【日時】2009年10月18日 快晴
【大会】四万十川ウルトララマラソン60km完走記
【場所】高知県四万十町と四万十市
【メンバー】ごましお

序盤から右膝痛に襲われながら、何とか完走してきました。

前日
片道470kmは遠いです、感覚的には妙高に行く感じかな。地道を走る分遠く感じます。



須崎東で高速降りて、道の駅や旧い駅舎の大正駅に寄りながら四万十川に沿う国道を走ると、沈下橋が見えていたので、写真を撮ったりしてたら2時間でスタート地点の鯉のぼり公園に着きました。計7時間。



受け付けを済ますと、駐車場にテントを設営する。既に一張り、なにわと奈良ナンバーの車があり、毎年出場している方々だった。
夜になり前夜祭が盛大に行われた。食べきれない程の郷土料理が準備され、どれも美味しい。
鰹のタタキ、各種山菜料理、カニやエビのフライ、古式米のおにぎり、大栗の渋皮煮他沢山有りすぎて覚えてません。
噂に聞くと、100km会場の前夜祭は争奪戦らしいが、こちらは最後まで料理が余り、翌日のためにお持ち帰りもできて大変満足できた。
久しぶりにタラフク食べて苦しいくらいだった。
夜半に見た天の川は、北アルプスで見るのと変わらない程、星の数が多くて印象に残った。


大会当日
7時に起きるが、スタートの10時まではすることが無い。
テントでゴソゴソしていると、100kmのトップランナーが、3時間で峠越えして40kmを走り去る。



10時丁度にスタート。スタート前の説明で、もし号砲が鳴らなくてもスタートして下さいと云われた時は全員爆笑でした。
バイクハウスの前では、係員の方々がトイレの前で整理をされている。この大会はボランティアの方々の組織的な活動が随所に見れれ気持ちよく走れる。



10kmまで、キロ6分弱で進み私としては快調な出足だ。 10kmを過ぎ、徐々にペースが落ち始め6分を越す。
15kmを過ぎて、エイドを越て最初の沈下橋に差し掛かる下りでスピードを緩めた時に痛みが走った。
1週間前に40km走った後に重い右膝痛が起きてしまい、翌日の金山登山も右膝に無理をしない歩きで何とか無事に下山出来た。その時と同じ痛みが出てしまった。
200m程の急坂は走り切れたが、下りに入ると右膝に力が入らなくて歩くようにして降りる。



平地になると痛みも和らぎ走れるようになり一安心。
20km、100kmランナーの休憩場になっており、大勢のランナーが休んでいる。私は未だ20kmしか走ってないのに休みたくなった。頑張って出る。
25km、日差しが強く暑さを酷く感じ、痛みもあってバテ始める。 既にこの辺りで余裕無し、写真もほとんど撮らずただ走るだけ。
30kmが遠い。



30km、岩間沈下橋前から歩く誘惑が出始め、半分を越した安堵感から歩き始める。以後歩いたり走ったり2kmを連続で走れなかったと思う。 橋を渡り返した辺りが一番暑さを感じた。



40km、この辺りが精神的に辛い所だった。痛みが徐々に増し始めランナーに抜かれることが多くなる。40kmのエイドが非常に遠く感じた。
45km、中間点のエイドは名物エイドで、前夜祭でビールが飲めるエイドとして期待してた所だ。マラソンしながらビールを飲んだのは初めて、暑さと疲れから非常に美味く感じる、お代わりも出来たがコーラを頂いて出た。 痛みも有って写真を撮る余裕も無かった。残念。
50km、ドーピングの効果でこの区間は、気分的には短く感じた。しかし、アルコールで痛みを忘れただけか。
残り10km、やっとここまで来た。ようやく完走が見えてくる。
途中で、参加者名簿を見ながら「○○さんがんばれ〜」と声援を送ってくれるおじさんが居て、こちらも思わず「がんばるでぇ〜」と返してしまった。こんな応援は力になる、随分励みになった。



55km、幹線道路を離れ、四万十川沿いの道を行く。痛みが強まり満足に走れないが、日差しが和らぎ、日陰も続いて快適になる。だが走れない。 ここのエイドでも、チビッコとハイタッチして遊んでたら、○○さんガンバッテな〜と嬉しい応援を頂く。この応援で残り5kmほどを。
夕方になり、四万十川沿いのコース上に照明設備が増えてきた。後続は闇夜のランになるだろう、随所で係員が応援してくれ嬉しい。 残り3kmで赤鉄橋が見えた時は嬉しかった。



ゴール 60km
四万十川を離れゴール会場に向かう丘は大勢の応援があって嬉しいが、もうダメ。トボトボ走って丘を越し頑張った。
ゴールに近づくに連れ応援が最後の力を振り絞らせてくれる。ゴールの後ろで構えているカメラに向かって思いっきりバンザ〜イ。
やっと終わった。 速報で7時間12分、この膝で完走できて大満足だ。

荷物を受け取り着替えるとしばらく動けない。
スタート地点に戻るバスを待つ間に食べたツガニ入りうどんの出汁が、腑に染み込んで生き返る。 次々にゴールするランナーの一方で、回収車から続々ランナーが降りてくる。満足な足取りの人は居ないのを見て、もし今日の脚で100kmを走ってたらこの中に居たに違いない。間違って60kmにして幸いだったとつくづく思った。

1時間バスに揺られてスタート地点に戻ってくると静寂そのもの、暗闇にひっそりと車があるだけ、下り坂が痛みで歩けない。今夜も夜空が綺麗だ。体の芯が寒くて着込んだがしばらく震えが残る。
さあ、高速に乗って帰ろう。これが今回の2番目の目標、今日は長いぞ。
須崎東まで1時間半で帰り、途中のPAで仮眠していると、ランナーらしき運転手が次々にやって来た。
翌日に朝からPAやSAを巡りゆっくり帰ってきました。



振り返ると、福知山の練習のつもりで挑んだ大会であったが、右膝の痛みに見舞われ 試練の60kmだった。よくぞ完走したと自分を誉めてやりたい。
ゴール後に掛けてもらった完走メダルは、私のマラソン人生で一番重いものになりました。

              ごましお