岩見隆夫の「近聞遠見」
毎日新聞  2002.8.10
 この春刊行された写真集『鳩山由紀夫』を改めてめくった。
長年、政治家の密着撮影を手がけて定評のある写真家、蛭田有一が、後藤田正晴、
中曽根康弘についで仕上げた作品である。
97年10月、長期取材の申し入れを承諾したあと、鳩山は旧民主党幹事会の席で、
『私の生体を記録したいという変わった人です。口は堅いですから』と蛭田を紹介し
たという。
同党の幹事長に就任した直後だ。以来、約4年、公私にわたる写真156枚が収め
られている。
 密着者の目に鳩山の生体はどう映ったか。<常に誠実で礼儀正しく、人に威圧感を
与えることは全くなかった。宇宙人とも称される風貌の奥に毅然とした信念の強さを秘
めていた。
外国の政治家との面談では、気負うことなく相手の目をしっかり見据えて話す姿が印象
的であった。・・・・>と蛭田は書いている。
ここで気になるのは<威圧感>だろう。威厳、風格、頼もしさなどにもつながる。それ
がない、という。野党第一党の党首生活約3年、3年は決して短くないが、そこからに
じみでてくるものが乏しい。
 来月23日の民主党代表選は、この若い政党の運命を決める。新党だから、と大目
にみられる時期は過ぎた。
とりわけ、結党からの大半の時期、代表をつとめた鳩山の対応は重要だ。
鳩山らしい、と思って聞いたのは、『鳩山続投より世代交代を求める声が圧倒的に多
いのなら国会議員のバッジを外すべきだと思う。代表を辞めた鳩山が活動の場を求
めてはいけない』(6日、北海道苫小牧で)という発言である。
そのくらいの決意で臨むということであろう。しかし、55歳の鳩山から40歳代の代表
に変わったと仮定しても、バッジを捨てる名分が経つはずがない。何のための議員辞
職なのか、理解に苦しむ。
 過去の自民党総裁のバトンタッチをみても、72歳の石橋湛山から60歳の岸信介
に、71歳の佐藤栄作から54歳の田中角栄に、66歳の宇野宗佑から58歳の海部
俊樹に、それぞれ世代交代している。佐藤・田中は17歳の開きがあった。
首相でも、73歳の宮沢喜一から55歳の細川護熙に、71歳の村山富市から58歳
の橋本龍太郎につないできた。
しかし、総裁、首相のだれ一人、直ちに議員辞職などしていない。トップを退いても、
果たすべき役割は残っていると考えたからだ。
 やめないのは、政治家への執着心もあったに違いない。だが、執着は貴重だ。あっ
さり潔く、はそれほど褒められることではなく、粘っこく職責を貫いてほしいのである。
いわんや、鳩山は熟年期で、衆院には鳩山より年長議員が284人(全体の59%)
もいる。あと15年や20年の活動時間は残されているのだ。
 写真集のインタビューで、あなたは政治家に向いていると思うか、と問われて、鳩
山はこう答えている。『いまでもむいているとは思っていないです、全然。しかし、
一度この世界に足を踏み入れたんだから、辞めるわけにはいかんぞと。私も結構
強情なところがありますから、むしろ後悔しないような政治に変えなきゃいけないとい
う思いで、自民党を飛び出し、新しい政治を作ろうという動きになったんです』
 こちらの発言は、よく理解できる。新しい政治運動は当然、トップリーダーだけの
仕事ではない。時に応じ各世代の役割分担も変わる。
代表選の行方は混沌としているが、現代表が『バッジを外す』とムキになったのでは、
争いの土俵が荒れてしまう。撤回した方がいい。
(紙面の記事のみ掲載)