研究内容の紹介 −研究論文を通して−


地震起源の水素が生命の誕生に寄与!?

Hirose T., Kawagucci S. and Suzuki K., (2011), Mechanoradical H2 generation during simulated faulting: Implications for an earthquake-driven dark energy biosphere, Geophysical Research Letters, 38, L17303, doi:10.1029/2011GL048850.

 

地震時の断層運動を実験室で再現して,その際に発生する水素ガス濃度を測定しました.その結果,水素ガスをエネルギー源とする生態系(例えば,メタン生成菌)が十分に生育可能な環境が地震活動によって断層帯に形成されることがわかりました.この結果は微小地震が継続的に起こっている海嶺や沈み込み帯の断層帯に,地下生物圏が存在する可能性を示しています.さらに,メタン生成菌が地球生命の共通祖先と考えられていることと合わせると,地震活動が起こる環境に始原的生態系が存在した可能性を示唆しています.今から38億年前に始まったプレート運動にともなって地震が起きていたならば,地震活動に支えられた生態系が地球の歴史の初期に存在したかもしれません.これは地球環境のみではなく,地球外の岩石型惑星における生命の存在を考えるうえでも重要な知見です.(参考PDF

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高速摩擦実験用に設計・開発した圧力容器.この圧力容器が完成したことによって,地震性の高速断層すべり時に発生するガスや流体の組成の変化を測定することができるようになった. こんな写真より,データを載せるべきか・・・

 

JAMSTECに移動してきて,微生物学や地球化学を専門とする科学者の方々と議論する機会に恵まれた結果この論文が生まれた!「新学術領域研究:海洋底の大河」にも参加させていただき,多くのことを学ばせていただいた.特に,メタン菌のことや初期生命に関する勉強は非常に面白く,刺激的であった.Nature/Scienceはリジェクトされたが,実験結果を論文として公表できたのでよしとしよう.



地震時に断層はつるつる!

Di Toro G., Han R., Hirose T., De Paola N., Nielsen S., Mizoguchi K., Ferri F., Cocco M., and Shimamoto T.,  (2011), Fault lubrication during earthquakes, Nature, 471,494-498, doi:10.1038/nature09838.

 

地震時には断層が秒速数メートルの高速ですべります.このような高速すべり時に断層の摩擦強度がどのように,どれくらい低下するのかは,すべりはじめた断層が大地震に至るのかどうかを規定するため非常に重要です.この研究では,過去十数年間おこなってきた地震時の高速断層すべり運動を再現した岩石摩擦実験の結果を,断層面で消費される摩擦エネルギーという視点から体系的に解析しました.その結果,地震時にはすべり面で発生する摩擦発熱によって活性化される物理化学反応によって断層潤滑現象(断層の摩擦強度が劇的に低下する現象)が,岩石の種類に関わらず起こることが明らかになりました.断層潤滑作用が実験によって確認されたことは,地震発生プロセスの解明につながる大きな一歩です.

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断層高速摩擦実験のスナップショット.断層が秒速数メートルですべると,摩擦発熱によって断層面の温度が上昇する.この摩擦熱によって,断層面上で破壊や化学反応が起こり,断層の摩擦強度が大きく変化する.

 

1999年から2008年までの高速摩擦実験のデータをコンパイルした総括論文.この実験によって,いろいろな断層の動的強度低下メカニズムを提唱してきたけど,結局,どんなメカニズムが働いても,どんな岩石でも,断層は地震時に弱くなるってこと.弱くならないと地震は起こらないもん・・・


地震時に断層から水がでてくる!

Hirose T. and Bystricky M., (2007) Extreme dynamic weakening of faults during dehydration by coseismic shear heating. Geophysical Research Letters, 34, L14311, doi:10.1029/2007GL030049.

 

大きな断層帯は水をたくさん含む粘土鉱物によって覆われています.この研究では,地震時に断層が高速ですべりだす時に発生する摩擦熱で,粘土鉱物が脱水分解することをはじめて実験で確認しました.断層帯が水を通しにくい場合,脱水して出てきた水が摩擦熱によって熱膨張して,断層をさらにすべりやすくする可能性があります.断層がすべりはじめると断層内部でこのような化学反応が起こって,大地震を誘発しているのかもしれません.(Editor’s Highlights: GRL & Science)

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アンチゴライトを1.1m/sの速度で3秒間すべらせた後の模擬断層付近のSEM-BSE像.中央の色が淡い部分は完全に脱水した粉砕物で覆われたガウジ帯.摩擦熱によって母岩中のアンチゴライトも,(001)面に沿って分解反応が進行している.ガウジ帯の中に,磁鉄鉱の微結晶がきれいな面構造を形成している.磁鉄鉱は分解反応によって晶出!?

 

論文を投稿した段階では,XRDFE-SEMによる分析・観察しかしていなかったので,ガウジ帯の中に蛇紋石の脱水反応生成物であるオリビンは確認できていなかった.2007年の夏,INGV Romeにいた時に,Siena大学のCecilia Vitiさんが訪ねてきて,実験試料のTEM観察をしてもらうことになった.その結果,ガウジ帯は数100nmのオリビン粒で構成されていることが判明.彼女のTEMの腕前はものすごい!FEMで断層面の温度計算をすると,脱水反応温度よりも300℃近く低いにもかかわらず反応が進行している.高速すべり時に化学反応が起こるのは,断層面状のアスペリティにおける閃光発熱とメカノケミカル効果か!?Viti & Hirose, 2010, JSG).この論文では,ナノスケール反応生成物の拡散クリープ変形が,大地震後にみられる余効すべりのメカニズムかもしれないということを考察している.

マントルの石(オリビン)が水を吸って蛇紋石化する際に水素が発生する.蛇紋石断層が地震時にすべる時にも水素が発生する(Hirose et al., 2011, GRL).地震が起こると蛇紋石はオリビンになる.このオリビンは断層帯に普遍的に存在する水によってまた蛇紋石になって,その際に水素を吹き出す.蛇紋岩岩体では地震時のみならず,地震静穏期にも水素を放出するぞ!メタン菌(初期生命)にとって,蛇紋石断層帯はさぞかし居心地のいい場所だったのだろうなぁ〜(高井談,2012/4/13東北沖にて)


地震時に断層が熔ける!

Hirose T. and Shimamoto T., (2005) Growth of molten zone as a mechanism of slip weakening of simulated faults in gabbro during frictional melting. Journal of Geophysical Research, 110, B05202, 10.1029/2004JB003207.

 

地震性の断層運動時の摩擦熔融によって,シュードタキライトとよばれる特異な断層岩が形成されることが知られています.地質学的に唯一の地震の痕跡であると考えられ,その産状・組織・構成鉱物などに関しては,過去100年近く多くの研究者によって詳しく調べられてきました.しかし,このような解析からは,断層の力学的性質は決まらないので,地震との関係を明らかにすることは困難です.本研究では,高速摩擦試験機を用いて摩擦熔融が断層の力学的性質に与える影響を初めて体系的に調べました.地震は断層がすべることによって強度を失い,断層に働く応力に耐えきれなくなって発生します.従って、すべり弱化の起こる距離(Dc)と強度低下量が,地震発生を規定する重要なパラメータになります.この論文では,実験試料の解析から摩擦熔融のプロセスを詳しく調べ,摩擦熔融の速度がDcに大きな影響を与えること,摩擦熔融のプロセスはStefan問題を解くことによってモデル化できることを示しました.シュードタキライトという岩石が認定されて約90年,本研究によってようやく摩擦熔融が断層の力学的性質にどのような影響を与えるかが,実験的・理論的に研究できるようになりました.

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地震の化石:シュードタキライト(写真中央のシャープな面.イタリア・アダメロ産).2005年にGiulio Di Toro氏にもらった.典型的な黒色のシュードタキライトではないけど,地震の後に水の影響で変質することなどを説明するのに重宝するので,常に試験機の横においてある.

 

博士論文の前半の成果.2002年に学位を取ったあと,論文になるまで3年もかかった.時間をかけただけあって,密度の濃い内容になっている.たくさん引用していただいて大感謝!

兄弟論文として,断層の変位とともに系統的に変化する摩擦熔融面のフラクタル特性(Hirose & Shimamoto, 2003, JSG),断層の変位と熔融層の厚さの関係(Hirose & Shimamoto, 2005, BSSA)などを用いることによって,天然の断層からすべり軟化距離Dc (地震の発生を規定する重要なパラメータの一つ)を見積もる手法を提案した.この論文で提唱した摩擦熔融モデルを理論的に解析した論文もあるよ(Nielsen et al., 2008, JGR).

上の写真は2005年にGiulioが京都の研究室に持ってきた岩石で,これを使って昼夜を問わずシュードタキライトの再現実験を一緒にやった.そして,Giulioが構造地質学的な手法で決定したシュードタキライト断層(上写真)の剪断抵抗と,低圧下でおこなった再現実験の結果を比較して,地震時にメルトが断層潤滑剤として作用することを明らかにした(Di Toro et al., 2006, Science). Giulioとの付き合いは2003年頃からはじまったけど,彼の研究に対する熱い情熱と熱意あふれる姿勢は,自分にとって常に大きな刺激!出会いに感謝.


岩石の粉をつくれ!

Hirose T., Mizoguchi K., and Shimamoto T., (2012), Wear processes in rocks at slow to high slip rates, Journal of Structural Geology, 38, 102-116, doi:10.1016/j.jsg.2011.12.007.

 

断層がすべる時,岩石が擦れて粉(破砕・摩耗物質:断層ガウジ)ができます.この破砕物の生成量によって断層のすべり方,地震の発生メカニズムが変わってきます.この実験研究では,ゆっくりしたすべりから地震時の高速すべり速度(~m/s)における「破砕物の生成量とすべり抵抗力」の新しい構成式を提唱しました.この構成式から,地震エネルギーのうち断層面上で破砕物の形成に使われる割合(破壊エネルギー)が,断層のすべり速度がはやくなるにつれて指数関数的に大きくなることがわかりました.地震エネルギーがどのように消費されるかによって,地震の揺れ方が決まってきます.この結果は地震時のエネルギー分配を考える上で重要な知見です.

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石灰質砂岩を15cm/sの速度ですべらせた後の断層面の組織.断層の鏡肌によく似た組織ができている.すべり面がこのような状態になると,摩擦係数が0.6程度あるにも関わらず,ほとんど摩耗しなくなる.とても不思議.

飴状の面は,多分焼結した摩耗物で形成されている.摩耗物は数10nmまで細粒化し,結晶構造を失っている.

 

Byerlee (1978) の「岩石の摩擦」のコンパイル論文を意識して,「岩石の摩耗」の性質を総括した画期的な論文!? 多くの実験データは,はじめて摩擦試験機を使いはじめた1999年産!嶋本さんの退官記念論文集に寄稿するため,大慌てでまとめた.ようやく論文になった.ふぅ〜.


想い出を語りたい論文たち(時間を見つけて追記していく予定)

Hirose T. and Shimamoto T., (2003) Fractal dimension of molten surfaces as a possible parameter to infer the slip-weakening distance of faults from natural pseudotachylytesJournal of Structural Geology, 25, 1569-1574, doi:10.1016/S0191-8141(03)00009-9.

断層の変位とともに系統的に変化する摩擦熔融面のフラクタル特性を利用して,天然の断層から地震パラメータを推測できる方法を提案した論文.もっとも好きな論文.天然の断層の研究調査だけをしていると,なかなか断層の力学,地震学に結びつくのが困難.どうにかしたいと思って実験を研究に組み込んだ.その処女作.この手法を試すため,すぐに断層岩の聖地であるスコットランドのアウターヘブリデス諸島に向かった.この手法を使った論文: Di Toro et al., (2005); Hirose & Shimamoto, (2005).

 

Mizoguchi K., Hirose T., Shimamoto T. and Fukuyama E., (2009) High-velocity frictional behavior and microstructure evolution of fault gouge obtained from Nojima fault, southwest Japan. Tectonophysics, 471, 3-4, 285-296, doi:10.1016/j.tecto.2009.02.033.

断層ガウジを使った初めての高速摩擦実験の結果.MizoさんのD論のメインパート.受理されるまでに3年かかる・・・.国際誌の査読の難しさを実感.

 

Han R., Shimamoto T., Hirose T., Ree J.H. and Ando J., (2007) Ultra-low friction of carbonate faults caused by thermal decomposition during seismic slip. Science, 316, 878-881, DOI: 10.1126/science.1139763.

Hanさんの代表作.地震時に大理石が摩擦発熱によって熱分解することを示し,それに伴って断層強度が著しく低下することを明らかにした.これに関連した論文がHanさんの手で続々と公表される:Han et al., 2007, Geology (siderite); 2010, JGR (marble)Han et al., (2011, Geology) では,Nano-powder lubricationという断層の動的強度低下メカニズムを提唱.すべての研究論文に,Hanさんの物事を深く考える姿勢,実直な人柄をうかがうことができる.

 

De Paola, N., Chiodini G., Hirose T., Cardellini C., Caliro C. and Shimamoto T., (2011), The geochemical signature caused by earthquake propagation in carbonate-hosted faults, Earth and Planetary Science Letters, 310, 225-232, doi:10.1016/j.epsl.2011.09.001.

高速摩擦実験の回収試料にはじめて同位体分析(C)の手法を採用した論文.ちなみにHirose et al., (2011)では水素同位体比を測定している.

 

Hirose T.,and Hayman N., (2008) Structure, permeability, and strength of a fault zone in the footwall of an oceanic core complex, the Central Dome of the Atlantis Massif, Mid-Atlantic Ridge, 30N. Journal of Structural Geology, 30, 1060-1071, doi:10.1016/j.jsg.2008.04.009.

大西洋海嶺の掘削コアの変形・透水係数を測定して書いた論文.コアを使う研究の難しさを痛感.

 

Hirose T., Bystricky M., Stünitz H. and Kunze K., (2006) Semi-brittle flow during dehydration of lizardite-chrysotile serpentinite deformed in torsion: Implications for the rheology of oceanic lithosphere. Earth and Planetary Science Letters, 249, 484-493, doi:10.1016/j.epsl.2006.07.014.

ETHでの仕事.変成反応と変形の相互作用に踏み込もうとするが挫折.リザダイト蛇紋石を使って綺麗なS-Cマイロナイトのような組織を再現.そのレオロジーを調べた.

 

Mizoguchi K., Hirose T., Shimamoto T. and Fukuyama E., (2009) Fault Heals Rapidly after Dynamic Weakening. Bulletin of Seismological society of America, 95(5), 1666-1673, doi:10.1785/0120080325.

地震性高速運動したあと,どれくらいの時間で断層の強度が回復するかを調べた論文.これまでの低速摩擦実験の結果より一桁早い強度回復スピード.1~2日で断層の強度が回復することが明らかになった.断層は地震後すぐに次の地震の準備をはじめる!

 

Oohashi, K., T. Hirose and T. Shimamoto (2011) Shear-induced graphitization of carbonaceous materials during seismic fault motion: experiments and possible implications for fault mechanics, Journal of structural Geology, 33, 1122-1134, doi:10.1016/j.jsg.2011.01.007.

炭質物の摩擦特性を調べた論文.付加体堆積物中に普遍的にみられるcleavage lamellaに沿って炭質物が濃集している.ひょっとして付加体の変形は炭質物の摩擦が効いている?卒論・修論で炭質物の抽出とその結晶度を測定していたのが懐かしく思い出された.