E・S・ファーガソン 著 藤原良樹+砂田久吉 訳
『技術屋の心眼』 Engineering and the Mind's Eye 平凡社1995年
98/12/2 98M42134 木本研 小林 学
第一章 工学における設計の特質
第二章 心眼
第三章 近代工学の起源
第四章 図像化の道具
第五章 技術の知識の発展と普及
第六章 技術者の養成
第七章 見込みと現実のギャップ
第一章 工学における設計の特質
○図面を用いない設計−職人の方法
図面は職人の頭の中にある
○図面を用いた設計−技術者の方法
設計者と作業者との間に図面が必要
○工学の知識
技術分野の設計者が用いる表向きの知識は,その主要部分が科学に由来しているとはいえ,科学ではない.
実験的証拠だけでなく材料やシステムについての経験的な観察に基づいた知識も含まれる.
工学的科学(力学,熱力学,材料科学など)は理学と類似,しかし工学的科学の目的は,測定できる諸特性(長さ,重さ,温度,速度等々)の間の関係を正しく示して,技術のシステムを数学的に解析できるようにすること.
○発明としての設計
ニューコメンの蒸気機関の例,
初めての蒸気機関であり,ニューコメンが参考にするものはなにもなかった.すべて「新たに選択」しなければならなかった
○芸術と工学
技術者が設計する(図面を引く)ことと芸術家が絵を描くことの類似性
○技術者のスタイル
設計には技術者の個性が表れる
○設計の過程
設計には常に「仮定」と「判断」という問題が存在
すべての仮定を明確にすることはできないから,仮定や判断,そして決定を工学的科学のみならず現実を学んできた設計者の手に委ねるべきである.
第二章 心眼
工学における視覚的思考の重要性
「心眼(マインズアイ)」=思い起こされた現実のイメージと思い描いた工夫のイメージが存在する場所
○右脳と左脳
右脳は芸術や音楽的才能,そして空間的知覚の座
左脳は言語や解析的能力の中心地
○視覚的な思考の地位
視覚的思考の重要性,科学者たちは頭の中にはっきりとしたイメージがある.
○視覚的な思考の実践
視覚的な思考は,工学における本質的で切り離すことのない成分となっている.
心の中にあるイメージを図面に移す.しかし,それが難しい.
○ホイットカムの面積法則
超音速機の設計における根本矛盾:飛行速度とともに増大する空気抵抗(効力)はマッハ1に近づくと急激に増加.効力にうち勝つためエンジンの出力をあげれば燃料消費が増大し,その結果航続距離が制限される.
ホイットカムは8年間風洞実験をする.ここで学んだ経験は言葉にも,なんの形にも表すことができなかった.
1949年,デルタ翼による風洞実験.また乱れを少なくし,抗力を減少させること目的として砲弾形の胴体を採用
しかし,速度がマッハ1に近づくと空気抵抗は驚くほど増大.
ホイットカムの解決策
抗力は,翼が胴体につくところで最大.そしてそれは航空機の断面積が最大になるところ.
→翼がついている胴体部分を細くくびれたウェストにする.
○本当にみる
百聞は一見にしかず
現場においてのみ,現実の世界の複雑さ,すなわち,図面や数式が無視している現実の世界を見ることができる.
○創造性
1950年代後半,アメリカの大学で流行.
1950年代に起こったカリキュラムの変更が,工場見学や設計などの直接の体験の基づく知識と洞察を排除.
○映像や言葉で表せない知識
工場や現場での作業者たちが体で覚えている知識は,設計者たちが視覚によって得た知識よりもはるかに多い.工学系の学校では作業者たちの手の賛美ではなく,軽視を教えている.
第三章 近代工学の起源
○工学の連続性
技術者の80%は何十年あるいは何百年も生きてきた技術を使って仕事をしている.
新しい機械を設計する際には,技術者は使い慣れた部品を採用して,しばしば配置を換え,または根本的に修正する.
○ルネサンス期の技術者のノート
レオナルド=ダ=ヴィンチのノート,視覚的な情報により容易に後生へ伝わる.技術の連続性
○要塞の設計
ルネサンス期の技術者は,みな,少なくとも一時期は要塞の設計に携わる.
○設計の秘訣
技術者は,求められた設計がどんなものであれ,計画が実際に有効であるためには,計画されているシステムが予測可能で制御できるものでなければならない.
○技術者とパトロン
ルネサンス期,建築家,芸術家,技術者は創造的な職人という一つの階層をなす.彼らは政治的にも経済的にも独立していない.パトロンの重要性(教会,貴族,役人,現在では政府や企業)
イタリアでは芸術家と技術者がそれぞれ専門性を出していく.=近代工学の起源
フランスでは軍事技術と土木工学に恒久的な形態を与える.
○工学の学校
フランスにおける数学的教育
砲兵学校,エコール=ポンゼ=ショッセ(道路・橋梁学校)
エコール=ポリテクニーク,数学・力学を重視,モンジュによる画法幾何学
のちの工学系大学の手本.
第四章 図像化の道具
ルネサンス期,視覚情報を伝える能力の大きな進歩
印刷術→視覚的な情報が正確に伝わる.科学・技術に有効
○透視図
図示表現上のもっとも大きな発明「透視図法」(線遠近法)
○正射影法
工業製図=対象物を三つの正射影法
18c モンジュ「画法幾何学」,工業製図に三次元正射影法を導入したのはモンジュではなく,ヨーロッパとアメリカの教師,教科書の著者,名も知られていない製図工たちの奮闘の合作
○工業図面の作成
○図面の利用
○研究のための模型
図面より模型の方がはるかにわかりやすい.
○図面の模写に潜む危険
第五章 技術の知識の発展と普及
○ルネサンス期の挿絵本
挿絵入りの印刷本
二つの伝統:ラメリとアグリコラ
ラメリ=進歩的,今までにない新しい構想
アグリコラ=実際の道具を写す
○専門技能教育
ニュートンの時代:新しい実験科学を通して「人間の力と偉大さ」を高める(フランシス=ベーコン)
ジョン=イーブリン,ウィリアム=ペティ,手仕事に関する膨大な記述を編纂
イギリスでは手仕事の自然誌はわきへ
フランスで主流に,1660年科学アカデミーの創設,『ディドロの百科全書』
○模型の教育的な意味
17世紀,機械や装置の教育に模型が頻繁に利用されるようになる
○物理的原理の教育
18世紀初頭のイギリス(マンチェスター,バーミンガムなどの工業都市)で,ニュートン力学(力学,水力学,空気力学)を教える公開講座,多くの職人や商人が受講
T・デザギュリエ(1683-1744)
○視覚的解析の道具
@ネピアの対数
1614年,ネピアの対数(実は指数)
ウィリアム=オートレッド:計算尺
計算尺の精度は技術においてはほぼ正確といえる.
Aデカルトの座標幾何学
数学的関係が有用な図になる.
→技術計算における視覚的体系が19世紀に誕生
対数,デカルト座標系,デカルトによる代数学と微積分学
カール=カルマン,図式力学を開発
長所:定性的なもの,計算において何がなされているかが分かる
コンピュータが図式力学を昔のもにした.しかし理解を犠牲にし速さを購う.計算図表の有用性
第六章 技術者の養成
ブッシュ『Science−The Endless Frontier』
技術者の無視と科学者による基礎研究の重要性
○グリンター報告
@「高度の職業的,技能的内容をもつ過程」の排除
A「六つの工学的科学−固体力学,流体力学,熱力学,移動速度論(熱,物質,運動量)電気理論,物性論−のコース」を要求
○設計の危機
これらの過程を学んだ学生の設計能力が低下
MITの報告
設計は「それをなす前に,断片的なものであれ少なくとも心的なプランを必要とする概念的過程であり,それ故,まず総合がくるべきである」
○専門技師の学士
1960年代中頃,多くの有名工学系の学校で設計が消えつつあった頃,人気のやや劣る大学で「専門技術」に学位を与え始める.
第七章 見込みと現実のギャップ
○見ることの威力
1960年代のアメリカの工学系の学校では学生は技術者が心眼によって吟味するように教師から要請
1980年代に解析的な教育へ移行.コンピュータが複雑な問題をすばらしい速さで正確な解を出すので学生も教師も文明はついにあらゆる技術的な問題をたやすく解くことができる状態に達したと信じ込む.
○設計の問題
複雑なシステムの設計に正確さと厳密さを与える解析手法を生み出すために,莫大な労力と資金がそそぎ込まれている.しかし致命的欠陥をもつ設計が途絶えることがない.
複雑な動的システムも原理的には制御可能だと思われてきた.しかし
カオス,予測可能な科学への信仰を揺るがす.
成功した設計は知識と経験が結びつき,必然性よりも判断の結果の方多く含まれる.
○失敗と意外なできごと
コンピュータによる数値解析=今まで不可能だった設計が可能になる.(例:立体骨組み構造)
設計者は柱に圧縮応力しか働かないとした.しかし実際は応力ではなく長柱の変形を考慮しなければならない.
しかし,ソフトウェアには多くの仮定と疑問点が含まれている.用心深さと視覚的な知識と適合性に対する直感的な感覚が必要.
技術分野でのほとんどすべての失敗が誤った計算よりも誤った判断の結果である.
○しくじりの繰り返し
NASAのハッブル望遠鏡の例
資金を無制限に与えられ,極端に狭い常識しか持っていない官僚的組織の本質
○統制された設計
上からの統制による設計
下からの積み上げによる設計
○考慮されない反省の必要性
設計者の誤りよりもオペレーターの誤りが災難の原因だと考える限り判断の致命的な誤りはさけられない.
科学や数学の解析の道具は必要,しかし十分ではない.健全な判断と適合性や妥当性に対する直感的な感覚