「政治 人間通しアップ」
朝日新聞・東京版  2000.12.18
 後藤田正晴元副総理、中曽根康弘元首相の写真集を出した写真家がいる。
蛭田有一さん(五九)。現在、民主党の鳩山由紀夫代表を撮影している。『やじ馬的
な好奇心からです。
代表的な政治家の公私にわたる活動を追って、政治の内側を撮りたい。よいしょする
つもりはありません』と話す。
 十二月初旬のある日の午前十時、千代田区永田町の民主党代表室。蛭田さんが撮影
を始めた。
ポーズはほとんど注文せず、シャッターを押す。こうしてしばしば民主党本部を訪れ、
遊説先や選挙区へも同行する。
鳩山代表が撮影を申し込まれた4年前を思い出しながら言った。『後藤田さん、中曽
根さんの次が、なんで私?と思いました。変わった趣味の方だな』 と。
 一九四一年、品川区で生まれた。父は写真館経営。東京写真短大(現・東京工芸大
学)を卒業後、広告制作会社につとめたが、人物写真を撮りたいと退職した。
ヌード写真を週刊誌に発表した。しかし、ヌードを一生のテーマにするかどうか悩ん
だ。『自由で独自の生き方』をしている人を撮ると決めた。
黒澤明、笠智衆、太地喜和子、淀川長治、武満徹、高橋竹山、岡本太郎さんらを六年
がかりで撮影。
九四年、『人間燦々―20世紀末日本を彩る103人の肖像とメッセージ』(求龍堂
刊)にまとめた。
 この本の百3人目の被写体が、後藤田正晴氏だった。ドロドロした政治の世界にいな
がら、強烈に自己流を貫いているように見えた。そこで、しばらくしてさらに三年間撮り
たいと申し出ると、『こんな顔でよかったら』と、快諾してくれた。
蛭田さんが撮る姿は代議士らの話題になった。『だれだ?』。『後藤田正晴』(朝日ソノ
ラマ刊)を出すと、代議士らが高く評価したという。
 中曽根康弘氏は、撮影したいシーンのメモ書きを渡すと、じっくり読んだ。了承し
てもらっての別れ際に、こう言われた。『後藤田さんのよりは、いいものをつくってく
ださいよ』。
三度の外遊に同行した。入浴姿まで撮らせてくれた。『中曽根康弘の肖像』(求龍堂
刊)が生まれた。
鳩山代表が、撮られながら言う。『自然に撮ろうと思っておられるようで、無理をさ
せない。撮られていて、気になりません』

 (紙面の記事のみ掲載)
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