ベー・エム・ゲッセン 秋間 実/稲葉 守/小林武信/渋谷一夫訳
『 ニュートン力学の形成 『プリンキピア』 の社会的・経済的根源 』
法政大学出版局 1986年

第一章 問題への接近.マルクスの歴史過程論

ニュートンの業績は彼のその天才によって成し遂げられたと考えられがちだがそれは実は社会状況の社会的・政治的・経済的・精神的・経済的要因によってもたらされたものである.

第二章 ニュートン時代の経済と技術と物理学

ニュートンの時代(中世および近代)は,人類が私的所有の支配を受けている時代である.マルクスは,人類史のこの時代を私的所有の諸形態の発展史とみなし,三つの時期に分けた.

  1. 封建制の支配する時代
  2. 封建制度の崩壊から,産業資本とマニュファクチュア(工場制手工業)との発展によって特徴づけられる時期.
  3. 産業資本主義が支配する時期.
ニュートンの時代はまさしく2の時期にあたっており,交易とマニュファクチュアによって大ブルジョアジーが作り出された.この新興のブルジョアジーは生産諸力を発展させればさせるほど儲かる階級として「交通」「産業」「軍事」という諸分野で技術を改良し発展させることを熱望した.それらの技術的課題はごく一部を除けば主として力学の問題に帰着することになるのである.

第三章 この時期の物理学上の研究課題と『プリンキピア』の内容

この時期の主要な技術上または物理学上の諸問題を,この時期の主要な指導的な物理学者の大筋と比較して物理学の大筋が,根本において勃興しかけているブルジョアジーが前面に押し出した経済上・技術上の諸課題によって決定されていた.
ニュートンの先輩における技術者・科学者たちは,すでにこのような諸課題ないし諸問題に取り組んで,それぞれの範囲・程度に置いて成果を挙げてきた.こうした諸成果を小数の諸原理のもとに包括的にまとめ上げて力学の大きな体系に下ものが,ニュートンの『プリンキピア』であった.

第四章 イギリス革命の時代における階級闘争とニュートンの世界観

ニュートンはイギリスの市民革命時代の人である.また彼はブルジョアジーでもあった.
ヨーロッパが中世から生まれたとき,台頭していく都市ブルジョアジーはその革命的階級であった.ブルジョアジーが封建社会の中で占めていた地位はこの階級にとってごく限られたものになっていたし,ブルジョアジーのこの先いっそうの発展は封建制度と両立できないものになってきていたのである.封建制に対するヨーロッパのブルジョアジーの大闘争は次の三つの決定的戦闘で最高潮に達した.すなわち−

  1. ドイツにおける宗教改革と,それに続くフランツ・フォン・ジッキンゲルの政治的蜂起と大農民戦争
  2. イギリスにおける1649年の清教徒革命から1688年の名誉革命にかけての革命
  3. フランス大革命(1789年)

都市のブルジョアジーがイギリスにおける革命を始めたのであり,各地の中産農民(ヨーマンリー)が革命の勝利をもたらした.また2.3.の革命はヨーロッパ的規模の革命であった.古い政治構造に対する特定の階級の勝利であったばかりでなく,新しい政治構造を告げるものであったのである. イギリス革命はブルジョア革命である.国王の絶対権に対する闘争は,同時に支配的国家教会の中央集権主義と絶対主義とに反対する闘争である.それゆえ絶対主義と封建制とに対する新興ブルジョアジーの政治闘争は宗教上のデモクラシーと宗教上の寛容とを旗印として押し進められたのである.
ニュートンは新興ブルジョアジーの典型的代表者であり,自らの世界観の中にこの階級を性格づける諸特徴を反映している.また彼は宗教的世界観においてはプロテスタントであり,宗教上のデモクラシーと寛容との熱烈な支持者であった.つまり,ニュートンの『プリンキピア』はその題名どおり,体系であり,世界観であり,その中にニュートン自身のブルジョア的,そして,宗教的見解が含まれているのである.それを次に述べる.

『プリンキピア』の根本思想は2つの力の合一の帰結としての惑星の運動という観念の内にある. 「すべてに物体に万有引力が備わっていると仮定し,その物質が有限な空間内に一様に分布しているとしたら,物質は重力のために集まってひとつの球状の塊を形作る.しかし,物質が無限空間内に分布していれば,引力にしたがって様々な大きさの塊を形作る.しかしなぜ太陽が系の中心にあるのかを自然の原因によって説明することはできない.したがって唯一可能な説明は,惑星を配置した宇宙の神的創造者を認証することなのである. また自然の原因である重力の帰結として運動はできるが,閉じた軌道上では決して周期的回転をすることはできない.なぜなら,このためには接線方向の成分が必要だからである.それゆえこれらのことを自然の原因によって説明することは決して可能ではなく,それゆえに,宇宙の構造を研究する際に理性的な神的原理の臨在は自明である」とニュートンは結論した.

第五章 エンゲルスのエネルギ概念とニュートンにおけるエネルギ保存則の欠落

物質の運動過程を物質の運動のある形態から別の形態への永遠の移行とみなしたことは,エンゲルスの偉大な功績である.これによって彼は運動を物質から切り離すことはできないという弁証法的唯物論の根本命題のひとつを基礎づけることができたばかりでなく,エネルギ保存の法則と運動量保存の法則との理解を一段高い水準へ引き上げることができたのたのである.
ニュートンの理論にはエネルギの概念がない.そのわけは当時の技術的諸課題が力学的運動形態に限定されていたためであり,熱エネルギのような別種の運動形態の認識という新しい課題が日程にのぼるためには産業革命と蒸気機関の発達が必要であった.

第六章 ニュートン時代の機会破壊者たちと現代の生産技術破壊者たち

ニュートン時代における〈自然科学・技術〉と〈産業・社会〉との関係の有り様と現代の(世界恐慌直後の時期!!)におけるそれと比較して,現代のブルジョアジーが深刻な失業問題の発生など,現代資本主義を揺るがしている危機の原因が生産諸力の過度の発展にあるかのように考えて「商工業へ帰れ!」式の反科学主義・反技術主義を唱えていることを批判する.そして現代の危機は自然科学・技術のせいではなく,資本主義制度そのものに由来する,と著者は結論づけている.