1994.12  奈良のアトリエ
「かつひこ遊遊」
文・佐藤勝彦
かつひこにとって作品とは、自分のメッセージを伝えるもの。
それを形とか色とかで表現するのだが、かつひこの作品には、その上に
文章までも書いた。自分の伝えたいことを文章でかきしるしたのだ。
それが一つのかつひこのパターンというのか、型になってしまった。
だから、かつひこはこの三つをおりまぜて描きつづけた。
一枚一枚で文章が変わった。その時その時いいたいこと。それだけではない、
かいているかつひこが救われる文章。かつひこ自身がなぐさめられるような、
元気づけられるような、そんな言葉を捜した。
だから、人さまに向かってだけのメッセージではない。自分へのメッセージ
でもあったのだ。「大丈夫だよ、そのままでいいのだよ」もちろん、一番先に
かつひこが元気になっていった。
 
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1991.7  奈良のアトリエ
「かつひこ遊遊」
文・佐藤勝彦
気持ちなんて一日一日だ。かつひこは前日書いた文を、次の日もかいた。
昨日は昨日、今日は今日。今日新たなる出発だ。毎日、毎日、同じくり返しに
なる言葉を書いた。ゆるされてる・・・ゆるされてる・・・ゆるされてる・・・
愛されてる・・・愛されてる・・・愛されてる・・・選ばれてる・・・選ばれ
てる・・・選ばれてる・・・本当にそうおもえた。本当にそう信じた。
何回もかくうちにまわりが、かがやきだした。うれしくなってきた。どんな絵
になっても許るされてると思った。そして祝福されてると思えた。そして何
よりも、自分が今かいていることは選ばれているのだと思った。
 
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1993.9  奈良のアトリエ
「かつひこ遊遊」
文・佐藤勝彦
今しかないと思うと、かつひこは元気が出た。じっとしておれなくなった。
何故に「今しかない」と思うようになったかは、かつひこには一つのわけがあった。
かつひこは若い頃結核を患ったことがあった。そこは結核患者ばかりを収容す
る病院であったため、重症の患者は毎日のように死んでいくありさまだった。
ある日、かつひこは友人と病院の外に遊びに出る約束をしていた。
かつひこは地方大学の学生で、二人は学生同志であったため、よく話があった。
翌朝10時ということでかつひこは、朝、彼の病室に迎えにいった。
行く途中、馴染みの看護婦さんに彼は部屋にいる?と聞いた。つい今、亡くな
ったわよという返事だった。部屋へ飛び込んだ。彼は裸にされてベッドの上に
横たわっていた。脱脂綿が鼻に詰められてパンツ一つであった。
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1993.9  奈良のアトリエ
「かつひこ遊遊」
文・佐藤勝彦
部屋には誰もいなかった。かつひこはしばらく彼を見つめていた。
人間なんていつ消えてしまうのかわからんものやとしみじみ思った。
「生きている今しか、たしかなものはないんや」と思った。彼の体を動かして
みた。まるで丸田棒を動かしているみたいだった。枯木が横たわっているのと
変わらなかった。かつひこはしばらく彼と共にいた。いろんなことを考えさせ
られた。
それまでかつひこは自分は不幸だと思っていた。自分ほど不幸者はいないと、
いつもいつも自分の不運をなげいていた。
しかし、東大の彼は不幸を思うことも味わうこともできない死体になっていた。
かつひこは不幸を味わえる自分がえらくしあわせに思えてきた。
今たとえそれがどんなにつらくとも、不幸であったとしても、今を生きてゆる
されていることは、すごくしあわせだと思えた。
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1993.9  奈良のアトリエ
「かつひこ遊遊」
文・佐藤勝彦
まだかつひこが25才になったばかりの時、かつひこは茶の有名な宇治に旅
した。そこで出会ったものがかつひこのアトリエのまわりにるいるいと並ぶ
大壺なのだ。
茶畑を歩いていると(ガラッ)と大きな音がする。音をたよりに近づいて
みると、学校帰りの小学生が小石を大壺めがけて投げてるではないか。
人間一人が入れるような大壺が投げられた小石でいとも簡単にこなごなに
なっていく。
かつひこは子供達に聞いた。「こんなもの・・・こわしていいのか」。
「ウン、いくらでもあるもん。いらんもんやもん」。
かつひこはその村の近くにある鉄クズ屋さんにお願いした。全部集めてほし
いと。
       
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1994.3  奈良のアトリエ
「かつひこ遊遊」
文・佐藤勝彦
一ケ月ほどの間に400個集まった。レンタカーをかりて勤めが終ったあと運
んだ。一個700円だった。かつひこの蒐集へきはそれ以来いろんなものに
発展していった。
伊万里や李朝、中国のもの、壺、古布、うるしなど・・・重症だ。
これもかつひこのうまれもった性分なのであろう。くり返し、くり返し、たと
え同じものでもあきることもなく際限もなく、ただ集める行為にかつひこの生
きる充実感があった。
他人さまにはこの病気は理解されないようだ。しかし、かつひこの絵をかく、
やきものをいっぱいつくるくせとあつめることとは、きってもきれない関係が
あるのは事実だ。
むしろあつめる意欲と、かく意欲は一つであった。あつめたからかけたのだ。
かいたからあつまったのだ。
 
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1993.9  伊賀上野のアトリエ
「かつひこ遊遊」
文・佐藤勝彦
「仕事」というとそうでもない。では「遊び」というと、そうともいえない。
結局、遊びが仕事になり、仕事が遊びになっているという具合だ。
自分を丸出しにするには遊びが一番だ。たのしいからする。おもしろいから
する。これが一番、元気なものができる。かつひこの生きる目標があるとす
れば、「遊びをせんとうまれけむ」というところか。
一つところに定着するとすぐ流れがとまってよどむ。いろんな社会性が生まれ
て、人との結びつきが出来てしまう。
まわりとのつきあい、仲間とのつきあい、社会生活には必要かもしれないが、
かつひこにとってはありがたくないしろもの。
 
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1993.9  伊賀上野のアトリエ
「かつひこ遊遊」
文・佐藤勝彦
やはりかつひこは旅がらす。ここへいたとおもうと、もう違うところ、車を
とばして日本中走り廻る。
絵をかいたり、やきものしたり、海にもぐったり、魚をつったり、山菜とり
に、きのこを探しに山歩きが好きで、スキ-が好きで、それらみんなかつ
ひこの遊びであり、仕事であり、よく寝、よく食い、よく歌う。
多忙なる毎日は、よく食うこともよく寝ることも多忙の内。生活全体がアート
で、一分たりとも無駄はない。
動物がせっせ、せっせとマイペースで巣作りしている姿とまるで同じ。
自然が好き。野性が好き。料理もつくるがほとんど生をちょん切るだけ。
自然も生が最高という哲学。
 
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1992.7  伊賀上野のアトリエ
「かつひこ遊遊」
文・佐藤勝彦
かつひこは自分の名前が好きだった。丁度自分にあった名前だと思えた。
顔も体つきもこれでいいと思った。財布に入っているお金も貯金の額も、
自分に丁度いい具合だった。
自分のまわりにいる人たちも、みな丁度いい人間ばかりだ。よろこびも苦し
みもかなしみも、なんでこんないい具合に与えられているのだろうかと思える
ほど、丁度いい具合にあたわった。自分の性格もこれでいいと思った。
もしもこれからどんな人生が待ちうけようと、このままでいいと思った。
こわいところへ行こうと、たのしいところへ行こうと、大丈夫、心配無しと
思えた。行ったところがいいところだろうと思えた。
生まれた日もよかったと思うし、きっと死ぬる日もいいに決まってると思った。
いつも天地と二人三脚で歩いているから、どこへ行っても大丈夫。 
苦しいときは苦しみを共にし、楽しい時は楽しみを共にし、どうなろうと
いつもそばに天地の主がついてくれてると思えた。
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1992.7  伊賀上野のアトリエ
「かつひこ遊遊」
文・佐藤勝彦
かつひこがなにかを求めた時、これはきっと丁度いい時に、丁度いい
値段であたわったと思えた。
かつひこのつくるやきものも、かつひこのかく絵も、かつひこの書く文章 
も、できたまんま、かけたまんまが、今のかつひこがあらわれたんだと思
えた。
いつもかつひこは祝福されてると思えた。
いつも丁度いいものが与えられていると思えた。
そしてかつひこほど天地に愛されてるものはないとも思えた。
更にかつひこは天地にみちびかれているとも思った。
かつひこの中に天地が住んでいて、天地とおしゃべりした。
いつもいつも天地といっしょだと思えた。
いつもいつも天地という大海に抱かれて、赤ん坊が好き放題してる
感じだった。
 
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1994.6   伊賀上野のアトリエ
「かつひこ遊遊」
文・佐藤勝彦
かつひこは以前、八万枚の肉筆を描く仕事を引き受けたことがあった。
やれると簡単に思ったのが、案外やってみたら苦労の連続で、画いても画い
ても、これでいいのだろうか、こんなのでは絵とはいえないのじゃないかと、
自分で自分の作品に自信がもてなかった。そうなると、絵を画くのが苦労に
なってしまう。
ところが、この仕事は季刊誌といえども定期に発行する雑誌だから、一旦引
き受けた以上、途中でやめることができない。その部分を余白にして発行する
わけにはいかない。かつひこはいやいやながらでも画かざるを得なかった。
八万枚を十ヶ月で割ると一日平均270枚ほどだ。
一日休むと、次の日は550枚ほど画かねばならなくなる。かつひこは何回
も何回もたとえそれが同じものになったとしても画きつづけた。
画くたびに自分と語らざるを得なかった。自問自答の毎日だった。
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1994.3  石川県瀬女高原
「かつひこ遊遊」
文・佐藤勝彦
しかし、不思議なことにこの何回も何回も画いていくことが、かつひこに光
を与えてくれたのだった。
「人間一度きりの人生を、今生きてそのあかしとなる絵を画いているんだよ。
どんなものができあがっても、すばらしいことではないのかね」とか、
「人間、いつ死ぬるともわからんじゃあないか。明日死んでしまうと思え
ば、いまどんなことをしても尊いものになるよ。」とか「つらいつらいと思っ
ていても、つらいと思えることでも生きて呼吸できているからじゃあな
いか。
生きておられるということほど尊いことはないんじゃないか」とか、画きな
がらかつひこは自分に語りかけた。
いつの間にか画いていることを忘れたかのようになっていった。むしろ、
手を動かして何が画けているのか知らないが、自分と語るそのなんともいえ
ない状況にむしろ気持ちよさを感じていた。
天上天下にかつひこという一人がいてその人が画いたということは光なんだ
と思えてきた。
忘れた頃に十万枚の紙がなくなっていた。 
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1994.3  石川県瀬女高原
「かつひこ遊遊」
文・佐藤勝彦
かつひこはずっと前から自分なんてきめられるものじゃあない。
いろんな自分があって、自分でさえ想像のつかない自分がいるんだって。
だから「これが自分です」なんてこだわらず、なんでも自分なんだ、
ひょっとすると他人さえも自分なんだと考えてもいいのでは?と思った。
だからかつひこはやきものをする時、ロクロを廻しながら、いろんな形が生
まれるのを見ながら、全部自分なんだ、薄作りも厚作りも、形がきちんと
したものもバランスがくずれたものも、これも、出来た瞬間の自分の姿
なんだと思った。
 
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1995.10  奈良のアトリエの前で
「かつひこ遊遊」
文・佐藤勝彦
そうすると、失敗というものがなくなった。出来たものが自分なんだと思う
と恥かしくなくなた。
絵だって、どんな絵になっても自分なんだと思うと、描く気持ちが自由にな
った。人様にもよくいわれる。明るいかつひこさんといわれたり、内向的な
かつひこさんともいわれたり、欲張りなかつひこ、わがままなかつひこ。
それでいいのだ。自分なんて地球上に十億の人間がいるとするなら、その
十億人が自分の中に住んでいるといったって過言ではない。
かつひこはだから、自分の中の他人をも自分だと思うようにしたい。
いろいろあらあな、全部自分だ、どんな時もあっていいじゃあないの、と
自分で自分を納得させた。
この考え方がかつひこにより多くの作品を産ませることとなった。
                    
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1993.9  伊賀上野のアトリエ
「かつひこ遊遊」
文・佐藤勝彦
かつひこには師匠がいない。だから、全てが素人だ。
子供が面白がってなんでも手を出すように、かつひこも面白いものに手を出す。
知らないままでやるから、どうしたって他人さまとは違ってくる。へたとい
えばへただろうし、変わってるといえば変わってる。
そこへかつひこの信念が拍車をかける。生きていることだけで、「選ばれて
るんだ」「ゆるされてるんだ」「守られてるんだ」「祝福されてるんだ」と
信じつづけているから、いい気になってどんどん作ってしまう。
めでたいといえばめでたい、馬鹿げているといえば馬鹿げているかもしれない。
しかしかつひこは大まじめにそれをやる。やってよろこんで、捨てずに大事
にしまい込む。遊びが即、作品となる。
                    
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1992.7  伊賀上野のアトリエ
「かつひこ遊遊」
文・佐藤勝彦
かつひこは画家だとか、陶芸家だとか、世間ではいわれる。しかし、
かつひこ自身、そんな立派な「〇〇家」といわれるほどの専門知識も技術も
もっていないから、いつも素人だし、いつも新人だ。
だから「〇〇家」といわれると嫌がる。子供のように楽しくやって遊んだだ
けのことだ。だから、何もこわくないから何でもやる。こわくないから変な
ものを作る。変な食べ物を作る。変な服をを着る。恥知らずかもしれない。
それでもかつひこは学校の図画の先生を勤めた。
子どもたちに、おかしな格好をしてるから、乞食先生といわれた。
古木綿で作った服を二十年間変えなかった。
 
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1992.7  伊賀上野のアトリエ近く
「かつひこ遊遊」
文・佐藤勝彦
かつひこは7才まで満州大連にいた。幼稚園の時終戦を迎え、小学校
一年生の時、敗戦のため学校がなくなった。一年生のかつひこは
ソ連兵にタバコを売って家計を助けた。
毎日街頭に立つかつひこの眼前で、日本人が悲惨な目に合わされる
姿を毎日まのあたりにした。そのためかつひこには死にたいする
おもいが幼いながらに身近なものになった。
自分もいつかああなるかもしれない。いつ命がとざされるかわからない。
かつひこはあとどれくらい生命があるのだろう。あと何年、あと何日、
いつもそんなことを思いながら年を重ねた。
「生きるに限りがある」だから頑張りも出来た。「生きるに限りがある」
だから遊ぶことも大事にした。                 
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1993.9  石川県小松、安宅海岸
「かつひこ遊遊」
文・佐藤勝彦
かつひこに強い生命力を与えたのは、この死の思いがあったからだ。
どこかに命をかける思いがあった。そして死を思うたびに山や海が
なぐさめてくれた。
死を思う時天地の愛を感じ、死があるからこそ生きてゆるされたる命を
感じた。どんなことがあろうと、生きておれるということは、とてつもなく
偉大なことだ。どんなにくるしくとも、どんなにかなしくともだ。
生きているということのとほうもないありがたさに、くらぶるものなどない。
手があり、足がある、ただこのことだけでも言葉にいいつくせないめでたさ
だと涙した。
この偉大なる手や足がつくりたもうたものにかがやかぬものはない。
この手足さまによって為されたものに、つまらぬものはない。
かつひこは「もったいないもったいない」と手を動かした。
 
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1993.9  石川県小松、安宅海岸
「かつひこ遊遊」
文・佐藤勝彦
何が安息か、何が休憩か。山の幸、海の幸、無料でいただく、こんなめでた
いことがあるか。
とれたものはその日のうちに食う。食えるだけとる。山に抱かれ海に抱か
れ、天地の恩愛にひたる。
無限なるものとのかかわりあい、自己発見大いなるものの恵みをかみしめ
かみしめ、一日一日、目的も理想もない。すでに目的がここであり、
理想が今である。
天地というこの広大無辺なる大生命と自分とが一ついのちであると確認して
又確認して、海を寿とし山を福とし、このわがいのちの光明をよろこぶ。
存在するものはいつか消え行く。
 
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1993.9  石川県小松、日本海
「かつひこ遊遊」
文・佐藤勝彦
「ゆく河の流れはたえずしてしかももとの水にあらず」無常なる流れに身を
ゆだね、なるようになることを素直に受け入れ、それを天地の恩愛と抱きし
め、かみしめかみしめ感謝しながら前進す。
すべては、おぼしめしと、すべてはおはからいと一分一厘の誤差もなく
ぴったしのおみちびきを毎日毎日いただく。
鳥は喜び、蝶舞い、草花たちはうれいそうにほほえむ。 
自由なる心地は元気をうみ、自在なる身体は聡明をうみ、おのずからして
健康なる精神と健全なる肉体とをつくり育てる。
こちらで意図する必要はない。たのしくあればいい、うれしくあればいい、
ありがたくあればいいのだ。そこから生まれるものにかがやかぬものはない。
全て全て、天地黄金の宝物だ。
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