皆既日食の魅力

  公開:2010年2月2日〜

アストロアーツ・日食ブラウザ2009より

とある同窓会誌の原稿 (2009年1月)

 455千万年程前、火星ほどの大きさの天体が地球に斜めに衝突し、月が誕生した、と考えられています。その後、長い時間をかけて現在の軌道に落ち着き、地表から見る大きさは、ほぼ太陽と同じになりました。地球の大きさからすると極めて巨大な衛星で(ちなみに、冥王星は月よりも一回り以上小さい)、もし月がなかったら、地球の自転周期は8時間ほどで、時速300km以上の暴風を伴った台風が、数年〜数百年も続くそうです。もし生命が誕生したとしても、地球に隕石が大量に降り注ぎ、すぐに絶滅してしまうかもしれません。海の干潮があるからこそ、豊かな生命体系が生まれ、今の地球があるのでしょう。

 太陽が出ている時、たまたま月が太陽を完全に覆い隠すように通り過ぎると皆既日食になり、月が少し地球に遠ざかっている時には金環食になります。当然太陽が出ていないと見られませんし、地球の7割は海、曇ったらアウト。意外とチャンスは多くありません。ところが、今年の722日に、トカラ列島〜北硫黄島で大規模な皆既日食があるのをご存知でしょうか? しかも、皆既日食継続時間が642秒もあり、今世紀最大なのです。日本では、前の皆既日食は46年前(北海道)、次は26年後です。私は天体マニアでもあるので、これはただならぬ事態なのです。

 皆既日食を見た人は、その魅力にとりつかれ、世界中追いかけている人も少なくありません。「スイッチト・オン・バッハ」で有名な、シンセサイザーの父というべきウォルター・カーロスもその一人で(ただし今は性転換をして、ウェンディ・カーロス)、自分のwebsite多数の観望をupしています。私は、1995年にタイで、1999年にザルツブルグで体験しました。ザルツブルグでは、あのザルツブルグ音楽祭の真っ最中でしたが、前回が1485年、次が2081年のため、この日はコンサートが一つも無く(音楽祭のプログラムに、811日:皆既日食、と書いてあった)、皆既日食の時間帯は全て赤信号となり交通は全面ストップ。黒い太陽が古い都市の天上に輝き、とても幻想的でした。

1999年8月11日 ザルツブルク/カフェ・ヴィンクラーにて。バックは、ホーエン・ザルツブルグ城。

カフェ・ヴィンクラーの “日食ケーキ”                          ザルツブルク旧市街にて。日食を待ち構える人々。

 まったく普通の昼間に、徐々に太陽が欠けてきます。紙に穴を開けてその影を見ると、漏れた光は、欠けた太陽の形そのままになります。紙にプスプス穴を開けて文字にして、欠けた太陽の文字を楽しむのも定番です。食も2/3を過ぎてくると、太陽がしっかり照っていて影もあるのに、光が足りない感じになってきます。濃いサングラスをかけたのとも違う、不思議な感覚です。ここまでは、トカラ列島や北硫黄島まで 行かなくても体験できます。しかし、さらに食が進んでくると、夕暮れのように、辺りが暗くなってきます。タイでは、日没と勘違いしたトンボが沢山飛んでいました。さらに暗くなってひんやりしてくると、いよいよ皆既日食です。その直前、とても不思議な現象が確認できます。地表を影の帯が、高速でサーッ、サーッと通過していくのです。これはシャドー・バンドと言われているもので、ここまでくると、おおっ!と血液が逆流してきます。そして、皆既日食。明るい太陽は月に覆い隠され、コロナだけが輝いています。昼間なのに金星や明るい星も見えています。まさに黒い太陽が天上に輝き、その荘厳さに言葉を失い、茫然自失となります。そしてこの時だけ、直接双眼鏡で太陽の表面を見る事ができるのです。月の表面から少しだけ見えている太陽表面の彩層はショッキング・ピンクに輝き、そこから放出されるコロナ! 何と美しい!! 核融合反応の炎を直接目で、そして双眼鏡で見られるのは、この時だけなのです。皆既日食には多くのベテラン天文マニアが集まりますが、慣れているはずの彼らでも、その瞬間にフィルターを落として割ったり、三脚を倒したり、パニックになる程です。私も最初の時、太陽表面を見るために双眼鏡を設置しておいたのに、呆然と立ちすくんでいて、しばらく見るのを忘れていた位でした。いよいよ皆既日食が終わる瞬間、月の谷間から太陽光線が漏れ、ダイヤモンド・リングとなります。もちろん、この時は双眼鏡からは目を離していないといけないのですが、風景の荘厳さも見ていたいし、少しでも太陽表面は双眼鏡で見ていたいし、今までは3分前後の勝負だったのですが、今度は倍の6分以上!

 しかしながら、大きな問題があります。トカラ列島で最も長く皆既日食が見られるのは悪石島ですが、現在、トカラ各島への交通の便は村営フェリー1隻のみで、最大限努力しても数千人しか島には上陸できない、との事。宿泊は、とうぜん野宿。食事や風呂、トイレも絶望的です。しかも、今世紀最大の皆既日食ですから、世界中から数万人は訪れる、と予測されています。それでは、大型フェリー、客船で北硫黄島へ繰り出そう!という事になりますが、唯一昨年夏に募集した客船ツアーが、昨年7月の時点でキャンセル待ちが300人とか。各旅行会社も、ツアーの掲示すら止めてしまいました(200810月現在)。

 たまたま地球が誕生して間もない頃、程よい大きさの天体がちょうど良い角度で衝突して月が生まれ、その大きさは太陽の1/400になり、そしてちょうど太陽の1/400の距離で留まり、視直径がほぼ同じ。たまたま月が太陽の前をピン・ポイントでぴったりと通り過ぎた時に起こる皆既日食。偶然とはいえ、おそろしい程の偶然。日食には魔力があるのです。
  

 皆既日食リポート 2009.7

 NHKの放送でご覧になった方も多いと思いますが、やはり北硫黄島海域は、ベストでした。といっても、当初 は最初の予定地域から随分西の高気圧帯を目指して進んでおりましたが、この高気圧が消滅。雲の合間を狙い硫黄島海域に進路を変え、結果的に北硫黄島海域での観測となりました。日食前日まで曇り、雨、雨。しかし、前日夜半から満 天の星空へ、そして翌朝は快晴。心が躍り、皆で声を出して喜びました。天文界の重鎮(本当に多数!)や日食情報センターの方々、NHK中継、そして恐ろしく気合の入った天文ファンが500人以上乗り込んでいた船でしたから、船長やクルーもさぞ大変だったと思います。翌日操舵室が開放され、そこで海図を見せていただき、その苦労が偲ばれました。

  黒点が1つも無い極小期の皆既日食でしたが、やはりコロナの広がりがとても小さく、そしてプロミネンスも際立って目立たず、随分地味に感じました。それで High Landerで見るポーラー・プリュームや彩層、プロミネンス、水星等は、「持ってきて良かった」と十分思える程でした。大活躍だったのは、 Canon 10×42 L IS WP。防振効果は絶大で、揺れている船の上でも一段とピントが合ったようにシャープに見え、手放せません。今回は638秒もありましたので、この双眼鏡 で、水星や金星の他、火星、シリウス、ベテルギウス、プロキオン、さらにM44等も見る事ができました。最初から狙っていたカノープスは、船の煙突部に隠れ、私は見れませんでした。今回の日食は、何故か空が明るかったのですが(複数体験した方は、皆言ってました)、雲のタイミングでは、オリオンの三ツ星まで確認した人もいたようです。船上での観測ならではですが、水平線上に全周に広がる夕焼け状の帯を見、本影錐を実感できました。また、ダイヤモンド・リング後の部分日食の時、波間に反射する多数の三日月状の太陽が、大変きれいでした。

 皆既日食の前夜と当夜は、High Landerで漆黒の空を堪能しました。高いさそり座、いて座とそこから雲のように立ち上がる天の川、その中の無数の星雲・星団から、アンドロメダや二重星団まで楽 しむ事ができました。といっても、安全のため船上のデッキのライトは夜中も煌々と照らされ、主に船首付近(ここだけ暗い)での観望でした。潮風を真っ向から浴びての観望ですから、部屋に戻る時は、頭はドン・キング状態です。ここでもCanonの防振双眼鏡が大活躍。いや〜、本当に良い物を作ってくれまし た。感謝!
 帰りは、硫黄島、孀婦岩(そうふがん:太平洋上に突然聳え立つ不思議な岩)、鳥島(大地の解剖図譜を見ているようで、圧感!)を周回しての航海でした。

  このクルーズはキャンセル待ちだったのですが、運良く入り込め、幸運続きでした。今回は長時間であったのに、観望主体、と決め込んで、写真はほとんど撮らなかったのは、実に後悔しています。次回?は頑張りたいと思います。それにしても、日食は、観るのはもちろん、「お〜、きゃー、凄〜い!」という歓声、急 に下がる温度変化、そして自然の畏怖を感じ、六感で体験する皆既日食は、本当に格別ですね。

小笠原海域にて

今回は、眼視に徹底し過ぎたため、ろくな写真が無い(情けな〜い...)ので、これでお茶を濁している次第。

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