう誓った。

完(2013.01.14)  
 
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