T・P・ヒューズ著 市場康男訳 『電力の歴史 』平凡社 1996年
Thomas.P.Hughes Networks of Power, Electification in Western Society, 1880-1930 The Johns Hopkins University Press 1983
99/2/3 木本研 小林 学
第八章 シカゴ−技術の優位
経営者=企業家 サミュエル・インスル
新しく作られたゼネラル・エレクトリックを去りシカゴ・エジソン社(1907年以後はコモンウェルス=エジソン社)へ
シカゴのためにすべてを包括する電灯・電力システムを構築.さらに近隣の都市をつなぐ.=地域的な電力システム.技術と経済の強力で効果的な総合.
蒸気タービン:比較的小型,機構が簡単,初期費用も少ない.効率もよく経済的.
負荷率(Load Factor):一人の顧客,または顧客のグループ,またはシステム全体について,ある特定の期間の間の平均の負荷を最大の負荷で割った数値(比).インスルは負荷曲線が高いピークと低い谷を持たないような顧客を得ようと努めた(過負荷と過小負荷を避ける).コモンウェルス=エジソン社は負荷率を徐々に改善.コスト減少.
第九章 ロンドン−政治が首位
20世紀初頭ロンドンの電気供給会社は乱雑で小規模
地方自治体側の地方割拠主義parochialismが問題,大部分は中世の教会に由来するもの(電気技師協会,IEEの報告)
大規模で集中的な電気の供給への挑戦
@セバスチャン・Z・デ・フェランティ
ロンドン電気供給会社(LESC)はデットフォームで,テームズ川のほとりに中央ステーションの建設を計画.フェランティを指名.
タービンによる一万馬力の交流発電機,一万ボルトで送電.合計で四万ボルト
1888年電灯法.大慌てで新しい冒険企業がたくさん作られた.しかし,万能多相システムへ変身し損ねる.
マリンディン委員会の決定.交流の送電線が電信・電話サービスに妨害.ひとつのステーションにエネルギが集中すればたったひとつの事故がロンドンを真っ暗闇にさせる.→結局,二万馬力の発電所を2つ建設.
1888年に建設開始.当初は1250馬力のコーリス機関二機.しかし,1889年になっても電力を供給しない.1890年10月供給開始.11月火災.
長く続いたトラブルのため顧客が離れてしまう.フェランティは会社が巨大な交流発電機を完成させる意志がないと知ったとき会社を退職.
フェランティは,直流か交流かの過渡期に大胆な冒険事業を開始.
Aチャールズ・H・マーズ
マーズとその仲間たちは自分たちの電力会社の認可を得るために国会に電力法案を提出.「ロンドン行政州・地域電力会社」Administrative Country of London and Disrict Electric Power Company
公聴会の初日,100以上の地方自治体が,35人の弁護士を立ててこぞって法案に反対.結局廃案.二人は立法上の壁にぶち当たる.それは保守的な政治勢力の権力のため.
第十章 カリフォルニアの白い石炭
白い石炭=水力発電のこと
長距離送電と万能システム→水力発電にとって必要
点対点送電=高電圧を使う長距離の陸上の送電で,途中大容量の配電・開閉ステーションによって中断されないもの
○技術的要因
水力タービンの発達:水の運動量を利用した水力タービン,科学的な実験と解析により効率の向上
電力輸送の開発は水力の利用を広げる.電力によって水力を伝送する.
シエラ=ネヴァダから人工の密集するサンフランシスコ湾岸地域へ,さらにロサンゼルスへ
○非技術的要因
成長を熱望する海岸の地域社会,灌漑を待ち望む広大な谷間の土地,安いエネルギを必要とする生まれたばかりの海岸の工業.
→逆突出部を形成
パシフィック・ガス電気会社(Pacific Gas & Electic Company,PG&E).
水力発電所:発達した水力タービンの利用.ダムの建設.
蒸気発電所:安い原油に依存.互いにピークを補う.
南カリフォルニアの送電線と灌漑設備は乾燥地帯を緑地に変えた.
第十一章 戦争と獲得形質
戦争がどのようにして空前の大きさの発電所を開発させるための資金を出させたか.
1914年第一次世界大戦勃発=戦争が新技術の発明や開発を促進したというよりもむしろ既存の技術の利用を妨げていた政治的,経済的その他の非技術的要因を一掃した.
規模の拡大と相互連結
@アメリカ:マルス=ショールズの水力発電所
テネシー渓谷開発公社(Tennessee Valley Authority)=激しいイデオロギー上の対立.
単にエネルギを供給するだけではなく,社会的な目標(貧しい田園地帯に人手を省く機器を,遅れた地域に川運河を,安い電気を使って肥料を製造し土地を改良する,洪水や雪解け水を調節し土の浸食を予防する)のため
○スーパーパワーシステム
○ジャイアント・パワーシステム(ペンシルヴァニア州)
ペンシルヴァニア州知事ギッフォード・ピンショー,モリス・ルーエリン・クック
農村に電気を,都市に煙や灰がでないやり方で電気を,スラムは田園都市に変わり,途方もない大きな都市は小さい産業地域社会に変わり,そして地方への回帰を引き起こす.
しかし,既存の権利を持つ人たち(電気事業者,またはそこに投資した人)の反対
利己的な少数が支配するのか,それとも人民(国家,州)がそれを制御するのか.
ジャイアント・パワーシステムに関する合同委員会はジャイアント・パワーの立法を拒否.ピンショーが率いるペンシルヴァニア州政府がアメリカの電力事業の方向を変えようとした.結局は失敗.
委員会が反対したのは技術的な問題よりも,「規制と共同利用と農民の法案」だから.
1920年代中頃,スーパー・パワー運動もジャイアント・パワー運動も運動量(勢い)を失っていた.
Aドイツ:ゴルパ=チョルネウィッツ発電所
第一次世界大戦による爆薬と農薬肥料の不足=大量の電気を必要
大戦後に電気供給を政府が組織し直す.中央政府と地方政府の対立
政府による統一された発電計画.地方政府,私有の電気事業体の所有者たちは中央集権化に反対.権限と投資を失うことが予想された.
既存の技術はそれに依存する数多くの政治的・経済的利益を結びつける中核となる.
Bイギリス:戦争によって,産業の効率化の必要性.電気事業の再編,統合
1919年法案が成立.しかし,戦争はすでに終結.電気事業統合への抵抗.法案自体も自発的な行動と説得のみで強制力はない.
結局は既存の電気事業者の抵抗でうまくいかなかった.保守的な運動量の増加.
しかし,1926年「グリッド」が設立.なぜ?
第十二章 計画に基づいたシステム.
@ペンシルヴァニア=ニュージャージー相互連結(PNJ)
フィラデルフィア電気会社(クックの敵だった)がメリーランド州コノウィンゴのサスクエハンナ河岸に水力発電所を作る許可を得る.コノウィンゴ計画は巨大な電力プールの計画.多くの反対が.何とか乗り越える.
高電圧のグリッドを使ってフィラデルフィア電気,ニュージャージの公益事業電気ガス,ペンシルヴァニア電力・電灯の各システムが相互連結.負荷のピークを負担しあう.
Aバイエルン送電線網
1924年に操業開始.ワルヘン湖発電所プロジェクト.計画に基づいた地域電化プロジェクト.
○顧問技師とその会社が決定的な役割
オスカー・フォン・ミラー,
技術者=企業家,長距離電力輸送と地域電化を効果的に唱道.国際的な名声を得る.1910年アルプス・バイエルンの水力利用計画に着手.電気を北部の人工が集中する地域に長距離送電する.地域グリッドと水力発電を結びつける.料金を支払うことのできる人だけではなく,すべての人に電気を提供すべき.
多くの既得権や社会・政治・経済の原理が絡む.
Bイギリスのナショナルグリッド
技術的,経済的成果というよりも政治的成果.国の威信と国力の喪失が危機感を募らせる.
労働党が第一党に.電力事業の最終的な国有化を目指す.
チャールズ・マーズ
高電圧送電システムを「グリッド」と名付ける.
第十三章 地域システムの文化
1920年代:地域電力供給システムが運動量を増す.電灯・電力システムの進化の第三段階.種類の異なったエネルギ源が,経済的混合というという考え方に基づいてシステム的に結びつけられる.
○地域電力システムの技術的核心
ひどく大きな往復蒸気機関(不動産価格の高い人口集中地では不都合)
→蒸気タービン(設置,運営,労働のコストが下がる)
大型で効率のよいタービンでは大きな負荷が求められる.→高電圧送電線によって遠くへ
○地域電力システムの経済的核心
発電・送電システムは巨大になればなるほど効率がよくなる.設備の大型化→資本需要増大.経営者・投資家を挑発
発電所の相互連結(リスクの分散)
○決定的問題
様々な負荷とエネルギ源をもつ巨大なシステムの制御.これらのシステムを分析して方程式に表すことの困難.さらにそれを解析的に解くことはほとんど不可能.→計算機のもと. ヴァニヴァー=ブッシュ教授による連続積分機(二次方程式を解く)と微分解析機(微分方程式を解く)
○顧問技師たちの役割
地域システムに付き物の技術上,組織上,金融上の諸問題を解決
ストーン=ウェブスター,やがて巨大な持株会社に
ゼネラル=エレクトリック社が作った「電気債権・株式」社 S・Z・ミッチェルが創設.危険が持株会社内で分散され投資家の利益が守られる.
第十四章 進化していくシステムのスタイル−RWE,PP&L,NESCO
地域的スタイルregional styleによる説明
@ドイツ:ライン=ウェストファーレン電気会社(RWE)の場合
ルールとライン川下流地方の工業化.石炭(ルール地方),鉄鉱石,経済的な輸送手段
1917年ゴールデンベルグ発電所の建設(五万キロワットのユニット二基)戦争によるアルミニウムの製精,硝酸塩,その他の物質からの需要.
戦争終了後,莫大な賠償金のためドイツ政府は無煙化炭の輸出を開始=ゴールデンベルグ発電所は燃料不足.褐炭の利用.ロッダーグルーベ社を合併.その他の電力会社の株を取得.
A・ケプヘンの結合運営
合理化運動=結合運営,負荷管理
化学工場,製鉄工場に負荷を負担.北の褐炭と南の水力を結合.夜中に負荷が軽くなるのを利用してポンプを動かして水を高いところに汲み上げる.それを昼間のピーク時に使う.
さらに網の目のように送電する領域を拡大.
Aアメリカ:ペンシルヴァニア電力・電灯会社(PP&L)
前身:サンバリーのエジソン電気照明会社(1883年設立)小さい村に電気を.「村のステーション」三線式配電システム,エジソン化学メーター
1880年代後半ウェスチングハウスやトムソン=ヒューストンなどエジソン系以外の交流電灯システムが出現
→「システムの戦い」が地方レベルでも顕在化
1895〜1901年結合装置によって交直流の共存が可能に.システムの戦いは弱まる.
1886年ペンシルヴァニア州ランカスターのエジソン電気照明会社設立
1892年交流配電システムを設置.ウェスチングハウスに勝利
東部ペンシルヴァニア:リーハイ渓谷輸送会社が電力会社を合併,リーハイ渓谷電灯・電力会社になった.
○タービンと高電圧送電の導入
1907年,無煙炭炭坑の経営者,キャルヴィン・パーディーは資金を提供してハーウッド電力会社を設立.小さいタービン発電機を設置.
1913年リーハイ石炭・航行会社ホートーにタービン発電機を備えたもうひとつの地域ステーションを建設.組織統合が進む.
1917年にはリーハイ航行・電気会社への負荷は二万四千キロワットに及ぶ.しかし顧客数は112.大口の工場のみ.
1917年秋,S・Z・ミッチェルが役員に選ばれる.(電気債権・株式の社長)電気債権・株式の資金が投入される.さらなる統合.ペンシルヴァニア電力・電灯会社(PP&L)へ.農村の電化に指導的役割.
Bイギリス:ニューカスル・アポン・タイン電気供給会社(NESCO)
ニューカスル:工業都市.化学工場,機械工場,高炉,煉瓦・タイル工場,石炭
ほかの二社に比べると規模は小さい.
地域供給システムを作ることができたわけ=政治的要因.議会での勝利
チャールズ・マーズ:有力な銀行家と仲がよい.
マーズ親子は技術と経済と自分たちの社会ネットワークをうまく統合した.
イングランドの伝統的な権利を享受する地主たちは長距離・高電圧の点対点送電を可能にするような路線権の認可をじゃましていた.
1926年「グリッド」の創設.中央電気評議会はNESCOの40サイクルではなく一律に三相50サイクルと決めた.しかしその移行の費用は電気事業者が均等に負担.
第十五章 エピローグ
電力システムは中心に技術的要素を含み込んでいるほかに,制度的な要素をも含み込んでいた.
電気事業体:社会=技術的システム,大きい運動量・力・方向を持つ.なぜならそれらは制度として確立されており,資本投下が大きく,法律の支持を受け,ノウハウや経験を積んでいたから.この運動量は,発展の方向に急激な変化が起ころうとすればそれを打ち消す保守的な力.その結果,過激な発明が導入されることは滅多になかった.システムの大きさをだんだんと増していくことに向かい,根本的に異なった経済的目標または社会的目標を達成するために方向を変えることには向けられなかった.
大きい電力システムを変えることは困難.