ディック・ライダー著 (サンマーク出版)
あの問いかけが、すべての始まりだった
ディックは、ことの始まりを次のように説明してくれた。
――東アフリカのセレングティ高原に沿って高地を旅していたある夕刻、目 からウロコが落ちるような経験をしたんだ。この年、東アフリカは史上最悪の日 照りに苦しんでいた。広大な平原は干からび、見渡すかぎり土ぼこりしかない。 川底さえも、からからに乾いていた。青々と生い茂っているはずの草原は、とこ ろどころ堅い茎がかたまっているだけで、いつもなら深い影のなかに緑や青、藤 色などの彩りを添えているたくさんの花々は、どれも色あせてしまっていた。そ んななか、乾いた土ぼこりだけが我が物顔で、空高く舞い上がったり、固くひび 割れた地面へ舞い降りたりしていた。 (中略)
「僕たちはセレングティ高地にある小さなマサイ族の村、マガドゥルーへ入っ ていった。今夜はここでキャンプだ。明日の朝、またリュックをかついで旅をつ づけるのだ。
そのとき、長身でやせたマサイ族の男が車の前に飛び出してきた。 (中略)
翌朝早く、僕らはコイーの村を発った。僕はリュックサックを誇らしげに取り 出し、見せびらかすように背負ったんだ。ハイテク超軽量タイプで荷物が最大限 効率よく詰まるように設計されている。知ってるだろう?締め具に留め具、チャッ クにたくさんのポケットやポーチ、仕切りのなかにまた仕切りがあってそこら中 にマジックテープがついているやつだ。
そのリュックには荷物がぎっしり詰まっていた。まるで、アウトドア・グッズ の歩く広告みたいだった。で、それが必要だと思ったんだ。探検隊のリーダーと して、僕はグループ全体に責任があったからね。応急手当用のキットをはじめ、 バッグにはさまざまなものが詰まっていた。旅を安全にするだけではなく、楽し くするためのものがいろいろとね。僕はボーイスカウトではないけれども、ボー イスカウトの「準備を整えておけ」というモットーには従っていたらしい。何が 起ころうと準備OK、というところまで準備していたんだ。
一緒に歩いていくあいだ、コイーは僕のリュックサックにチラチラと目をやっ ていた。僕も何度も彼を見やり、槍と家畜を追うための棒しか持っていない彼の 荷物と、自分の背負っている重い荷物を心のなかでこっそりと比べていた。やが て、彼は僕のリュックを指して「なかが見たい」といった。彼がとても興味をもっ ているようだったので、僕はうれしくなった。どんなに注意深く旅の準備をした か、あらゆる事態に対していかに完璧に準備ができているかということを彼に見 せたくて、僕はうずうずしていたんだ。
午後遅く、別の村の近くでキャンプを張ったときに待ちに待ったチャンスがやっ てきた。僕は彼に見せてやろうとリュックサックの中身をひとつ残らず地面に並 べはじめた。締め具をゆるめ、チャックを開け、マジックテープを外す。ポーチ からポケットから内ポケットから、いろいろな種類の変わったもの、おもしろい ものを取り出して見せた。食べる用具、切ったり削ったりする道具、穴を掘る用 具、方向を見つける器具、星を眺めるための道具、地図を読む道具、ものを書く ための紙やペン類、いろいろな機能がついたいろいろな大きさのさまざまな道具 類、医薬品、治療薬、小さなボトルのなかにもっと小さなボトルがあり、そのま たなかに小さなボトルが入っている。そしてどれもが防水バッグに入っていた。 すごいだろう!
ようやく僕は、リュックの中身をすべて並べることができた。よく、偉大な探 検家の記事のまんなかに写真が載っているだろう?さいはての地を旅して無事に 戻ってくるためには、こういったものが必要ですよ、と持ち物を紹介する写真さ。 まるでそんな写真のようだったよ。いうまでもないけれど、僕自身、このコレク ションにはかなり満足していた。僕はコイーの反応を測ろうとした。びっくりし ているのか、無言だった。そりゃそうだろうと僕は思った。まわりにずらりと並 んだ品物に目をやりながら、僕も正直なところなんといっていいかわからなかっ た。数分かけて、地面に置いてある一つひとつをじっくり眺め、ようやくコイー は口を開いた。とても単純な言葉で、しかしとても熱意のこもった口調で彼はこ う尋ねたんだ。
「これが全部あれば、それで幸せなのか?」
コイーの質問には、何かとても強い芯があった。それは僕のなかにあるもっと も深い価値観の核心を突いたかのようだった。その夜、彼に答えることはできな かった。その夜だけではない。それから何週間かたっても、確信をもってきちん と答えることはできなかった。
彼が問いかけてきたその瞬間に、僕は自分が背負っているすべてのもの、そし てそれを背負っている理由について考えた。この旅についてだけではない。自分 の人生全体について考えさせられたんだ。
枝廣淳子