「20世紀末彩る103人」 
読売新聞・とうきょう欄  1994.12.9
 激動の1900年代もあとわずか、まもなく二十一世紀を迎えようとしている。
一九八八年、私は写真展 「スペインの巨匠たち」 (現代スペインを代表する芸術家四十三
人の肖像とメッセージ)を終え、次なるテーマ、20世紀末日本を彩る日本人の撮影を開始
した。音楽、演劇、美術、文学、舞踊、政治、スポーツ、大道芸等々幅広い分野で活躍する
“表現者”たちの肖像。
今年、丸六年を要して念願の百三人を撮り終え、先月写真集 「人間燦々(さんさん)(求
龍堂
刊)として発表した。同時に開催した写真展は盛況だった。
この六年間、撮影のため各地を訪ね、エキサイティングな、そして心温まる出会いを重ねて
きた。独創的な生きざまに直接触れ、目を見張ることもしばしばだった。百三人との出会いは昨
日のように脳裏に焼きついている。
このうち、笠智衆さんは亡くなられる前の年に撮影した。写真を見るたびに当時の波の音やま
ぶしい陽光、心地よい潮風までがよみがえる。
暗室で笠さんの写真を初めて伸ばした時、現像液の中から現れた笠さんの姿にひとり感激し、
胸が熱くなった。
赤塚不二夫さんとの出会いも印象に残っている。赤塚さんは私に、あなたの好きなように撮っ
ていい、注文があればどんなことでも、どんな格好でもすると、また、できた写真はあなたのも
のだから僕は何も言わないよと笑顔で言われた。私は一瞬身構えた。怖い人だと思った。
私にとってこれほど有り難い理想的な条件はない。しかし、それだけに半端な写真は撮れない。
のど元に剣先を突きつけられたも同然で、とても撮影日までの相談はできなかった。
それから二か月近く毎日、赤塚さんをどう撮るかを考え続けた。
ある日、この写真のアイデアが浮かび、早速、氏宅へ飛んで行き快諾を得た。後日楽しい撮影
になったのはもちろんである。
 百三人の撮影条件も様々だった。撮影交渉をしてから撮るまでに数年を要したり、撮影時間
がわずか数分ということもあった。しかし、どんな条件下であれ百三人と同じ時空を共有できた
ことを心から感謝している。
撮影のほか、人生観や価値観を中心にインタビューを試み、その中から最も印象的な部分を抜
粋して彼らからの「メッセージ」とした。
メッセージには自由、勇気、ひたむき、そして優しさがあふれている。
六年間を通して、私はそれぞれが自分らしく、ありのままの姿で生きることの素晴らしさを改めて
実感し、自由で独自性に満ちた生きざまに人間本来の輝きを感じずにはいられなかった。
今後も日本人への旅を続けたいと思っている。
(紙面の記事のみ掲載)