京都大理タンデム加速器を用いた
質量分析法による炭素年代測定
京都大学 理学研究科 物理学第二教室
タンデム加速器実験棟
松 本 博
はじめに
京都大学理学部タンデムは、1990年に最高ターミナル電圧5MVのバンデグラーフから8MVの横置き型の米国nec製ペレトロン加速器(8UDH)に更新され、十数年を経過した。長年プロジェクトの一つとして、加速器質量分析法(Accelerator Mass Spectrometry)の開発を進めてきた。36Clの測定を目指していたが、標準技術として14C測定を開発し、3年ほど前から、定常的に測れるようになった。今回は当実験棟における質量分析法(AMS)による炭素年代測定の開発について報告する。
1 加速器質量分析法
加速器質量分析法とは、試料をイオン源でイオン化させた後、核子当たりMeV以上のエネルギーまで加速する。加速されたイオンは、電磁石、電場等の分析系により、質量、エネルギー、原子番号を選別して1個1個イオンを計数する。炭素14加速の場合、妨害同重体となるものは、14N、Li2,分子イオンの13CH,12CH2等である。14Nは負イオンを形成できないので妨害はほとんど無い。タンデム加速器では、ターミナル部に荷電変換用の炭素薄膜(ストリッパー)をそなえており、荷電変換と同時に、測定の妨害となる分子イオンは破壊される。
2 同位体
陽子の数は等しいが中性子の数は異なる原子核同士を互いに同位核であるという。これらは同じ陽子数を持つ異なる核種であるといってよい。同位核を核とする原子どうしは同位体とよばれ、原子量は異なるが同じ原子番号をもつもので、周期表で同じ場所を占め、化学的性質はほぼ同じである同位体を同位元素ともいう。原子番号が一定の核は複数個の同位核をもつ。原子番号6の炭素の場合、陽子の数は6であるが、中性子の数が6と7と8の3種類の同位体がある。
同位体を表すときは、炭素の元素記号Cの左肩に陽子と中性子の合計数(質量数)書き添えて表記し、炭素14あるいはカーボンフォーティンと読む。
同位体 |
12C |
13C |
14C |
電子数 |
6 |
6 |
6 |
陽子数(Z) |
6 |
6 |
6 |
中性子数(N) |
6 |
7 |
8 |
質量数(A) |
12 |
13 |
14 |
天然の存在量 |
98.89% |
1.11 % |
1兆分の1 |
天然に存在する同位体のあるものには、不安定で放射線を出して安定な同位体に変わってゆくものがある。これを放射性同位体と言う。炭素の場合には13Cと12Cが安定同位体で14Cが放射性同位体である。14Cはごくエネルギーの低いベーター線(電子)を放出して、14N(原子番号7,陽子7,中性子7)に変わる。このように、放射線をだして変わることを放射壊変という。
3 炭素14による年代測定の原理
天然に存在する14Cは、長年の間地球大気に降り注ぐ宇宙線によって生成されてきた。宇宙線と大気との衝突により生成した中性子と大気中の窒素との反応、14N(n,p)14Cにより、14Cは絶えず作られている。生成後は直ちに酸化し、二酸化炭素のかたちになって大気中に存在することになる。この14Cは5730年の半減期でβ崩壊するが、常におよそ一定の割合で生成されるので放射能平衡(大気中の14C /12C同位体比の値は約1.2×10-12)が成り立っている。また地域的にもその濃度はほぼ一定である。生物が生存中は、常にこの比率の炭素を体内に取り込んでいるが、死後は14Cが崩壊するだけなので、5730年経過するたびに、この比率は半減する。そのため、生物の遺体を構成する炭素の14C/12C比を測定する事により、その死後の経過時間を計算出来る。しかし、19世紀後半から人類の化石燃料(石炭や石油 14Cをほとんど含まない)の消費が激増したため、大気中の14C濃度は希釈された。次に1945年以来の核爆発実験により、大量の14Cが大気中に
ばらまかれた。従って年代を公表する際には1950年を0年としてB.P.年代として記載する。
AMS法を用いた14C年代測定法は、従来のβ線 計数法に比べて以下のような利点を持つ。
1. 測定に必要な試料が約1mgと少ない。(従来法の1/1000以下)
2. 測定可能な年代の上限が5〜6万年にいたる。(従来法では3〜4万年)
3. 測定時間が3〜4時間と短い。(従来法では数日)
4 他機関での測定
トリノの聖骸布トリノの聖骸布とは、十字架からおろされたイエス・キリストの遺体を包んだ亜麻布であると伝えられている最も有名な聖遺物のひとつである。この布にはキリストの顔や体の形がくっきりと写し出されている。これぞ「キリストの奇跡だ!」というわけである。
1578年から北イタリアのトリノに保管され、これまで凡そ800年、この布を巡ってキリスト教信者、そして科学者たちの間でその真贋が問われつづけてきた。1988年 バチカンが布の一部を標本として切り取ることを許し、炭素14による年代測定がおこなわれる。
Arizona,Oxford,並びにZurichのAMS研究所による放射性炭素測定値の結果は、カレンダー年代範囲はAD1260−1390(信頼率95%)であるというものであった。即ち、トリノ聖骸布の亜麻布は中世のものであるという決定的な証拠を提供した。
5 多重標的型スパッターイオン源
AMS法では試料をイオン化して加速し、計数することにより極微量同位体比を決定する。この時イオン化率や加速効率、検出効率等の絶対値を全て正確に知る事が理想であるが容易でない。そこで同位体の比率の分かっている標準試料を出来るだけ同じ条件で測定し、求める未知の試料の同位体比を相対的に決定する事がよくおこなわれる。そのためにはイオン源や加速器の条件を出来るだけ変えなえで試料を交換したい。また年代測定では多くの試料を系統的に比較する必要があるので、このためにも多数の試料を装着出来るイオン源が絶対に必要で
ある。そこで59個のサンプル交換可能で負イオンを作ることが出来るHVEE製846A Csスパッターイオン源を使用している。
6 AMSシステムの構成
イオン源は59サンプル装着できる、Csスパッター負イオン源で−200kvのデッキ上に設置している。イオン源用の各種電源はデッキ上に取り付け、光ファィバーにて制御している。引き出しレンズの後にX,Yスリットを取り付けビームの安定をはかっている。プリ加速電圧は−160kvで入射電磁石の前に1/10ビーム減衰用メッシュを2枚取り付けている。AMSでの逐次入射システムは、切り替えが早い静電的な品の設置が困難ため、少し時間がかかるが入射電磁石の磁場を変える方法を採用している。14C加速時に12Cイオンの量を測定するOFF-AXISのファラディカップ(FC)を取り付けている。加速器本体はタンデムペレトロン加速器でAMSの時は長時間の安定性を考えターミナル電圧6MVで運転している。タンクのガス圧も制御に最適な圧力に変えている。加速器の高電圧制御はGVMモードを使用し、長時間の変動に対しては、13CH−から生じた13C+イオンをスリットで受け左右のバランスの差によりターミナル電圧を制御している。90度分析電磁石の後に、12C+及び13C+測定用のFCがある。またHE部第二ストリッパーも取り付けている。タンク中央のストリッパーより第二ストリッパーまでがC+4荷で、第二ストリッパーから散乱槽まではC+6荷を使用している。
第二ストリッパーの設置により、測定系のバックグラウンドを大幅に減らすことが出来た。散乱槽には2個のフォトダイオード検出器とビームの形を見るビームビュアー、FC、Liイオン分離用のアルミ薄膜が取り付けられている。
7 逐次入射システム
測定出来る情報としては、最下流での14Cの個数、その時の12Cの入射部での個数、入射部から最下流までの12C,13Cの透過効率等である。得られたデーターに幾つかの補正をほどこした後14C/12C比を得る。14C濃度の解っている標準試料と交互に測定し、相対的に年代を得る。14Cの透過率は測定出来ないため、入射電磁石の磁場を変え12C,13Cを逐次入射する。得られた透過率に補正を加えることにより、
14Cの透過率を得る。その際ビーム量が多いと加速器がビームローディングを起こし不安定になるため、ビーム減衰
用のメッシュ板を入れる。また電流測定用のファラディカップの出し入れも行う。微少電流計にてビーム電流も読み込む。これらは定型的なルーティン作業として数十分に一回行う必要があるため、パソコンによる自動測定制御システムを使用している。イオン源から出るビーム電流は、サンプルの種類や、時間経過により大きく変化する。これらを記録する事も重要である。
得られたMCAデーター・透過率データー等はエクセルに取り込み、計算・統計処理をした後、最終データーとなる。
8 サンプル処理
試料は酸・アルカリで前処理した後、ガラス製のサンプル処理装置で一度酸化させて炭酸ガス化し、これを真空系で精製し、水や二酸化硫黄等の不純物を取り去る。つぎに鉄触媒水素還元法により得たグラファィトを、ターゲットにプレスしてイオン源カルーセルに装着する。グラファィトターゲットは無定型炭素に比して、ビーム強度が優れている。
9 年輪年代法
樹木はその樹の生育にとってよい条件の時には早く成長するので年輪の間隔が広くなる。条件が悪い時には間隔が狭くなる。そこで、ある地域のある種類(例えばヒノキ)の樹木の年輪の様子を時間を遡りながらしらべてゆくと、年輪の間隔が広かったり狭かったりするパターンが共通であることが分かった。こうして例えば過去1000年間(紀元1000年以降)の年輪のパターンが確立されたとする。(図のA)次に、今から600年ほど前に作られた建築に使われていた木材から図のBのような年輪のパターンが得られたとする。これと図のAのパターンをつなぎ合わせることができるので、さらに古い時代(例えば紀元100年)まで年輪のパターを決めることができる。さらに、古い遺跡などからC、Dといった年輪が出てくれば、最終的には図の左に示した総合パターンを作ることができる。日本では気候や地形が複雑であるため年輪の成長は各地の環境に左右される度合いが強く、共通のパターンは引き出しにくいとされていたが、奈良文化財研究所が、日本の遺跡で出土する割合が圧倒的に多いヒノキ、スギ、コウヤマキにしぼって調査し、地形が多少変わっても波形の特徴をとらえられる暦年標準パターンを作成した。この「時代のものさし」は、ヒノキは紀元前912年、スギは紀元前1313年と縄文後期までの標準変動パターンが完成している。
樹木を試料として14C年代を求めることができるので、年輪で求めた年代と比較することができる。このようにして14C年代を私達が今使っている歴史年代に読み替えることが可能になった。
参考文献
加速器質量分析法による重元素同位体比の超高感度測定法の開発 研究成果報告書 中村正信
参考HP
http://gfi58.hp.infoseek.co.jp/a0019.htm
http://www-nh.scphys.kyoto-u.ac.jp/~hal/pocket/2003/nakamura/
http://ksgeo.kj.yamagata-u.ac.jp/~kazsan/class/chronology/dendrochronology.html
http://www2.ocn.ne.jp/~g-compri/index1.html