旅の始まりは「サンダーロード」

 中学3年でビートルズに目覚め、ロック狂いになった僕はエレキギターを1日じゅう抱え、いろんなロックアーチストを聴きまくる高校時代を迎えた。おりしもパンク・ロックが華々しく登場した時期だったが、僕には粗削りなサウンドにしか聞こえなかったし、破壊的なメッセージがポジティブに感じられず、あまりのめり込みはできなかった。

 そんな高校時代のある日、友達が「これはいいぞ」と貸してくれたレコードがブルース・スプリングスティーンの「ボーン・トゥ・ラン」(邦題は明日なき暴走)だった。僕はこのアルバムの歌詞と疾走するサウンドに、すっかりやられてしまった。

 タイトル曲の「ボーン・トゥ・ラン」は「陽の当たる場所を歩いて行こう、俺達のような放浪者は、走るために生まれてきたんだぜ!」という内容の唄だ。「この街は罠だらけで、若いうちに抜け出さないと、背骨までうばわれてしまうぜ」なんてフレーズも心にガツンと効いた。
 とんでもなくパワフルなイントロに始まり、エンディングまで一気に走りぬけるこの曲は、しばらくの間僕にとって特別な曲だった。どんなに落ち込んだ時でも「ボーン・トゥ・ラン」を聴けば大丈夫、強力なカンフル剤のようなものだ。パンクのジョニー・ライドンは「ロックは死んだ」と言ったけど、僕はブルース・スプリングスティーンに「ロックンロールの未来」を見つけた。

 エレキギターにバイクが加わったのも「ボーン・トゥ・ラン」を聴いてからだ。自分でもなんて単純な奴だと思うけれど、疾走する道具が欲しくて、夏じゅうアルバイトをして中古の50ccのバイクを手に入れた。小さなエンジンだけど、バイクに乗っていると自分の知っている世界が驚異的に広がっていく気がしたものだ。

 高校3年の冬、ジョン・レノンが銃弾に倒れた。すごいショックだったから、テレビやラジオから垂れ流されるジョン・レノンの曲に耳を傾けることは、悲しすぎてできなかった。だから、僕は「ボーン・トゥ・ラン」を繰り返し聴いた。やりきれない気分をなんとか立て直してくれるのは、この曲しかなかった。
 ジョン・レノンが倒れた夜、ブルース・スプリングスティーンがステージに立った。コンサートの最後に「ジョンがいなければ、俺は今ここにはいなかったはずだ」と叫んで「ボーン・トゥ・ラン」を延々30分に渡って唄ったという話を後に知った。同じ夜にブルース・スプリングスティーンと同じ気分でいたような気がして、ますます彼のことを好きなった。


 それから3年後の21歳の夏、僕は250ccのオフロードバイクにまたがり、北海道に行くことにした。生まれ育った大阪での生活をひとまずすべて整理した。予定はなにもないし、計画もない、いつ帰ってくるかも分からないロング・ツーリングへの出発だった。

 フェリーは使わないで、陸路で北海道を目指し家を出た。北海道までの距離を体で感じたかったからだ。大阪から少しずつ離れていくにしたがって、今までの生活のしがらみが消えていく。しばらくの間、バイクで知らない場所を旅するだけの生活、そして空には真っ白な夏の雲。気分は「ボーン・トゥ・ラン」だ。

 ぼちぼち眠るところを捜そうかなと思い始めた初日の夕方。抜けるようだった夏の空が急に暗くなってきた、夕立の予感だ。「降ってくるな」と思ってたら、すぐに雨がゴーグルに当たりだした。「このまま夕立の中をずぶ濡れになりながら走るのもいいか」とも考えたが、道端にちょうど小さなバス停があったので、雨宿りをすることにした。

 荷物にゴミ袋をかぶせ、タンクバックをはずして、バス停に入った途端にすごい夕立になった。しばらくやみそうにないので、ベンチに腰をかけ、暇つぶしに音楽でも聞こうとタンクバックからウォークマンを取り出す。イヤーホーンからは、偶然にもアルバム「ボーン・トゥ・ラン」の一曲目の「サンダー・ロード」が流れてきた。
 激しい雨と共に雷が鳴り出した。耳の中でブルース・スプリングスティーンの「サンダー・ロード」と本当の雷がシンクロする。そんな夏の夕暮れの出来事が今でも鮮やかに記憶に残っている。

 この帰る予定のない旅は、結局1年半に渡った。その時にアルバイトを見つけ、しばらく居着いてしまった網走に今、再び住んでいる。旅は今も続いている。 


・おすすめのブルース・スプリングスティーンのアルバム

 なんといっても「ボーン・トゥ・ラン」をまず聴いてほしい。これはロックンロールの歴史における、宝石のような一枚だと思う。とんでもないボリュームとパワーのライブアルバム「LIVE 1975−85」(レコードの時は5枚組、CDでも3枚組だ)も大好きだ。全盛期には4時間以上シャウトとしたブルース・スプリングスティーンのライブの雰囲気が、体と耳で感じられる。

左の写真はグレーテストヒット。ブルース・スプリングスティーンをとりあえず知る一枚。「ボーン・トゥ・ラン」も「サンダー・ロード」も収録されている。

 

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