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カサンドラのジレンマ 

                     ―地球の危機、希望の歌―                


(著者:アラン・アトキソン 監訳者:枝廣淳子 PHP研究所)

bottun プロローグ(途中まで)

 カサンドラのジレンマ

美しいカサンドラは、トロイ最後の王の末娘だった。アポロン神が彼女に思い を寄せたが、カサンドラはそれを拒んだ。彼女の愛情を勝ち取るため、アポロン は「もし、おまえが私を愛してくれるのなら、未来を予言する力を授けよう」と 申し出た。

カサンドラはその交換条件を受け入れ、未来を見る力を得た。しかし、彼女は どうしてもアポロンを愛することができなかったので、アポロンは激怒した。ア ポロンはカサンドラに授けた力を取り返すことはできなかったが、これ以上ない ほど残酷なやり方で復讐をした。彼はたった一度の口づけを懇願し、カサンドラ はそれに応じた。二人の唇が触れ合ったとき、アポロンはカサンドラの口に呪い を吹き込んだ。「誰も絶対に彼女の予言を信じない」という呪いを……。

こうして、カサンドラは絶望の一生を送る運命となった。まわりの人々を脅か すような危険が迫っていることが分かっても、それを防ぐことができない。カサ ンドラはトロイの人々に「ギリシャ軍が攻めてきます」と警告し、「トロイの木 馬の中に兵士たちが隠れています!」と必死になって伝えようとした。しかし、 誰も彼女の警告に注意を傾けなかった。やがてトロイはギリシャの猛攻撃を受け、 陥落した。


bottun 監訳者あとがき

私が本書に出会ったのは、二〇〇二年九月、ハンガリーのバラトン湖畔でした。 本書にも出てくる、『成長の限界』を書いたメドウス夫妻が二十二年前に始めた バラトン・グループの「五〇人限定・五日間の国際ワークショップ」に、その年 ただ一人の日本人として参加したのです。

システム・ダイナミクスの専門家のほか、約三〇カ国からさまざまな専門家・研 究者・活動家が参加し、朝から晩まで、議論をしコーヒーやワインを片手に情報 や意見の交換をし、共同プロジェクトの立ち上げや打ち合わせをする、というと ても刺激的でユニークな場です。この合宿での唯一の掟は「部屋に閉じこもって はならない。すべての時間をメンバーとの交流に費やすこと」というものです。

その年のバラトン合宿には、本書の著者、十年選手のアラン・アトキソンは来て いませんでしたが、メンバーから「アランがいたらよかったのに」「アランだっ たらギターと歌で盛り上げてくれたのに」と、彼の名前はよく聞きました。そし てドイツから参加していた古参メンバーが、「あなた、この本を読んだらいいわ よ。絶対にいいわよ」と教えてくれたのが、本書『カサンドラのジレンマ』(原 題“BELIEVING CASSANDRA”)でした。

帰国後さっそく取り寄せて、一気呵成に読みました。環境関係の本はよく読みま すが、これほど「これだ! こういう本が読みたかったんだ! と思わせてくれ る本ははじめてでした。問題や現状をただ単に並べるのではなく、どうしたらい いのかという具体的な考え方やツール、そして「できるんだ」というメッセージ が温かく強く伝わってきます。

すぐにアランに「日本で翻訳して出版したい」とメールを出し、企画書を作り、 出版社に内容をわかってもらうために先行して翻訳を始めました。全部の翻訳が 終わった頃に、待ちに待った「やりましょう」というゴーサインをもらい、翻訳 の仕上げをして、こうしてみなさんに読んでいただけるようになりました。とて もうれしいです。

   *

「このままじゃだめだよ、何とかしようよ」といくら訴えても、まわりの人が全 然耳を傾けてくれないということ、ありませんか?

もし思い当たることがあるなら、あなたもカサンドラです。自分には、このまま いったらどうなるかが見えている。それなのに、いくら警告してもわかってもら えない。そして、思ったとおりの悲劇を目の当たりにして、救えなかった自分に 忸怩たる思いを抱くことになるか、あるいは警告が聞き入れられ対策がとられた 結果、「おまえの予言ははずれたじゃないか」と責められ、信用を失うか。

どちらにしても、ツライ立場です。カサンドラのジレンマです。

アランは、ギリシャ神話のカサンドラの話から、「環境問題で警告を発し、人々 に取り組みを促そうとしている人々もまさしくカサンドラのジレンマに陥ってい る」と言います。

本書にもアランがワールドウォッチ研究所の会合に参加したときの様子が出てき ますが、私が十年ほど前からサポートしているレスター・ブラウン氏は何年も前 に『だれが中国を養うのか』という本を出して、中国の食糧需給の見通しと国際 市場への影響に警告を鳴らし続けてきました。あるとき、来日したレスターの通 訳をしているとき、次のような質問が出ました。「あなたは中国が大量の穀物を 輸入するようになって大きな影響を与えると何年も前から言っているが、中国は まだ輸入国になっていないではないか」。

ああ、レスターもカサンドラなのだ、と私は思いました。あの本が出た当初は 「中国は中国が養うのだ」と記者会見まで開いてレスターに反発していた中国側 も、現状の調査を進めるにしたがって事の重要性を理解するようになり、いろい ろな面で方向転換するようになりました。そのおかげもあって、レスターの当初 の予言は「はずれ」たのです(このままでは一〜二年のうちに輸入国になるとレ スターは予言を続けていますが)。

カサンドラのジレンマというテーマは重いものですが、アランは「どうしてそう なっているのか、どうしたらそのジレンマから脱出できるのか」、原因と解決策 をとてもわかりやすく説明しています。「そうか、こうなっているのか」「そう か、これが大事なのか」「そうか、こういうふうに進めていけばいいんだ」と納 得し、「できる!と元気と勇気と知恵と行動への一押しをしてくれます。

とくに「あなたが悪いんじゃない。誰かが悪いんじゃない。システムの性質から いって、そうなってしまうのだから、システムを直せばいいのだ」というシステ ム・ダイナミクスの考え方のわかりやすい説明は、日常生活にも活かせます。 「地球が地球で、人間が人間であり続けるため」の持続可能性の原則や、新しい 考えやイノベーションはどのように広がるのか、何に気をつければ効果的に迅速 に広げることができるのか、というイノベーション普及理論のわかりやすい説明 も、環境問題に限らず、仕事や日常生活のあちこちで役に立つことでしょう。

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今回の翻訳は、私の主宰する環境英語実戦翻訳チームが下訳を担当し、私が監 訳しました。素晴らしいチームワークで質の高い翻訳をしてくれた、阿部恭子、 伊藤智子、大谷恵子、小野寺春香、小宗睦美、佐野真紀、清水陽子、豊高明枝、 西垣亜紀、服部陽子、藤津ふみえ、三宅晴美、山田はるみの各氏に感謝します。

とても楽しく気持ちよく進めることができました。

また、本書の出版を実現し、強力に支援してくださった編集者の森本直樹さん、 翻訳チームからの微に入り細にわたる質問に快く丁寧に答えてくれたアランにも、 心から感謝します。

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 今年九月のバラトン合宿で、アランに会いました。メールではやりとりを重ね てきましたが、会ってますます意気投合しました。アランにも私にも、心理学 (カウンセリング)のバックグラウンドがあるためかもしれません。

彼と私の考え方やアプローチを組み合わせて、共同プロジェクトを始めようと思っ ています。題して「カサンドラのジレンマからの脱出マニュアル&サバイバル・ キット」。こちらもいつか、お届けできたらと思っています。

また、アランの配信するニュースレターの日本語版を自分のメールニュースで紹 介しています。よろしければホームページからご覧ください。

                         二〇〇三年秋 枝廣淳子

                               

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