「広角レンズで実像に迫る」 
京都新聞「文化」欄  1995.1.4
「何が何でも相手と向かい合って自分の目で見、新しい発見をしたい」とポートレート
専門に撮り続けている写真家の蛭田有一さんが、さまざまな分野で活躍する百三人
の日本人を撮影した写真集「人間燦々(さんさん)」(求龍堂)を刊行した。
登場するのは俳優、画家、音楽家、作家、建築家、政治家・・・・と忙しい人ばかりだ
が、いづれも体当たりで本人に会って撮影の許可を得た。
「ポートレートはその人をどの場所に置くかが重要なポイント」であるため、相手から
日常生活とかかわりの深い場所を聞き、一か所に絞り込むまで粘り強くロケハンと
カメラテストを繰り返す。
例えば漫画家の赤塚不二さんは、行きつけの銭湯。脱衣所に大きな紙を広げて漫画
を描いてもらい、赤塚さんはセーラー服を着て、空を飛んでいるようなポーズを。
「赤塚さんから『何でもするから』と言われ、剣先をのど元に突きつけられたような気持
になった。二ヵ月間どうやって撮ろうかと毎日考えた。
ポートレートというのは撮る側と撮られる側の緊張感を伴った共同作業だと痛感 した。」
四半世紀以上フリーで肖像を撮り続け、代表作は四十三人のスペインを代表する芸術
家を撮影した「スペインの巨匠たち」。
広角レンズでぎりぎりまで迫り、「カメラを意識させて相手に複雑な心理の動揺を起こし、
実像があぶり出されたところを自然光で撮る」のが手法。それにインタビューで印象に
残った言葉を付けているのが特徴だ。
六年間かけた今回の企画も撮影後に写真集への収録を断られたことはほとんどなか
ったという。「撮影を通して、それぞれの人が違った価値観をもっていて、そういう自由
で独立した生きざまが、人間にとって輝く瞬間なのだとあらためて感じた」
「世紀末の日本人」を記録する仕事をあと五年は続けるという。
 (紙面の記事のみ掲載)