| なんとも恐ろしい事件に驚かされた。昨日、大阪の小学校で起きた児童殺傷事件。 もう完全に怒りを通り越してしまった。絶望というのだろうか。このような行動は人間のすることとは考えたくない。動物的凶行もしくは悪魔的凶行と言った方がよいだろう。 人は心の中のどこかに少なからず残忍で冷酷な自分というものを持っているものだと思う。俺だって、今想像しているような恐ろしいことを自分がしでかしたら一体どうなってしまうんだなんてことを考えてみたりすることがある。そして、やっぱり恐ろしくて実際にそんなことができるはずないってことになる。 通常の人間らしい思考回路が働かなくなったのであろう人間が起こしたこの事件、その犯行には何の目的も必然性も見つけられない。 今回のような通り魔的事件が発生するたびに思うのだけど、こんなのどうやって防止すればいいんだ? いったい誰のせいでこんなことになるんだ!ってこと。 事件の再発防止ということで小学校の安全対策の見直しなどが言われているようだが、今回の事件は舞台がたまたま小学校であったというだけで、同じような事件がいつまたどこで発生するかわかったもんじゃない。 現代の複雑怪奇な社会においては、心に歪みが生じた人間がどこかで発生するのは仕方のないことだと思う。今回の犯人も精神病院に入院歴があるようだが、だからといって退院させた病院が悪いのかっていうとそれも違うだろう。精神鑑定って難しいと思う。外科のようにレントゲン撮って「はい。完治してます。はりきって退院できますよ」なんて訳にはいかないだろう。人間の精神構造なんて、どんなに医学が発達してもそう簡単には解明できないだろうし、どんなに優秀なカウンセラーだって、心の隅の隅まで完全に解きほぐすことなんてできないだろう。 批判覚悟で言わせてもらうと、こういう事件の被害者というのは天災に遭ったようなものなのじゃないだろうか。もし俺の身内が同じような事件で被害を受けたとしたら俺はそう考えて無理にでも自分を納得させると思う。それ以外、納得のしようがない。怒りの矛先がない。 俺はこんな事件を起こす人間は完全に精神分裂病だと考えるのだけど、この病気はいつ頃から存在しているのだろう。江戸や明治の頃からあったのだろうか? 今ほどでないにしてもたぶんあったのだろうな。そして、やはり通常の人間にはけっしてできないような恐ろしい事件が起きていたのではないだろうか。 でもよく考えたら江戸時代には獄門さらし首・引き廻し・火あぶりなどといった恐ろしい刑や拷問が存在していたけど、これはまともな精神の人間がやることか? 今と昔では常識が違うからそういうものなのかもしれないけど。では江戸時代の常識が異常だったのか? そんなことはないだろう。じゃあ現代社会はまともか? 俺の精神はまともか? まともな精神ってなんだ?? |
| (2001/06/09) |