■表題■ 先人の心に触れる ■本文■ インターネットによって膨大な情報があふれ、見ただけで全てを悟ったような気 分になってしまう現代、ともすれば自分自身を見失いがちな世の中において、わ たしは、一つの心に出会うことができました。 「国友望遠鏡」 恥ずかしながら、このような立派な望遠鏡が今から150年以上も昔の江戸時代 に、当時の鉄砲鍛冶「国友一貫斎」の手によって製作されていたことを「星三昧 教室2000」で拝見するまで全く知りませんでした。初見は、正直いってあま り良い物ではなく、現代の立派な望遠鏡と比較すると見窄らしく稚拙な望遠鏡だ と思っていました。 しかし、関係者の口から語られる国友望遠鏡の驚異的な造作について、いくつも の話しを聞くにつれて次第に鳥肌のたつ思いをしました。しかも、完成後の望遠 鏡で長期に渡る天体観測を行っていた事に至っては、ただただ驚嘆するばかりで した。 現代の知識と工具を駆使すれば、外見的には同じレプリカを再現することは容易 でしょう。しかし、形は同じ物が作れたとしても「国友一貫斎の心」までは再現 できなかったと確信します。敢えて当時の製法にこだわり、「国友一貫斎」の歩 んだであろう道を辿ったからこそ、はじめて「国友望遠鏡」が蘇ったのだと思い ます。くさい表現かも知れませんが、わたしは「職人の魂」に触れたと感じまし た。 わたしのように完成品を見ただけの人間が「職人の魂」を語るなどおこがましい 事ですが、復元にたずさわれた廣瀬さんや国友さんの口から語られる言葉には 「国友一貫斎」が蘇ったかのような、本物を知っている人だけが語れる「職人の 魂」とでも呼ばざるを得ない熱いものを感じました。 いくら原物や文献が残されているとは言え、製法や工具の詳細までが残されてい るわけではありません、苦労の連続だった事は資料からも読み取る事ができま す。また、試行錯誤の上に「国友一貫斎」と同じ結論に達していたと分かった時 の喜びは、何ものにも替え難いものがあったであろう事は廣瀬さんの嬉しそうに 語られる笑顔から容易に類推できました。 廣瀬さんが復元を決意して下さらなければ、また自身の手による長期に渡る天体 観測がなければ「国友一貫斎の心」が蘇る事は無かったと思います。 世の中には、現代の合理主義や効率主義からみれば、非効率で無駄にしか思えな い伝統文化が沢山あります。しかし、文化の本質とは、若輩者のわたしが語るの もなんですが、先人の心を受け止め自分なりの解釈を行い後世へ伝えていくこと ではないかと強く感じました。 所詮、映像や文献で得られる情報は視覚や聴覚に限られます。従って、理解でき る範囲には限りがあります。決して、今回のように嗅覚や触覚を伴った出合いに 勝るものではありません。 インターネットの発達した現代だからこそ、本物に触れる機会を大事にし、そこ で感じたものやそこに込められた先人の心を次世代へ伝えていける人物になりた いと思いました。 ■謝辞■ 最後に、このような体験の場をご提供いただいた小川天文台の皆様、東亜天文学 会の皆様ならびにこのような貴重な経験の場にお誘いいただいた大井田さんへお 礼の言葉にかえさせていただきます。 2000年10月23日 土井康生