フランス小旅行記の第2部。
第1部では、ひょんなことからフランスへサッカーW杯を
見に行くことになったひろちゃん&よしこ。
1日目はいろんな珍騒動に遭遇しながらも、一通りパリ市内の観光を終え、
なんとか、日本から来る友人・Sとの待ち合わせの場所
シャルル・ド・ゴール空港へとやってきました。
さあ、あとはスタジアムの入場チケットを受け取って、
無事にToulouseへと向かいたいのですが・・・・

ひろちゃん&よしこのフランス小旅行記 by ひろゆき

第2部 「Toulouse珍道中」

−目次−

6.待ち人来たる
7.タフな夜
8.旅は道連れ
9.朝のToulouse
10.これがイトウさん・・・?
11.やってくれたね、クリエイト
12.地球の裏にも同じ人間


6.待ち人来たる

 さて、シャルル・ド・ゴール空港の到着ロビーにあるベンチに座って、 全日空機の到着情報が入るのを待っていると、カタカタとANA機到着情報を示す掲示板が回り始めた。 おお! いよいよ到着か?! 
「15 minutes delay」
なんたる・・・・ 二人は「こりゃ夜行はダメだ・・・」と顔を見合わせた。こうなったら気長に待つ しかない。遅れるのはわかったんだから、あとは、寝床の確保。今日、さんざんパリ市内を見てきたが、 駅構内はとても安全とは言えない。浮浪者や危なそうなおっさんがたくさんいるからだ。そこで辺りを 見渡すと、ホテル予約の案内所があり、何人かの客が並んでいる。
「まだ旅は1日目だ。ここで体調をくずしでもしたら、 あとの2日が台無しになる。ここはきちんとホテルを予約した方がいい。」
ということで、明日の朝、Toulouse行きTGVが出るモンパルナス駅付近に安いホテルを仮予約した。

 ねぐらは一応確保できた。あとは、Sと早く会えることを祈るだけだ。時刻は既に21:30を過ぎている。 もうそろそろ出てきてもいいころなんだけど。・・・と、そのとき、ANA機到着の情報が入る。おお!  来たか?! 日本人乗客が出口からパラパラ現れ始める。しかし、かなりの人数が出てきたが、当のS達 はいっこうに登場しない。なにやってんだかな〜っと焦っていると、遠くの方から見覚えのある顔が。 来た、来た! やっと来た!!
「よ! お待たせ!」
時刻は21:45。やっとのことで待ち人来たる。最後にあったのは何月だったっけ? しかし、挨拶もほど ほどに、Sは辺りをキョロキョロ、誰かを捜している様子。そして荷物を残してどこかへ走り去って しまった。それを不審に思うまもなく、もう一人のキャップをかぶったアイカタが登場。
「いやあ、初めまして。西と言います。」
身長は180cm近くあり、ガッシリした体躯の持ち主だ。西君はSとは小学校以来のつきあいらしい。 「それはそれは、これまで、さぞ苦労されてきたことでしょう。」と返すと、「おお、わかりますか!」 だって。なかなか気の合いそうな元気な人だ。まあ、Sの友達で元気じゃない人物はいない、というより、 とてもSについていけないから、自然淘汰で必然的に元気のいい人間だけが残る(ぬ? じゃあ自分 もか・・・?)といったところだが、何にせよ、いい人そうでよかった。さて、Sはと言うと、そこかし こで、日本人に声をかけまくっている。西君の話によると、チケットを頼んでおいた旅行会社クリエイトの 人間が、このシャルル・ド・ゴール空港で出迎えることになっているらしい。ほほう。やはり、成田では チケットは手渡してもらえなかったか。どうせこの騒動で、つい最近しかチケットを確保できなかったんだ ろうから、こっちで手渡すことになったんだろう。それにしても、クリエイトって会社、最初は成田で手渡 すって言ってたのに、どうも情報がコロコロ変わってるな。しかも、空港まで出迎えると言っておきながら 来ないってのも、なんか変だし。何にもわからない日本人が業者だけを頼りに来てたら、どうするつもりな んだろう? そんなことを考えながら、業者と会えなくて戻ってきたSと再び挨拶を交わした。



7.タフな夜

 さあ、夜行列車がオーステルリッツ駅から発車するまで、あと25分ほど。「急いで駅まで行くぞ!」と タクシーに飛び乗る。フランスではタクシーが一度に乗せていい客は3人以下という規則があるらしい。しか し、夜ということもあり、運ちゃんはかまわず我々4人を乗せて、120kmクルージングを始める。が、さすが に無理があった。駅に到着したのは22:20頃。最早手遅れだ。だが、ふと時刻表を見ると「22:56 Toulouse」 との表示が・・・? 臨時便が出ていたのだ。夜行で行けるのなら、ホテル代もうくし、朝早くからToulouse で行動できるし。ああよかった。一安心していると、向こうから、テレビなんかでおなじみの、セルジオ越後 がスタッフらしきお供を連れて向こうから歩いてくる。「お、セルジオも明日の試合を見るんだな。当然か。」 と眺めていると、なんとSがセルジオに話しかける。
「お久しぶりです。Sです。セルジオさんもこの列車ですか?」
「やあ。うん、たぶんね。乗れると思うよ。」
おお! ホントにセルジオと会話してるよ、この男。ホントにセルジオがSを覚えてたかどうかは知る由も ないが、そういえば昔、Sが東京で飲んでるとき、近くにセルジオ越後が座ったので、こちらから話しかけ て、サッカー談義をして以来、知り合いになったと言っていたのを思い出した。ホントだったんだな。

 便があるのはわかった。しかしあたりは既に日本人だらけ。もしかしたら、もう一つも空きがないかも知れ ない。早いとこ切符を買わないと。チケット売場にはもうあまり人が並んでいない。僕はすぐに列の最後尾に 並んだ。しかしこの切符を買うという作業はやっかいだ。というのは、担当者とこちらの間には、しっかりガ ラスの壁があり、中の人間の声は、ざわついている外側の人間には聞き取りにくいのだ。しかもお互いにだい ぶ怪しい英語を駆使するので、双方の意志が100%伝わることは極めてまれである。それにしても今回、切符を 買うだけでも、意外にたくさんの情報をやりとりしなくてはならないことを、初めて思い知った。これが日本 語なら全く気にならないのだが。しかもこのときは、こっちの予想額と相手の提示額が異なっていたので、よ けいに話がこじれたが、なんとかチケットを4枚手に入れた。みんなに手渡した後、Sに肩をポンと叩かれ て「お疲れさん」。いやまったく。でも、ドイツでもいつも似たような経験をしてるから、 実はそんなに苦じゃないと言うのが本当のところだ。僕も海外体験で少しは揉まれたというところか?

 ところで、僕が窓口で悪戦苦闘しているとき、よしこと西君は早くもダフ屋に遭遇していた。まだ前日の夜 で、しかもToulouseから500kmも離れている場所でである。試合開始の時間とスタジアムまでの距離が短くな るほど値段は下がると聞いていたから、今頃から買うはずないだろうってば。以下はよしこレポートによる。 僕が交渉しているのを、西君と二人でポケラーッ(よしこ語)と後ろから眺めていると、そのまた後ろから外 人の男が近づいてきて、チケットを買わないか?らしきことを言ってきた。西君は、外人から話しかけられパ ニックに陥り、すごい形相になって硬直状態。何も言えないで突っ立っていると、よしこが、得意の万国共通 語(Body Language)を交えつつ、いらない、いらないって追っ払った。ダフ屋が去っていった後、西君はよ しこの語学力(違うのに・・・・)と度胸(これは納得)に感動しまくって、その一件以来、西君の中の「頼 りになるヤツ」ランキングでは、よしこの方が河野博士よりも、はるか上位に位置するという。

 しかし、もっとタフなことが、まさに列車に乗ろうとする直前に待っていた。ホームに入ると、なにやら人 だかりが出来ている。はは〜ん、乗車する前の改札みたいなもんだな。2列あるうちの左側の列の最後尾に4 人並んだ。右側の列に比べて左側の列はどんどん進む。こりゃラッキーなんて余裕をぶちかましてるうちに、 列の先頭に来た。すると係員がゴチャゴチャ喋り出す。よくよく聞くと、ベッドの予約はしたのかと言ってる ようだ。あ、そうなの。寝台列車ってチケットの他にベッドの予約もいるのか。日本でも夜行列車に乗った経 験のない僕は、全然そんなことは知らず、へぇ〜なんて感心していた。すると、
「よし、チケットがあるな。ただベッドも欲しいんなら、右の係員にそう言え。」
なにい!? 右の係員? ふと右を見ると、その右の係員は、客の応対にてんてこ舞いになってんじゃねえか ! 空いてるベッドを表で確認して、そこに各人を割り当てていくなんてことを一人でやってるのだ。そりゃ 進まないはずだ。列の後ろの方の客なんて、出発時刻が近づいてるので、かなりイライラしてる。ちょっと ちょっと。この状況で、横から係員に話しかけて割り込めっての? そんな無茶な・・・・ でも、やらねば ならぬ。僕は4人分のベッドを確保する重責を負っているのだ。しかし何度係員に話しかけても無視されっぱ なし。まさか割り込みって思ってるんじゃ・・・? 違うぞ!? Sがさすがにしびれをきらして、
「ムッスィウー、ムッスィウー、スィル・ヴ・プレー!」
って強引に係員の腕をつかみ、チケットを見せて頼み込む。そこでやっと係員はこちらに向けて口を開いてく れたが、その言葉はというと、
「Just moment, please.」
これ以後は、何度もこの"Just moment, please."を聞くことになっただけ。正面に並んでいた客達はさらに ブーイングし出す。しかしこちらもひきさがるわけにはいかない。ベッドの空き状況を係員の肩越しに覗いて みると、もうそんなに残ってないぞ!? 今から最後尾に並びなおしてたらアウトだ。そこで僕も強引に英語 で詰め寄る。
「左の係員がここであなたに頼めって言ったんだ。頼むよ!」
そこで係員は、やっと僕がさっきから差し出しているチケットを手にとってくれて、なんとか我々4人の番号 を表に書き込んでくれた。ほぉ〜〜〜。やれやれ。ホントに助かった。僕がその場を離れると、正面に並んで いた客たちが激しく係員に詰め寄り始めた。しかし、僕はもう解放されたのだ。知〜らないっとばかりにみん なに寝台チケットを渡した。西君からも一言。
「ご苦労様でした。」



8.旅は道連れ

 生まれて初めての寝台列車。まだ23:00前ということで、どの客室も灯りがついている。我々4人の客室に はまだ誰もいなかった。各自思い思いの場所に陣取っていると、ひげを生やした日本人が一人入ってきた。お お、いよいよ同室者の登場か。 年は同じくらいだと思うけど・・・ 彼の名前は藤木さん。話してみるとこ れがまたすごく気さくでいい人。京都在住で、現在、ヨーロッパを放浪中で、W杯もその放浪中に一丁見たる か!ということらしい。「一応、会社員」とのこと。チケットは当然もってなくて、はなからダフ屋目当てだ そうだ。もうヨーロッパに来て1週間ほどらしいが、その間、日本円に換算すると3000円以上の宿には泊まっ たことがないという強者。

 これで5人。ベッドは6人分あるので、もう一人来るはずだがなぁ・・・と思っているうちに、列車は Toulouseに向けて出発。なんだこの5人だけか。それなら、 今日は一部屋貸し切りでオールナイトと行くか!  と盛り上がっていたところで、ガラッと客室のドアが開き、身長190cmオーバーの白人の大男と車掌さんが 登場。こりゃいかん。あんまり騒いでるから車掌さんが怒ってきたのかな? 違った。
「This is my bed. But don't worry. I will sleep. No problem. No problem.」
なんと! まだ客がいたのか。それも外人。それに、もう寝るって宣言しちゃったよ、おい。いくら騒いでいい (しゃべってもいいって言っただけかも。)って言ったって、寝てるあんたの横で騒ぐ度胸はないってば。しか も、3段ベッドの真ん中の段にさっさと寝ちゃったもんだから、さらに都合が悪い。上か下の段だったら、逆側 にかたまって話くらいできたのに・・・ まあ、よかろう。もともと乗り物に極端に弱い僕は、すでに寝台列車 の揺れで気分が悪くなっていた。このまま起きてると絶対吐きそうだったから、かえって好都合だった。一番下 の段で寝ていた僕のところに、Sが酒の小瓶を持ってきた。最上段で静かに話そうと誘われたが、
「明日のために・その1。寝る。」
と言い残し、僕は一心不乱に眠りにつくのであった。

 朝も6:00近くだっただろうか。我々の乗る列車は、とある駅に着く。あたりはすでにうっすら明るくなってお り、何分間か停車時間に余裕があったので、Sはホームに降りてビデオ撮影にふけっていた。 ひろちゃん&よしこも客室から出て、新鮮なる外 の空気を吸う。列車は再び走り始め、二人は客室に戻って、明るくなりだしたフランスの景色を改めて眺め る。まるで「世界の車窓」を見ている気分だった。フランスの片田舎の風景。小学校の頃、国語の教科書で読ん だ、フランスの田舎の話をぼんやり思い出していた。農村らしき家の群が、広大な畑の中に散在している。
「この景色を見れただけでも、ここに来たかいがあったなぁ。」
僕はよしこにそうつぶやいていた。

 車内放送が、まもなく終着駅に着くことを知らせる。みんな顔を洗い、歯を磨き、朝の身繕いをする。いよい よToulouseだ。7:30、ホームに降りたつと、 ここもまたかなり大きな駅であった。ガイドブックによると、Toulouseはパリから南へ約500km。フランス第4 の都市とも伝えられている。ホームから出たところでピーン! 昨夜の教訓を忘れるべからず。今のうちに帰り の分のベッドを確保した方がいい。ここで、Sが提案。いま我らのグループは5人。だから、ここでもう一人 日本人を見つけて、6人入る客室を占拠しようというものだった。確かに、昨夜のような状態は、なにかと気を 使う。というわけで、切符売り場付近をウロウロしている1人ぼっちの日本人にかたっぱしから声をかけた。最 初の何人かは、連れがいたり、帰りの便が違っていたりでうまくいかなかったが、やっぱりいました。条件ぴっ たしの人。その名も木村君。彼は仙台生まれで、一度東京に出たものの、現在は再び仙台在住。一見、無口でお となしそうだが、これが喋ってみると、我々に負けず劣らずユニークな人物。年齢はよしこと同じ25歳。彼も1 週間くらい前からヨーロッパに来ており、やはりチケットはまだ手に入れていない。ただ、彼の場合、日本の旅 行会社HISにチケットを依頼しているので、まだまだ望みは十分ある。ただ、彼は日本でチケット騒動が勃発し たときにはすでにロンドンにおり、つい先日チケットがないことをニュースで知ったそうだ。やはり相当ショッ クだったらしい。ところで、券を並んでいる最中、行商のおっさんが現れた。W杯の帽子をかぶって、 我々にW杯バッジを買えと言ってきたこの陽気な男は、なんと! 寝台車で一緒の部屋だった、あの白人のオヤ ジではないか! なんだ、おっさん、商売人だったのか〜。1個10Fでどうだ?って言ってきた。「じゃあ同部 屋のよしみで」と言いつつ「ディスカ〜ウント!」と叫ぶ藤木さん。すると、おっさん、フゥ〜って肩をすくめ ながら、さっさと向こうへ行ってしまった。まあ、商売を始めたばっかりの今頃から値引きする気にはサラサラ なれないだろうが、ちょっと冷たいんじゃないの、おっさん?

 ともかく、木村君という、さらに楽しい仲間が一人増えた。まるでロール・プレイング・ゲームみたい。では、 6人分のベッドを確保するとしよう。しかし、ここでも僕は窓口のおじさんとのやりとりに苦しむ。今回は、お じさんが英語をほとんど喋れなかったのだ。ジェスチャーも交え、悪戦苦闘の結果、なんとか全員の分のチケッ トを買うことができたが、窓口の最終的な返答はこうだった。
「いまのところ4人と2人に別れて客室に入ってもらうしかない。」
むむう。それはちょっと都合がわるい。これは早めに列車に乗り込んで、 ベッドを変わってもらえるように個人的に交渉するしかないな。



9.朝のToulouse

 さて、どのような形ではあれ、なんとか帰りのベッドも確保できた。Sは僕がチケットを買っている最中に、 とあるホテルに電話を入れていた。そのホテルには、ここ現地で我々にスタジアムチケットを手渡すことになっ ているクリエイトの派遣員が滞在しているはずなのだ。名前はイトウさん。彼とは12:00にそのホテルの前で待 ち合わせることになっている。しかし、そもそも12:00にホテル前に待ち合わせても、 そこからスタジアムまでは、まだかなりの距離があるし、少しでも早く入場した方が安心だ。だから、早めにホ テルに行って、先にチケットを貰ってスタジアムへ早く向かおうということだ。しかし、公衆電話から戻って きたSの説明はこうだった。
「イトウさんは、もうすでに外出したようだ。それで、日本人からの電話でホテルのフロントも困惑していたと ころ、たまたまそのホテルに泊まっていた日本人宿泊客が電話に出てくれた。それがベルマーレ平塚の都並で、 今からキャピトール広場というところで行われる集会に出なきゃならないらしく、そこに我々が行けば、集会が 終わった後、ホテルまで案内してくれるらしい。」
ホントか、おい? 我々6人は、ひとまずそこへ向かいだした。

 駅を出るとすぐに、車のクラクションがひっきりなしに鳴っているのが聞こえてきた。なんだ? 騒いでいる 方を見ると、乗用車のボンネットの上で、ほとんど裸の女性がストリッパー状態ではないか。上半身は通常隠す べき部分は全く隠していないボンテージスタイルで、下半身はすけすけストッキングだけの準ヘアヌード。そこ にいる全ての人々の視線をさらっている。しかも、その女性を乗せた車が、信号待ちの先頭に停まっているくせ に、青になっても全然動かないもんだから、クラクションならされっぱなしで、余計に目立つ。彼女はこちらに もチュバッチュバッと投げキッスを連射。よしこは、僕の顔をのぞき込みっぱなし。当然僕は、
「ふっ、くだらないぜ。まあ、W杯のお祭り騒ぎもほどほどになっ。」
の姿勢をくずさなかったが、Sはビデオカメラを片手に、露骨にAVカメラマンと化していた。Sが「いい よ〜、いいよ〜、はい、こっち向いて〜。」なんて言うもんだから、そのネエチャンも調子に乗って、Sのカ メラの前まで歩み寄ってくる始末。テレビでしか見たことがなかったW杯の生の風景がチラチラ見えてきた。

 果たして、キャピトール広場に着くと、大勢の日本人が集まっていた。スーツ姿のJTB職員がスピーカーを持っ て、いろいろしきっている。集団が散開し始めると、いたいた、都並が。ファンに囲まれて、写真撮影責めに あっている。これはチャンスとばかりに、 ひろちゃん&よしこも便乗して写真撮影の輪の中に入った。こちらが話しかけると、都並もすぐに状況をわ かってくれ、例のホテルへと案内してくれた。都並はフジテレビの撮影で来ているようで、 プロ野球ニュースでおなじみの「きくちゃん」こと西山喜久恵アナウンサーも一緒だった。我がグループは、き くちゃんとも一緒に写真におさまった。

 さて、いよいよホテルに着いたが、細い路地に面したこじんまりしたホテルだ。フジテレビ関係者がレストラ ンで朝食をとっている。その中には、元・アビスパ監督の清水氏や、川平慈英の兄貴なども含まれていた。当然、 都並やきくちゃんも一緒。Sが片言のフランス語で、フロントでイトウさんを呼びだしてもらう。フロントの 係員はすぐに部屋に電話を入れたが、誰も出ない。やはり外出中か。しかたがない。段々みんな、お腹がすい きた。もうすでに9:00になろうとしている。近くにレストランが開いてないかどうか、探して回ることにした。

 まず、駅の方へと歩いてみたが、レストランらしき店は見あたらず、やっとあったと思っても閉まっている。 道ばたには露店が出ていて、野菜や果物を売っていた。さすがに新鮮そうで、いちごが朝日を浴びて美味しそう に光っている。しばらく歩くと、ようやく「サンドイッチ」の看板が目に入ってきた。またサンドイッチか・・ ・・ まあ、贅沢は言えない。この店は外に椅子とテーブルが用意されていたので、せっかくだから外に座るこ とにする。メニューを見てももちろん何がなんだかわからないから、実際に中身の材料を店内で見せて貰ってか ら注文した。ここのサンドイッチがまた、大きくかつシンプルで、40cmはあろうかというフランスパンを縦に まっぷたつに割り、その間に、具を一品だけ突っ込んでいる。サラミやカマンベール、ハムなどがその中身だが、 それにつけるガーリック・バターがまた最高に美味い。

 しばらくすると、危険な目つきをしたアルゼンチンサポーター二人が登場。あぶねぇ〜。しかも彼らは、我々 のテーブルへやってきて、両手を挙げて「ジャパーン?」と聞いてきた。もちろんここで負けてはならない。 「Yes!」と胸を張って堂々と答えると、一転、握手を求めてくる。彼らなりに友好の気持ちを表現しているのだ。 一人はおなじみの水色と白の縦縞を来ていたが、もう一人のいかつい方は、青のユニフォームを着ている。その 背中を見ると、背番号10で「マラドーナ」。そう言えば背格好や表情がマラドーナに似ていなくもない。その男 の背中を叩いて、「ヘイ! ディエゴはどこにいるんだ?」と聞くと、彼は「ヤツはもう年だ。フランスには来 てないよ。」だって。最後は握手をして去っていった。「日本のサポーターはおとなしいなぁ。あんな風にもっ とおおらかになれたらなぁ。」などと考えながらオレンジジュースを飲んでいると、さっきの輩どもが、交差点 に数人群になって陣取り、太鼓を叩きながら、応援歌を大声で歌っている。サポーターの迫力では、早くも1点 先制された。

 みんな一通り食べて、くつろいでいると、代表のユニフォームを着た40歳くらいの日本人夫婦が歩いてきて、 さっきの市場で買ったいちごだと言って、我々みんなにわけてくれた。さっき露店の前を通ったときにも予測は ついていたが、やっぱり美味しかった。聞くと、その夫婦もまだチケットは手にしてないという。はは〜ん、イ ンターネットの新聞にも出てた、例の「現地でチケットを入手できないお客様」組だな? 僕らもチケットはま だ手にしてませんと言うと、「お互いがんばりましょうね」とのこと。まったくだ。我々もまだ安心なわけじゃ ない。そうこうするうちに、木村君がToulouse駅まで戻らなければならない時間が迫ってきた。HISにチケット を依頼した客は、駅に11:00に集まらなければならないという。そこで、今回起きたチケット問題に対するHIS側 の対応に関して、担当者から客に対して説明があるらしいのだ。我々6人は駅へと歩き出した。



10.これがイトウさん・・・?

 Toulouse駅は、日本人サポーターでごった返していた。入り口のすぐ前で、若い日本人カップルが、ダフ屋か らチケットを買っている。藤木さんはすごく気になった様子で、いくらで買ったのか尋ねると、2枚で10000Fと 言う。日本円にすると25万? そりゃボッタクられたな〜。ここで買うのはまだ早すぎるよ。もう少し待ちゃあ、 もっと値が下がるだろうにってのが、我々の統一見解。木村君と一緒に、HISが指定した駅に隣接するホテル内ロ ビーへと向かう。すると、HISに呼ばれた客たちが、ホテル内に入ろうとして入れないでいる。黒服のホテルマン が、入り口で何故かせき止めているのだ。ちょっとした騒ぎになりかけたとき、HISの業者がホテルの外に出てき て、なにやらチラシを配りだした。そして、担当者が何か説明している。人が多すぎて近寄れず、説明ははっき り聞こえない。そして、担当者がテレビカメラを見つけると、「すみません、取材は勘弁して下さい。(これだ けはハッキリ聞こえるように言った。)」なんで取材しちゃイカンの? なんかやましいことでもあるわけ?  ちょっと対応の仕方がおかしいんじゃないの? チケットはまだ確保されてないような内容のことを胸を張って しゃべっている。担当者の生意気な態度に、無関係な僕までもちょっと腹が立ってきた。説明が終わると、サ ポーター達は散り散りに。当然みんな納得いかないといった顔だ。一人の女性サポーターを捕まえて、現地テレ ビ局が日本人インタビュアーを使って撮影を始めた。彼女は全くの一般人だったが、しっかりした口調で答えて いた。
「全然納得いきませんが、最後まであきらめません。必ずチケットを手に入れます!」
むむう。かわいそうだなあ。木村君がもらった紙切れを見せてくれた。その概要は以下の通り。
「チケットは全員の分はありません。抽選しますから、指定する体育館に移動して下さい。当たった人にはチ ケットを配りますが、はずれた人は、屋内にある大画面で応援して下さい。スタジアムの近くにはタダで見れる 野外大画面も市が用意しているので、そっちに行かれても結構です。」
あらら〜、くじびきか〜。これで木村君も運を天に任せるしかなくなった。ここで、藤木さんは、ダフ屋との交 渉のため直接スタジアムへ、木村君は抽選会場の体育館へと向かう。最終的な待ち合わせ場所は、夕方またこの 場所でということにした。しかし是非スタジアム入場口で会おうとみんなで誓う。

 そして11:30、待ち合わせのホテルへ到着した。まだイトウさんは不在。これは待つしかないかと、ロビーの ソファに腰を落ち着けると、Sの様子が変だ。しきりにフロントに食い下がっている。どうしたのだろうとも う一度フロントに行ってみると、どうもおかしなことになっていた。フロントの係員は宿泊名簿まで見せてくれ たが、イトウという名の宿泊客はただ一人。ただ、どうもそのイトウっていう客は、クリエイトの人間ではなく、 別の人物らしい。なに? それって、イトウさん、ここには泊まってないってこと? Sの顔にも明瞭に焦り の色が見え始める。話が違うと業を煮やしたSは、日本のクリエイト本社に電話を入れる。一体、イトウさん はどこにいるのか? クリエイトの社長が直々に応対する。
「イトウはバルセロナ経由でやってくる組の添乗員として間もなくToulouse入りするはず。チケットはまだ人数 分そろっていないかも知れないが、現地でダフ屋から調達してでも全員の分を用意させるから、安心して待って いて欲しい。」
バルセロナ組の添乗員? フランス国内でギリギリまでチケット確保に奔走してたんじゃないの? しかもまだ Toulouseには来てない? ホントにチケット、手に入ってんのかなあ? ひょっとしてスペイン経由で入手した とか?

 とにかくロビーでイトウさんが現れるのを待つしかない。おそらくチケットは何とかしてくれるだろう。みん な果報は寝て待てとばかりに、ドッカとソファに体を沈めていると、テレビでよく見かける顔が階段から下りて きて、僕たちのすぐ近くのソファに静かに座った。黒のスポーツウェアに身を包んだスリムなその男の名は松岡 修造。男の僕から見てもかっこいい。落ち着いたロビーの雰囲気の中、さすがに誰も話しかけられない。そんな 中、テニス初心者の僕は奮い立った。一緒に写真、撮ってもらうしかない!
「あのう、松岡さん・・・」
「はいっ。」
静かに読書に耽っていた彼に話しかけるのは勇気がいることだったが、彼の意外なまでにシャキッとした返事に、 こちらも面食らってしまった。
「ぼ、僕、最近テニスを始めました。よかったら、一緒に写真を撮らせていただけませんか。」
「はい、わかりました。」
彼は読みかけの本をテーブルに伏せると、スグに立ち上がってくれ、 こころよく想い出の一枚におさまってくれた。 ナイスガイ・修造。

 12:00近くになると、クリエイトにチケットを依頼したと言う人たちがパラパラと集まりだし、10数名の集団 になった。しかし、12:00を過ぎてもイトウという名前の人物だけは現れない。みんなで話しているうちに、ダ フ屋情報を誰からともなく出し始めた。そこで聞いた話では、3000F(約75000円)でチケット買えるかって話し かけたら、全く相手にされなかったとか。中には20000F(約50万円)でどうだって言い寄ってきたダフ屋もいた らしい。そんなの誰が買うんだって話をしているうちに12:00を過ぎ、試合開始の時間が刻一刻と近づいていく につれて、みんなの気持ちが1つに集束していく。イトウさん、今ごろ、人数分のチケットを揃えようとかたっ ぱしからダフ屋にあたってるのかも。 まあ、遅れてきたって、他のサポーター達のチケット入手状況は惨憺た るものみたいだ。我々は、最悪、チケットさえ手に入ればそれでいいじゃないか。文句は言わないでおこう。そ んな雰囲気だった。そんなとき、帽子をかぶった一人の男性が、客全員の名簿を作り出した。彼の名はグシマさ ん。30を若干すぎているだろうか。妙に手際よくみんなに話しかけており、Sとも挨拶を交わしている。僕や よしこは瞬時に悟った。はは〜ん、な〜んだ、ちゃんとクリエイトも担当者を配置してるじゃないか。グシマさ んが現地担当の責任者で、イトウさんはチケット調達係だったんだな。そして12:30すぎ、気分転換に玄関から 外に出てみると、向こうから一人の若者がこちらに走ってくる。客の中の金髪にいちゃんが、Tシャツ姿で汗だ くになってる彼に何か話しかける。彼は色白でひょろっとしており、いかにも頼りなさそうな若造だ。どう見て も大学生。ぬ? ひょっとして、バルセロナ組の先頭か? 僕たちはロビーに戻り、荷物をとって再び外に出る と、既にグシマさんが大声でとりしきっている。
「はい、イトウさん、まず現在の状況を報告して!」
なに? イトウさん!? こいつがイトウさんなのか? 大学生じゃないの?!
「おくれてすみません。ボソボソボソ・・・・・」
「はい、結論から言ってっ!!」
グシマさんの檄が飛ぶ。我々は、まず、この目の前の青二才がクリエイトが今回現地に派遣している担当者であ ることに驚き、上司と思われるグシマさんに怒鳴られながら、要領を得ず話す彼に怒りを覚え始める。そして、 ついに彼の口から出たその言葉に、ただ立ちつくすだけとなる。



11.やってくれたね、クリエイト

 「結論から申し上げますと、現在チケットは1枚も手元にありません。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだと?
足りないならまだしも、1枚もないだと!? この時間まで、あんた、何やってたんだ?! さっき電 話でダフ屋から全員の分を買いそろえると社長のいった言葉を彼に伝えると、彼は、とりあえず現地に到着した ことを日本に電話で報告し、その後、今にも泣き出しそうな顔をして社長からの指示をこちらに伝える。
「こうなってしまった以上、お客様には申し訳ないんですが、
 お客様から足りない分は借りてでもダフ屋から買いそろえろとのことです。」
今になってダフ屋から買うってか? しかも足りない分は我々に金を出させる? 西君の体全体から、湯気が 立っているように見える。短い説明が一通り終わると、客達は少しずつ怒りの声をあげ始める。
「ちょっと! いま、ダフ屋からチケット買うのに、20万以上かかんの、知ってんの?」
イトウさんは、えっ!? と、如実に驚きの表情を見せる。そりゃそうだ。いまバルセロナから来たばっかりっ てんだから、そんな情報をもってるわけがない。
「個人でそんな大金、いま誰が持ち歩いてると思う?」
「イトウさん、ダフ屋から買うっていうけど、あんた、いまいくら持ってんの?」
彼が答えた額は90万円。お話にならない。ここにいるだけで16人。それに加えて、どこに待たせているのか知ら ないが、バルセロナ組は33人いるという。仮に1枚3000F(約75000円)で買えたとしても、360万円以上必要だ。 イトウさんとしては1枚15000円程度と踏んでいたんだろう。それは彼の、そして、その程度の額しかイトウさん に持たせなかった社長の認識が甘すぎたということだ。もっとも、こんな常識はずれな額になるとは、他の誰も 予測できなかったことではあるが。もはや目の前のイトウさんを追求しても何の責任もとれないことは明白なの で、グシマさんが、再び社長に電話するよう命じる。今度はSとグシマさんがイトウさんについていった。

 そこにいる全員が愕然としている。自分たちだけは大丈夫なはずだと信じていた。だって、他の旅行会社は、 ツアーが日本を出発する前の段階でチケットがないことを客に通達していたが、このクリエイトという会社だけ は、この試合当日、いや、試合開始2時間前まで、チケットは必ず手に入ると客に言い続けてきた。周囲が大騒 動になっている時でさえも、クリエイトだけは、日本にいる客全員(ひろちゃん&よしこ以外)に「チ ケットはある。だから絶対にツアーをキャンセルせず現地に集まれ。」と明記して社印まで押した文書 さえ配っている。だから誰もこんな土壇場になってチケットがないなんて言われるとは思わなかったのである。 何を根拠に「絶対」なんて言葉を使う自信があったのか知らないが、あの騒動の中で「絶対にキャンセルするな」 という書面を出している以上、その責任は極めて重大だ。僕もよしこも、チケット騒動をインターネットで知っ てから、何度もSに電話を入れた。そのたびにSはクリエイトに連絡をし、大丈夫だという返事をイトウさ ん本人から受けているのだ。その回答を確認した上で、僕はドイツの旅行会社でパリまでの航空券を手配した。 だから、僕や西君を自分が誘ったこともあって、Sの怒りと失望は特に大きかったに違いない。 ホテルの前で皆、呆然と立ちつくしていると、フジテレビ・ニュースジャパンのキャスターとし ておなじみの安藤さんとディレクターらしき男性が現れた。二人も何の騒ぎか気になったらしく、こちらに話し かけてくる。よしこが事の顛末を説明すると、
「それホント!? 私たちもその件で取材してるんだけど、今まで見てきた事例の中では、あなた達が一番ひど い話よ。だってもう試合開始まで2時間切ってるじゃない。」
僕はあの安藤さんに「一番」と言われて、嬉しいような哀しいような・・・・ ディレクター氏も、
「君たち、このホテルに泊まってるの? 違う? よかったら後で取材したいんだけど。 今、急いでるからまた後で来るよ。」
彼らの話によると、フジテレビの報道部門でさえ、たった2枚しかチケットが回ってこなかったらしい。つまり 2人だけで報道の全ての作業をしなければならないのだ。それもつらい。そしてさらに耳より(と、この場合 言っていいかどうか・・・)な情報も貰う。それは、
「フランスでは、1枚のキャッシュカードで引き出せる現金は1日2000Fまで。」
・・・・・・・キャッシュカードも無駄だとわかった。不幸なことに今日は日曜日。銀行は完全に 閉まっている。実際上、ダフ屋からチケットを買うのは不可能ということが確定した。

 再びイトウさんたちが戻ってきた。やはり現金はどうやったってクリエイトからはすぐには出ない。チケットが 欲しければ、自分で買うしか道はないということになった。もちろん、ひろちゃん&よしこに今チケットを2枚買 えるほどの大金を持ち歩く趣味はない。終わった・・・・ イトウさんはご丁寧に、偽物のチケットの見破り方 の簡単な目安まで説明しだした。おいおい、何十万も出して入り口でこりゃ偽物だから駄目だって言われたら、 目も当てられないよ。グシマさんがイトウさんに提案する。
「クリエイトの見解はわかった。じゃあ、こうしてよ。俺達は勝手に自分達でダフ屋で買うから、それにかかっ た金は全部保証してよね。ただし、領収書なんてダフ屋は絶対くれないから、日本に帰ったら俺達の言い値で 「返して」貰うことになるよ。俺達から「借金する」って言うんだからね。」
あれ?? グシマさんってクリエイトの人じゃないの? 西君に尋ねると、「全然。俺達と同じ、一般の客だ よ。」なぬ? 普通の客? じゃあ、あの名簿は、こうなることを予期していざというときのために作ってた の? ほぇ〜、やるね。あとでSに聞いた話では、社長への電話口で、ばかやろーーーっ!とかふざける なーーーっ!とか、すんごい声で叫んでいたらしい。人は見かけによらないものだ。しかし、グシマさん。 「言い値」とはちょっと無茶苦茶すぎるんじゃないの? まあクリエイトも今回、無茶苦茶やったんだけどね。 するとグシマさんはその要求を通すべく、Sと共に、イトウさんにもう一度、社長に電話をかけさせに消えた。 そして数分後、帰ってくるなり、「じゃあ、そういうことだから、たのむね。俺は時間が惜しいから。」と言い 残して、チケットを求めてスタジアム方面へと走り去っていった。なんと社長はOKしたらしい。しかし、あとに 残った我々はどうすることも出来ない。チケットを買う金なんて持ってないんだから。みんなシーンと考え込ん でいた。すると、業を煮やしてよしこがきりだす。
「私たちはチケットが手に入ると聞いたから、ドイツからここまでジバラを切って来たんです。チケットが手に入 らないのなら、チケット代に加えて、ここまでの交通費も返してください。」
う〜ん、そりゃもっともだ。だってHannover-Paris往復2人分で約12万円もかかってる。西君も同調した。
「自分だって九州からわざわざ東京まではジバラで行ったんだ。チケットがないんなら、そんなこともしなくて 済んだんだから、佐賀から成田までの交通費も返して欲しいよ。」
確かに関東圏内からならまだしも、佐賀からというのもお金がかかりすぎてる。イトウさんは、それは駄目だと 言いかけたが、よしこが
「だって直前まであんなに確認したのに、チケットはあるって言い張ってたでしょう?  嘘ついてたんじゃないですか!」
と詰め寄ったので、その後、何も言い返せない。もう一度社長に電話をかけさせると、もう誰も出ないという。 ついに逃げ始めたか。しかし、よしこも食いついたら離さない。ついにイトウさんに、交通費も返す旨を一筆し たためさせた。そうすると、俺も私もとばかりに、どの客も「一筆書いてもらおうか」攻撃に出始める。この場 で唯ひとりの主婦、よしこ。頼れるやつランキングで一躍トップに躍り出る。

 日本からの客には配ったという社印の入った文書をひろちゃん&よしこも貰い、それに交通費も賠償する旨の 誓約書を書かせた。しかし、チケットが手に入らないという事実は変わらない。試合開始まで1時間を切ってい る。さあ、これからどうする? ほかの人たちの中にダフ屋と交渉しようと言い出す強者はほとんどいなかった。 みな、もういいやって気持ちで、大画面なり飲み屋なりで、ゆっくり観戦するよといった意見が多勢を占めた。 我々4人は、話し合った結果、とにかくスタジアムへ向かうことにする。Sにやや手持ちの金があったので、 試合開始直前になったら、値段が急落したチケットを買えるかも知れない。最悪、スタジアム近くの野外大画面 で見ればいいし。というわけで、駅のタクシー乗り場まで戻った。そこで日本円をフランに替えようとしたが、 すでに駅の両替所には、フランは1Fも残っていないという。フランス人も驚いている。多くのサポーター達が超 高額チケットを得ようとあがいた跡だ。タクシーの中では4人とも、今日は試合を生では見れないことに対して、 自分の気持ちを整理することに努めているようだった。


12.地球の裏にも同じ人間

 タクシーはスタジアムへ続く道路の入り口に止まった。そこから先は入場券を持っている人間しか 通れないことになっている。タクシーを降りた後、助手席に乗っていた西君が、運転手が料金カウンターを 不正に手動であげていたと教えてくれた。で、それも観光ではよくあることだとあきらめていたとも。 僕たちも運転手を怒る気力はすでになかった。ここには、予想通り、チケットを入手できなかったたくさんの サポーター達が立ち往生している。すれ違う人はほとんどが「I need ticket!」の看板を持っているが、 逆に売り手側の人間を見つけることは全くできなかった。完全に需要過多だ。がんばってチケットを得よう としている女性3人組と出くわしたが、ついさっきチケットがないと通告されたと言うと、 「ええ〜〜!? それひど〜い!」だって。まあ、常識的にはそう感じるだろうな。当の被害者にしてみれば、 あまりの仕打ちに、もう感覚が麻痺しちゃってどうでもよくなってるけど。Sは我々3人を待たせて かなり長い時間ダフ屋を捜し回っていたが、やっと見つけても4枚持ってなかったり、高額だったりで、 試合開始15分前くらいに、ついにあきらめて大画面会場に向かった。しかし、いったん大画面で見ると決心 すると、ようやく日本代表を応援する気分が湧いてきた。そう、我々は、代表の応援に来たんだ。 そのことを忘れさせられていたような気がする。もうこうなったら、派手に騒ぐしかないな。

 大画面前には、すでに多くの人が陣取っており、前の方のイス席は埋め尽くされている。 4人は後ろの方で立ち見するしかなかったが、 非常に多くの人がすでに前に立っており、壁際に転がってるイスの上に立って応援することにした。 会場は超満員。こんなに多くの人たちがチケット騒動であぶれたんだな。ん? アルゼンチン人もかなり たくさんいるぞ? 日本人より多いくらいだ。ひろちゃん&よしこの隣もアルゼンチン人。こりゃ、 日本が点を入れたりしたら、いったいどうなるんだ? いよいよ選手入場。みんな大興奮。 日本人が君が代の斉唱を終えると、両手をあげて、いつもの 「ニッポン!」コール。よしこも大ハッスル。 一方、アルゼンチン人は自国の国家斉唱前ということで神妙になっている。

 14:30。いよいよ試合開始。日本は予想通り守備的な作戦をとり、かなり善戦といったところだ。ただ、 ところどころ危ない場面に当然出くわすため、会場 は歓声と悲鳴の連続。よしこもハラハラ・ドキドキだ。会場内では、 もう一つの戦い、日本vsアルゼンチンの応援合戦が繰り広げられている。日本の応援は聞き慣れているが、 アルゼンチンの応援歌は、新鮮さも味方してか、すごくあか抜けて聞こえるのは気のせいか。パリはまだ寒いと 聞いていたが、今日に限っては燦々と日が照っており、みんな汗だくで応援している。雨が降らなくて、本当に よかった。前半を0−0で終え一安心。ハーフタイム中に両軍のサポーターも一息つく。S、西君と、ここま でまずまずうまく守っている日本の善戦について喜び合う。そして後半、これではいかんと気を引き締めた アルゼンチンが、いよいよ攻撃の度合いを増してきて、バティストゥータがついに先制ゴールを決める。 それまでは、ひょっとして引き分けられるかもと調子に乗っていた日本サポーターの大歓声が勝っていたが、 日本ゴールのネットが揺れた瞬間、それまで息を潜めていたアルゼンチンサポーターが一気に爆発した。 すぐ横でそれを見せられる我々の口惜しさ。そして0:1のまま試合終了・・・・・

 日本サッカー史上初の晴れ舞台は幕を閉じた。結果は残念だったが、日本はまあよくやった。次につながる ゲームだったと思う。なあに、まだまだ岡田監督の1勝1敗1分計画どおりじゃないか。それに、ここに来て ホントによかったと思えるのは、たくさんのアルゼンチン人と、試合後に大騒ぎできたことだ。 隣で応援していたニイチャンも試合終了と同時 に握手を求めてきた。たくさんのアルゼンチン人が、日本はよくやったと言ってくる。一人のおじさんが よしこを呼び止め、一緒に写真に写ろうと誘う。 Sと西君も飛び込んで国際友好の瞬間だ。大画面なんて日本ででも見れるじゃないかという意見もイト ウさんの前では出たが、現地に来たからこそ、 アルゼンチン人ともこうやって肩が組めたんじゃないか。それにしても、このおじさん、なかなかの人気 者で、どんどんサポーターが集まりだし、 けっこう注目を集める集団になってい た。この地球の裏側から来た人々は、やっぱり同じサッカー好きの人間であって、みんな仲間なんだという ことを改めて感じることが出来た。向こうから見れば、我々も地球の裏側に住む人間なんだもんね。おじさんは 別れ際、よしこが持っていた日の丸と アルゼンチンの国旗を交換してくれた。ずっと心に残るいい想い出が出来た。試合には負けたが、すごく 晴れやかな気分で、我々4人は大画面会場を後にした。



第 3 部 の 予 告

 スタジアムには入れなかったけど、大画面前で力一杯応援したひろちゃん&よしこ。試合後はアルゼンチン人 達と友好の儀式を交わし、いいお土産もできで満足満足。さて、メインイベントも終え、Toulouseで打ち上げ をひかえている二人ですが、ここでまたいくつかの出会いを経験することになります。人間、悲喜こもごも。 そして、明日は再びパリの街を巡ります。どうぞお楽しみに。



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