レスター・ブラウン著 (たちばな出版)
世界経済が1950年以来6倍近くに膨れ上がるにつれ、基本的なモノやサービスを提供する地球の能力が追いつかなくなってきた。地球の自然の制約とあちこちでぶつかっているにもかかわらず、我々人間は、地球の能力は無限であるかのように、人口を増やし消費レベルを引き上げ続けている。世界経済が年3%伸びると、その産出高は1997年の29兆ドルから2020年には57兆ドルに倍増することになる。2050年にはさらに倍増して138兆ドルに達する。29兆ドルあたりですでに、経済は多くの点で地球本来の能力を超えてしまっている。結果として、地球を――時には取り返しのつかないやり方で――変えつつあるのである。
ワールドウォッチ研究所では毎年、『地球白書』を出している。世界の「年次身体検査」を行っているわけだ。そして毎年、検査結果は基本的に同じである。文字通りどの徴候も「患者」の健康が悪化の一途をたどっていることを示している。年々、森林面積は減少し、砂漠が広がっている。毎年世界の農家は、8000万人もの人口を追加で養わなくてはならないのに、表土は前の年より減ってしまっている。漁場への圧力が強まるあまり、崩壊しはじめた漁場もある。大気中の二酸化炭素濃度は上昇を続け、これまで経験したことのない気候変動のお膳立てが整いつつある。絶滅のペースが加速するにつれ、地球上の植物や動物の種の数も減っている。
『地球白書』を出してきたこの15年間我々は、アメリカで最高潮に達した「化石燃料をベースにした、自動車中心の使い捨て経済」は無限に拡大し続けることはできないと主張してきた。経済の進歩を維持できる唯一の方法は、経済を再構築し、「再生可能エネルギーをベースにした、再利用/リサイクル経済」にしていくことだ、と述べてきた。
現在のままの形で世界経済が膨張を続けるならば、最後には経済を支えている自然のサポートシステムを破壊し、衰退していくだろう。この衰退と崩壊というシナリオは極めて論理的であって目を背けることができないにもかかわらず、我々は環境を破壊しない持続可能な経済に変えていくことができないでいる。
よい知らせは、環境を破壊しない持続可能な経済がどのようなものかはすでにわかっている、ということだ。たとえば、持続可能な経済の電力は、再生可能なエネルギー源から得られる。また再利用とリサイクルの経済である。自然の世界では、ある有機物の廃棄物は別の有機体の食べ物になるが、経済の構造もこのような自然をまねたものになるだろう。そして持続可能な経済では、人口は安定している。
経済を再構築するための鍵を握っているのは、税制の再構築である。労働や貯蓄といった建設的な行動に課す税を減らし、炭素の排出や有毒廃棄物の生成など破壊的な活動に課す税を重くするのである。税制を新しくするには、企業側にも政治側にもリーダーシップが必要だ。どのような変化のシナリオについて語ったとしても、現在の環境を破壊する経済を環境的に持続可能な経済に変えていくというチャレンジに取り組むリーダーがいないことには、絵に描いた餅にすぎない。
新しい経済――地球環境の原則を尊重する経済――の構築とは、史上最大の投資機会を意味する。このチャンスを理解する企業が10年後に勝者となっているだろう。そして、現状にしがみつこうとする企業は過去の遺物として置き去られてしまうだろう。
レスター R.ブラウン
ワールドウォッチ研究所所長
「僕はプロボクサーだったことがあるんだよ、本当に。一五歳くらいで最初の試合に出てね。相手は自分よりずっと大きな青年だった。こっちは緊張してガチガチだったしね。でも結構いけたんだ。それから二試合、全部で三試合やったところで、世界チャンピオンにはなれそうにないことがわかって、やめたけどね」
「それからやったスポーツ? 学生時代はレスリング部だ。その後は、つい最近までフットボールをやっていた。いまは時間がなくて観るだけになってしまったけど。昔から格闘技が好きなんだよ、実は」
「それで今は、世界の環境問題と『格闘』しているわけですね?」 という私のことばに、レスターは微笑んだ。確かに体格はがっちりしているし。でも、蝶ネクタイとスニーカーがトレードマークの温厚で知られるレスターが、ボクシングやらレスリングやら組み合っているところを想像するとちょっとおかしい。
レスターは、すばらしい講演者だ。OHPも何も使わずに、話術だけで聴衆をぐいぐい引っ張っていき、時間きっちりにきれいに終わる。理路整然とポイントを明らかに、データを付け加えながら語っていくので、非常にわかりやすい。自分にわからないことは「わからない」と正直にいって、決してごまかしたり知ったかぶりをしない。
しかし、なかなか通訳泣かせの講演者でもある。
・まず原稿は一切出してくれない(全部彼の頭の中に入っているのだ)。
・自分用のメモも見せてくれない(むりやり頼んで見せてもらったこともあるが、結局読めなかった)。
・講演内容は、話し言葉というよりは書き言葉のようだ。無駄な言葉や回り道がなく、論理的で整然としており、テンポよく語っていく(私みたいな通訳者が同時通訳するときには、普通は講演者の回り道や無駄な言葉で追いついたりするので、これがないとキツイ)。
・数字が(それもケタの大きな数字が)たくさん出てくる(一度、前日の講演と微妙に違う数字を出したので、「どうして昨日と違う数字なの?」とあとで聞いたら、「キミがちゃんと気づくか試そうかなと思ってね」とお茶目な答えが返ってきた)。
私は昔から関心のあった環境問題に対し、自分にできることを通じて役に立ちたいと、数年前からワールドウォッチ研究所の通訳/翻訳のお手伝いをさせていただいている。研究所の隔月誌の日本語版への翻訳をお手伝いしたり、日本での講演の通訳をさせてもらったりする中で、また来日時の移動中の雑談などを通して、いろいろと大事なこと――環境問題について、リーダーシップについて、自己を律することについて、勉強・研究の仕方について――をレスターから教わっている。
環境問題を解決する上で、日本が経済的にも技術的にも重要な位置を占めていることは言うまでもない。西欧にない考え方や精神を世界に伝え、導いていけると思う。自然を慈しみ、自然と共存する生活を昔の日本人は無理なく実践していた。最近よく聞かれる「ゼロエミッション」にしても、鎖国をしていた江戸時代にすでに他国とのやりとりなしで、自国内ですべてをまかないすべてを処理していた日本にとっては、新しい概念でも何でもない。通訳をしていてよく訳しきれずに困ることばの一つが「もったいない」だが、この「何も無駄にせず活かし切らないとお天道様に申し訳ない」という感覚も、日本(東洋)独特のものかもしれない。私もレスターはじめワールドウォッチ研究所の研究者が来日するたびに、アジアの視点や日本に昔からある考え方や実践を伝えようとしている。日本には胸を張って世界に発信できることがあると思うからだ。
その一方で、やはり事実に関する情報や、個々の情報から全体像を見るための枠組みは、まだまだ西欧から学ばねばならない。「情報化時代」といわれて久しいが、本当に重要な情報はきちんと届いているだろうか? ワールドウォッチ研究所のように、政府や企業からの寄付金を全く受けず、それゆえ中立の立場で環境問題を研究できるNGOは、残念ながら日本にはまだ少ない。京都会議を機に日本のNGOが確立してきたのは心強いが、それでも欧米の科学研究や情報を日本に伝えることの重要性は全く減っていないと思う。ワールドウォッチ研究所と日本との架け橋の一つになりたい、情報をできるだけ正確にそして有効な形で日本に伝えるお手伝いをしたい、というのが今の私のミッションである。
これからも末長く実りある活動を一緒にさせていただけることを楽しみにしている。 環境問題と格闘するレスターを少しでもサポートできればと思っている。そしていずれは、私もリングに上がりたい、と思っている。