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環境ビックバンへの知的戦略

環境ビックバンへの知的戦略――マルサスを超えて

 レスター・ブラウン著  家の光協会   

「日本語版の読者へ」より

環境ビックバンへの知的戦略

人間の歴史を振り返っても、人口の急増という現象は、極めて新しい現象である。400万年前に人間の祖先が直立して以来ほとんどの期間、出生率は高かったが死亡率も同じように高かったため、人口は増えることはなかった。食糧生産、水道や衛生施設、公衆衛生、医学の進歩によって、死亡率が出生率をはるかに下回るようになり、人口の急増をもたらしたのは、このほんの50年間のことなのである。

先進国では、19世紀から20世紀初頭にかけて人口が急増したが、人口増加の勢いはほぼ収まっている。北米、ヨーロッパ、そして日本では、出生率が下がってきており、先進国が享受している死亡率の低さと釣り合うようになってきた。人口動態的な観点から見ると、先進国は、ぐるりと円を描くように、出生率と死亡率が安定均衡の状態に戻ってきているのである。

先進国の中には、一人っ子や子どもなしを選ぶ夫婦が増えてきて、出生率が死亡率をはるかに下回るようになったところもある。その結果、ヨーロッパには人口が実際に減少し始めている国もある。そのような国では、新しく生まれる子どもの数より、高齢期を迎える人々の数が多くなり、高齢化社会を迎えつつある。高齢化は、医療保健制度に負担をかけることになるかもしれない。退職を迎える人が増えるのに、新しく労働力に加わる人が足りないと、年金制度がひずむかもしれない。

しかしそのような懸念は、地球の人口の5分の4を抱える発展途上国の大部分には無関係のものである。ラテンアメリカやアフリカ、アジア中で、出生率は死亡率よりをはるかに高いままであり、人口は膨張し続けている。幸いなことに、多くの発展途上国では、夫婦がほしいと思う子どもの数が減ってきており、人口増加にブレーキを掛けようとする努力が実り始めている。このような国々では、まだ人口増加は続いているものの、家族計画の提供を続け、人口安定化への道をしっかりたどっているのである。

しかし、出生率をそれほど下げられず、来世紀半ばには人口が2倍、3倍になると予測されている発展途上国もある。数十年にわたって人口が急増しているこのような国では現在、大量の学童期の子どもを教育し、国民に医療ケアを提供し、増加する人口がもたらす資源への要求に対処するといういくつもの重荷を同時に背負っているのである。このようなストレス下で、多くの政府は物の補給管理の面でも財政的な面でも疲労困憊の状態であり、国民の福祉に対する新たな脅威が台頭しても対応することができない。

サハラ以南アフリカではすでに、HIVウィルスの蔓延に歯止めを掛けられず、平均寿命が20年も縮まり、人口増加が止まりそうな国もある。この危機が示しているのは、多くの発展途上国で人口増加は鈍化しそうであるが、それは出生率が低下しているからではなく、死亡率が上昇しているせいだ、ということである。

アフリカでのエイズ危機は、多くの発展途上国で人口増加が鈍化しそうな見通しを示す最初の趨勢として台頭してきたが、他にも、手がつけられなくなって死亡率を押し上げてしまいそうな傾向が現れつつある。インド亜大陸では、地下水が再補給の2倍の速度で汲み上げられているために帯水層の枯渇が目前に迫っているが、いったん枯渇してしまうと灌漑用水が減り、それに伴って食糧生産も減るであろう。インドでは、子どもの半数がすでに栄養不良状態であり、国民の大半が栄養的に危険なレベルぎりぎりのところで生活している。この国で食糧生産量が少しでも減るようなことがあれば、それは生きるか死ぬかの状況になりかねない。

エジプトやパキスタン、ナイジェリアなどの他の国々では、人口増加に伴って国民一人あたりの耕地面積が縮小しており、これが同様の栄養面での脅威をもたらすことになるだろう。いったん一人あたりの耕地があるレベルを下回ってしまうと、その国では食糧の確保を国際穀物市場に大きく頼らざるをえなくなる。すると、穀物不足の大国の輸入需要がどんどんと増えると、多くの国々では手も出せないようなレベルに価格が上昇してしまうのではないか、ということが心配される。

現在アフリカでこれまで下がってきた死亡率が再上昇し始めているが、他の場所でも同じ事態が生じるだろう。これは、第二次世界大戦勃発以来の我々の政治機構の大失敗を示している。このような悲劇は避けられないわけではない。事実、数十年にわたって国際的な家族計画を進めてきた経験をお手本にすれば、急増しつづける人口のひずみを軽減することができる。今まで、多くの政府、特に先進国では、人口問題を活発に取り上げておらず、貧しい国々の家族計画を支援してこなかった。残念ながら、出産に関する運命を御することは、全人間社会が直面しなくてはならない難題なのである。

目次

訳者あとがき

少年時代、お兄さんと近所から壊れたトラクターを安く買って修理し、トマト畑を耕した(今でも「辺りでいちばんの収穫を誇っていたんだよ」と嬉しそうに話してくれる)という元農業少年レスター。農務省へ入り、その後独立してワールドウォッチ研究所を設立して今に至るまで、「土」との濃いつながりがその血に流れているんだなぁ、と通訳やスタッフとして接する中で、私はいつも感じている。

そんな土や食糧、そして地球そのものをも脅かす暗い影が「爆発的な人口増加」である。苦労して土地生産性を少々上げようと、二酸化炭素排出量を数%削減しようと、そんな努力を焼け石にたらす水滴にしてしまう「熱い」マグマは、いつ爆発してすべてのものを吹っ飛ばしてしまうかわからない状態だ。しかし、今ならまだ間に合う。何をすべきかはわかっている。世界中が問題から目をそらすのをやめ、「やろう!」という意思を努力と資金に反映させれば、人口増加率を下げ、生態系や社会の崩壊を回避することはできるのだ――人口増加が我々を取り巻くさまざまな次元に与える影響の分析を展開する中で、レスターたちのそんな思いが伝わってくる。

少子化が社会問題視される日本だが、レスターは人口を安定した三二ヶ国の一つとして、日本に世界のモデル役・リーダー役を期待している。第二次世界大戦後必要に迫られて出生率を短期間に半減させた日本の経験を役立て、女子への教育や社会基盤の整備、経済発展の手伝いを通じて発展途上国の少子化を支援する立場にあるのではないか、と講演などの機会を通して日本への熱い期待を訴えている。

確かに少子化もソフトランディングが望ましいが、日本では労働力や年金制度など既存のシステムに社会を合わせようと、「産めよ殖やせよ」の声も聞かれる。高齢化が人口安定に向けての必然的な過渡期であるなら、女性や外国人労働者の活用、医療・サービス分野への移行等、社会システムの方を変えるべきではないだろうか。

また、人口安定では誉められている日本だが、自給自足の点では落第であることは間違いない。「食糧は製造業で稼いだお金で外国から買えばよい」という論理は、どの国も自国の食糧確保で手一杯になってしまったら、限られた輸出を自給できない国々で奪い合う状況になってしまったら、通用しない。それから急いで田畑を耕しても到底間に合うものではないだろう。

本書で展開されている人口増加が引き起こすさまざまな問題の説得力ある分析は、その「おおもと」である爆発の危険を孕んだ人口の膨張がまさしくビックバンに比するものであり、食糧や社会インフラの問題に対して、個人・企業・国家・国際社会のあらゆるレベルで人智と意志を結集してあたらねばならないことを告げている。この警鐘が多くの人々の耳に届き、知的戦略の策定につながりますように。


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