≪インタビュー≫  聞き手・蛭田有一
政治家人生で最も感動したことは。
一番感動したのは一つしかない。昭和44年12月27日、私の
初当選です。今では考えられないようなことでしたからね。
私は当然無所属、非公認で戦ったわけですから。三つを争うの
に10人ぐらい出たかな。ですからどう好意的にみても落選間違
いないと思われた。だから本当に苦しかったけど、私はこれに全
てを懸けた。ところがいろんな条件が私に味方してくれたんです
ね。

その条件とは。
それは私の父ですよ。親父は当時、私の町の町長してましたが、
全部で9期、一度も落選したことないですよ、無競争で。それだけ
町民の皆さんに信頼を得ていたということでしょう。
私の町は当時小さな人口、1万3千くらいですね。その町の皆さん
が一丸となって私の選挙のために10ヶ月ぐらい、本当に死にも
のぐるいで頑張ってくださった。
それは私のためというより、私の父親に対する町民の皆さんの気
持ちでしょう。
私の祖父もむかし村長をやってましたから、そういう森家に対す
る町の皆さんの信頼と感謝、僕から言うとおかしいけど、そういう
気持ちで倅を応援してやろうということになって、選挙区内の地
縁、血縁ありとあらゆる縁を求めて私を応援してくれた。これが
私の勝因だったですね。
父の努力も本当にすごかったですよ。まあ若干は私のキャラクタ
ーもあったかもしれない。
選挙は候補者の人柄も大事なんだろうから。当時32歳ですから、
そう
いう私が飛び出したことに対して、世間が共感を覚えてくれた
と思うん
ですね。

これまでに強い怒りを覚えたことは。
長い人生、いろんなことがありましたけどね。
一番怒りを覚えたのは、福田さんと田中さんの争いでしたね。30
年も
前の話だけど。中曽根さんにしても三木さんにしても大平さん
にして
も、みんなきれい事は言っていたけれど、結局は全部、田中軍
団にやられたかな。そういうのを若いなりに見ていて、本当に承服
できないと思ったですね。

それはいわゆる角福戦争のときですね。
そういうことですね。あの時はすごい怒りを覚えたし、これで政治
はい
いのか、自民党はこれでいいのかなと思いましたね。

森さんのホームページに、立派な人間の育成こそ教育本来の
使命と書いてありますが、立派な人間とはどういう人間だと思い
ますか

立派な人間っていうのは優秀な人間ではないんですよ、僕の言っ
てい
るのは。優秀で頭のいい人間が必ずしも全てだと思っていな
い。やっ
ぱり人柄がよいということが一番大事でしょうね。
やっぱり世のため、人のためという気持ちがあってほしい。
それは家族
でもいいし、妻でもいいし兄弟でもいいし、国家でもい
いし、世界でもい
い。そういう中で、存在感というものをきちんと
示す人間になってもらい
たいと思っているんです。
平気で人間にナイフを突きつける世の中にみんなが驚かなくなっ
たとい
うことは、異常な世の中になったということですね。

今、日本人全体に無責任、モラルの荒廃が広がっています。
この根源的な原因は。

その根源はやっぱり教育にあるでしょう。二十世紀というのは、
まさに戦争の世紀でしょう。
日本は外国と戦争をして負けたことがなかった。何かあると最後
は神風が出てきて勝つんだと思い込んでいた。それが無残に負
けた。負けたことによって全てを失ったんですね。
だけどヨーロッパやほかの国は負けても魂は取られない。ドイツ
は憲法は譲らなかったんです。だから今でもドイツは憲法を持っ
てないんですよ。
アメリカや連合軍に押し付けられるのはいやだということだったで
しょう。ところが日本はまるまる手を上げちゃって、全て戦勝国の
言いなりになった。
ただ韓国とドイツのように分割統治はされなかった。それだけは
助かっ
たもんだから教育権は取られ、憲法は押し付けられて、そのことが
今日の日本の全ての基盤になってきたということです。
もう一つ悪かったのは当時、開放された共産党の連中が一杯い
て、それが労働組合だのマスコミだのいろんなところに入り込ん
だ。特に教育の中に入り込んだ。
だから日本の歴史だとか天皇だとか日本の文化だとか、礼儀作
法のことなど学校でやろうとするとその左の連中が全部壊してき
たわけでしょう。
だから日の丸も君が代も大事にしないという教育政策を取ってき
た。それが戦後の日本ですよ。神や仏は要らないという唯物論的
な教育を戦後日本はずっとやってきた。それにみんな慣れきって
しまった。僕らの世代まででしょうね。
僕らの世代だと神社やお寺の前を通るとちょっと頭を下げる、
そのことは子供の頃から教えられた。
やっぱり何が一番大事なのかということを子供たちに教えないか
ら、平等とか平和とか自由というのは自分だけが享受すればよく
て、人様に与えるという感覚がなくなってしまった。それが戦後の
日本の最大の失敗ですよね。
だからぼくは優秀な頭の人間をたくさん育ててもしょうがない。
頭のいい人間ばかりが役所でえらくなっていく世の中にするから、
親たちはアホだから勉強して東大行きなさい、京大行きなさいと
言う。
子供の能力は親を見ればわかるんで、それ以上になることは余
程のことがないかぎりないんだから。

日露友好連盟会長としてプーチン前大統領と親しいと言われ
ますが、どんな人物ですか。
ソビエトというと社会主義国のチャンピオンですよね。この国が
結局社
会主義、共産主義の考え方ではダメだということを彼の前
のエリツィン
かな、彼がそういう判断をして、ソビエトの衛星国
をみんな開放して
共産党も捨ててある日突然自由化するわけです
よ。
その結果がよかったか悪かったか、ロシアの中にはかなりい
ろいろ問
題はありますよ。
制度は確かに社会主義はなくなったけれども、役人の感覚は変
わって
いませんよ。それからとてつもない金持ちが権力に結びつ
いて悪さを
やっているやつは一杯おるでしょう。
しかし社会主義、共産主義の国を一挙に自由と民主主義の国に
したということは、なまやさしいもんじゃないですよ。
現に中国は、やり方は逆でしょう。一党独裁の共産党体制で、
そして経済だけは自由化させているわけでしょう。経済は日本や
アメリカと同じような仕組みをとっているけども、これまた格差
は激しい。
北京のようにすごい街になったかと思えば、地方にはまともにト
イレもないような家がある。食べものもない。暴動が起きてもお
かしくない、今起きてますけどもそれを抑えられてるのは、
共産党が怖いからですよ。怖いから何とか中国は保っている。
ロシアが一挙にそうなったとしたら、やはり大統領たるものは余
程の力を持たなきゃいかん。
それでエリツインがあの若い47歳のプーチンを引き抜いて大統
領にした。そういうプーチンはやっぱり大変な人なんだろうね。

プーチン時代はずっと続きそうですか。
しばらく続くと思いますね。僕は彼には率直に何でも言いますか
らね。あなたの国は自由主義といったって、役人のやっているこ
とは、昔の社会主義とちっとも変わっていないよとか。
プーチンによって何とか共産党が台頭して来ないように、今の自
由主義と民主主義、それから法の支配の三つの原則を守る国に
なって、日本やアメリカやフランスなどみんなと協力していってもら
いたいと思っているんです。その方向へ彼らは一生懸命努力して
いるということです。

北方領土は帰ってきそうですか。
いやあ難しいと思いますよ。やり方だと思います。
少なくとも僕はプーチンと話したときには、いけるという思いがあっ
たん
です。プーチンも協力したいといっていた。
隣同士でお互いに協力したらいいことができるのに、ただ一つだ
け小さ
なこと、それはノドに刺さった骨みたいな四つの島のことだ
と彼は言う。
現実はあの島にロシアの人たちが住んでいるという
ことです。

スターリンの政策でどんどん強制的に住まわされたんです。今は
彼ら
にとってそこが祖国となっており、我々はまた放り出されるの
かという
思いがある。だからそれをどう解決するのか。
日本側も、何が何でも四島全部返せと言うと彼らのメンツもある。
これはプーチンが直接俺に言ったことだよ。ソ連はハンガリーも
チェコも東欧の社会主義国を全部開放したんです。
アゼルバイジャンや中央アジアにあるウズベキスタン、キリギス
タン、カザフスタン、みんなかつてソビエトの一部、それを全部開
放した。全部開放したらルーマニアやハンガリーがEUに入って、
NATOという北大西洋条約機構に入っちゃった。
NATOというのはアメリカとヨーロッパが組んでソビエトを包囲する
軍事的なもんでしょう。そこに自由にしてあげた国がロシアを包囲
するというのでは、我々は納得できないと。
ロシアの硬派にとっては、あんなもの返さなきゃよかったんだと。
だから北方四島も返すことはないという意見になってくるわけよ。
そこのところを日本はよく考えてみないといかんのです。
僕は具体的な考え方をもっていたんだけど、それをやる前に私は
辞めちゃった。彼には私は残念だけど辞めるから、後は必ず協
力するからと言ったらプーチンも分かったと、お前と一緒に片付け
たかったけども、分かったよと言ったけども、次の小泉さんになっ
て小泉さんはいいこともやったけど、そういう問題には全く無頓着
で、田中真紀子みたいのを外務大臣にしちゃうもんだから全御破
算になっちゃった。だけどプーチンは今でも日本と仲良く協力し合
っていくことのほうがいいと思ってますからね。それは大事にして
いきたいと思っていますね。

次の選挙で自民党は負けると言われていますが、自民党の
将来には悲観的ですか、楽観的ですか。

いやいや楽観的ではありません。悲観的です。ただね、日本の国
民というのは非常にバランス感覚があるんですよ。
馬鹿でもないし、愚かでもないしまた利口じゃないところもあるん
だけども、振り子の時計と、僕はいつもも言うんだけども小泉さん
がバカ勝ちしちゃった。
そして次がつまらんことをやって参議院選で負けたという勘定から
言うと今度は勝つ順番にはなるんですけどね。
ただ日本のマスコミにはテレビで大衆受けするようなタレントが
一杯出てああしなさいとか、そんなことばっかりやってるからみん
なダメになっちゃうんですよ。それによって、ふわふわと国民はど
うにでもなる。だから今のような形をマスコミが取っている限りは
これは危ないですよ。
だって今の日本人は新聞読みますか。新聞細かく読むよりテレビ
の画面を見たり、週刊誌を読むほうが早いでしょう。日本の国民
はみんなそうなっているんですよ。

次の選挙の後、政界再編があるとしたらその対立軸は。
今は、自民党も民主党も価値観は同じなんですよ。だから区別は
つけられないですね。そこが最大のポイントだと私は思っています。
選挙が行われた結果の数値によりますが、結局どちらか一党が、
全部を支配していくことにはならないと思います。
例えば今度の衆議院選挙に仮に勝っても、参議院は変わらない
ままです。衆議院で負ければ城は明け渡しですよ。民主党の天下
です。
しかし民主党一党でやれるかといえば、なかなかやれない。そこ
で自民党は割れるのか、或いは公明党がどうなるか、そういうこ
とで政界再編が行われていく。
だから何回かこういうことを繰り返していくうちに、二大政党にな
るんだろうけども、今の選挙制度である限りは二大政党にはなら
んと思います。そうでしょう、共産党もおれば、公明党もおるし。
今、民主党は選挙に勝ちたいから共産党とも協力しようなんてや
っているわけでしょう。

連立の繰返しでということですか。
だから連立という形でやっていって、最終的に一緒になっていくと
いうことでしょうね。だってドイツでもイギリスでも連立になっている
じゃないですか。
現に私は恥ずかしながら野党になった時、そこから抜け出すため
に、社会党の村山さんを総理大臣の首班に決めたのは、幹事長
だった僕なんだから。随分節操のないことをやったんだよ。
ところが社会党の中がガチャガチャして、結局また社会党に戻っ
ちゃった。戻っちゃったらどうだ、消えちゃったじゃないですか、社
会党は。時代の変化についていけなかったと思うんですね。
だからこれからもまだまだそんなことがあると思うが、どうなります
かと言われても、私はそんなに先はないですよ。私はもう71歳で
ね、もう最後なんですから。
80になっても85になってもやっているという時代はもう終わったんで
す。中曽根さんや宮沢さんで終わりですよ。

森さんは政界の頂点を極めましたが、今後の更なる目標はあり
ますか。

更なる目標なんて僕はこれ以上ないよ。80まで生きれば最高だ
と医者に言われて、私はガンを患っていますからね。
80までは生きますよと言われて、俺は80で死ぬのかねと言った
ら、それだけ生きればいいじゃないですかって医者に言われたん
だよ。そのとき64歳だったからさ、まだ先の話だと思っていたけ
ど、今71になりましたからね。あと9年ですよ、私が生きていられ
るのは。

その9年で是非ともやりたいことはありますか。
いやいや国民が認めるかどうかという問題がありますからね。
世の中がだんだん若い者の方がいいという時代なんでね。そうい
う流れで、果たして私が有権者から支持されるかということも分か
りません、やってみなければね。
現にそうでしょう、私が一生懸命真面目に努力して、かなりのこと
をやってきたつもりだけど、やっぱり選挙になると、なんで私に投
票が入らなくてあんなに他に行っちゃうんだろうなと思う。
祖先に対してものすごい自分への嫌悪感を感ずるし、やっぱりど
こか悪いんだろうなと、どこか気に入らん人がいるんだろうなとい
う反省は常にしますよ。

当選するとしたら、いつまで政治家を続けますか。
いやあ毎日、一日一日ですよ。私にはそんなあと5年先だ、10年
先だなんて考える余裕はないです。

政治家として今一番力を入れているのは。
一番力を入れていることは教育なんですよ。
国際社会で恥ずかしくない国民になってもらいたいという思いが
あるんです。教育に関してはもう少しみんなが責任を持たないと、
誰かがやってくれると思っていたらとんでもない国になっちゃう。
それから外国人が日本に来て、日本人とはどういう人間なんだろ
うと思われるようなことだけは、あってはいかんと思うんです。
オリンピックなんか見てると、外国人とはどこか違うですね。外国
の選手は神に祈りますよ、スタート台に立つと。日本の若者には
それがあるかな。宗教心はないですよ。
日本の戦後教育の最大の欠陥は、宗教性を教えられないという
ことですよ。だからオリンピックでは神様お願いしますっていうよう
な選手はあまりいないですよ。
お父さんお母さんとか、優勝したのは女房と息子のお陰ですとか
言う選手。いいよ、美しいよ。だけど女房と子供のために戦ってい
たのかねと。やっぱり日本の国民の皆さんの応援あったからこそ
だということじゃないのかな、まず最初にくることはね。
それから自分を助けてくれたのは神様なのか仏様なのかご先祖
様なのか、というのが素直な見方だろうと思うけど、女房と子供の
ためというのがいたよ。
僕は日中韓の子供たちを集めていろんなことをやっていますけど
歴然と日本の子供って分かるんですよ。礼儀ができない、挨拶が
できない、ちゃんとした規律が取れない。
ましてや今の小学校を見てください。どうなっていますか。
私立は何とか保っているけど、公立はダメになっているんですよ。
教室は破壊されている、子供は平気で出て行く、それを先生は抑
えらそれない。教育の現場がそうじゃないですか。そんなバカな国
ってないでしょう。
それをどう修正するかが僕の最後の仕事だと思っています。

ありがとうございました。