平塚研究室における摩耗機構の研究



「コビトになって摩耗の世界をめぐろう」

2001年秋日本トライボロジー会議トライボアートコンテスト優秀賞

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(A)シビア摩耗ならびにシビア・マイルド摩耗遷移の機構

1)研究の動機と目標
同じもの同士を摩擦してなぜ摩耗粉が発生するのか,同じ硬さであれば削らない/削られないし,くっつきあうだけで摩耗粉として発生するはずがないではないか,というのが根本的な疑問であり,研究の出発点でした.研究の目標は摩耗粉が生成するメカニズムを明らかにすることです.

2)最初の発見
研究を進める上でポイントとなったのは空気の役割です.アルゴンガスを摩擦面に吹き付けると摩耗粉は発生しませんでした.真空摩擦試験機を製作していろいろな金属を酸素中と真空中とで摩擦してみると,真空中よりも酸素中の方が大きな摩耗粉が生じ,桁違いに摩耗する場合もありました.

3)界面の観察
大きな摩耗粉が生じるのは,摩擦面の間で摩耗粉のもとが次第に成長していくからです.電子顕微鏡で摩擦過程を観察すると一方的に削っているように見えますが,すぐに切り子にはならずに摩擦界面に蓄えられていくことがわかりました.この過程を移着粒子の成長過程といいます.その後,かかっているせん断力に耐えられなくなると,移着粒子は界面からもぎとられ摩耗粉として摩擦面外に出ていきます.発生した小さい粒子が大きくなってから系外にでていくことは消しゴムかす生成過程の観察でも確認されました.



移着粒子の成長と摩耗粉への転換過程

4)非可逆過程の発現
移着粒子が摩擦面間で大きくなるということは,母材から移着粒子への転換量が移着粒子から母材への返還量よりも大きいことを意味します.もし,機械的強度がもとの母材と同じであれば,二つの量は同じになるはずです.母材から移着粒子に移着してそれが元に戻ってこないという非可逆プロセスは移着粒子の機械的強度が母材のそれよりも大きいことを意味します.

5)移着粒子の強化
実際に,移着粒子が成長しているときに摩擦を中断し,試験片を移着粒子ごと切り出してビッカース硬さを測定しました.すると移着粒子は母材のそれよりも2倍以上硬くなっていました.

6)酸素の硬化作用
移着粒子が硬くなって元に戻らなくなる原因は空気中の酸素です.一般に酸化物のせん断強さは金属のそれよりもはるかに大きいです.また,酸化物にならなくとも,金属に何らかの不純物が入るとせん断強度は増します(たいていの実用金属は何らかの混合物です).その原因は不純物が転位の動きを阻害するためです.酸素の添加も同様の作用をもたらします.やわらかい金属ほどそれが顕著です.

7)破壊と移着の進行
表面の酸素を含んだ部分の機械的強度が内部よりも大きいために,その層が内部を破壊します.それに伴って新しくできた表面に酸素が供給され,その部分の機械的強度が大きくなってさらに内部を破壊します.破壊された部分は凝着力があるために系外に排出されずに移着粒子として大きくなります.

8)水からの酸素供給
摩擦中に酸素が消費されることは,質量分析計を使って実際に摩擦中に酸素圧力が減ることで証明しました.加えて,摩擦中には水も消費されます.その場合,水素を発生するのですが,酸素は発生しません.これは水が摩擦面で分解して酸素のみが摩擦面に残ることを意味します.水H2Oの水素を窒素に替えたN2O一酸化二窒素中でも窒素が発生し酸素は消費されます.

9)バブルモデルによる移着のシミュレーション
表面の硬い部分が移着を促進することは水面上の泡を原子に見立てた2次元シミュレーションでも証明しました.水面上の発泡スチロールが泡によって一団となって一箇所に集まりました.

10)その場メッキによる硬化
摩擦させながらメッキをすると摩耗粉生成が促進されました.これは移着粒子が不純物を含むために硬くなったからだと解釈されます.

11)シビア摩耗粉生成機構のまとめ
同じ金属同士を摩擦していても摩耗粉が発生するのは,実は同じ金属を摩擦しているのではなく,酸素を含んだ表面を摩擦しているためなのです.酸素は常に供給されます.酸素が転位の動きを阻害し,移着を促進し摩耗粉を作り出すのです.真空中でも最初のうちは表面についていた酸素が同じ役割を果たします.また真空中でも加工硬化によってあるいはHall-Petch効果によって表面が硬くなると同じ現象が生じます.

12)シビア・マイルド摩耗遷移について
一般に摩擦を続けていると摩耗率は減少します.しかもある時点を境に桁違いに減少します.これは,シビア摩耗からマイルド摩耗への遷移,つまりシビア・マイルド摩耗遷移が生じたからです.,面がなじんできた,とも表現されます.仲良くなって喧嘩しなくなったわけです.この原因は表面に生じた酸化物が潤滑剤として働いたためです.酸化物がここでは潤滑剤として作用します.

13)磁場の効果
研究を始めて最初に驚いたのは磁場効果です.摩擦面に垂直に磁場をかけると見る間に摩擦面が黒く,場合によっては赤茶色になっていきました.酸化物が堆積して色がかわったのです.摩擦面に水平に磁場をかけても効果がないことから,この現象の原因は摩耗粉の堆積にあることがわかりました.

14)磁場による酸素吸着促進
しかし,磁場が単に摩耗粉を摩擦面に引き留めて細かくするように作用しただけではないかもしれません.磁場をかけながら摩擦中の気体吸着量を測定すると,磁場中の方が吸着量は多くなりました.磁場が摩耗粉を砕いたのがその原因かもしれませんが,磁場効果の因果関係がいまだに明らかではありません.

15)摩耗粉の効果
摩耗粉を掃除機で吸い取るとマイルド摩耗には移行しません.摩耗粉を詳細に観察すると,わずか2mmの摩擦距離でもシビア摩耗粉の他にマイルド摩耗粉も発生していることが見出されました.これらのことから,マイルド摩耗が成立するためにはシビア摩耗時にマイルド摩耗粉が発生し,それが摩擦面に堆積して酸化摩耗粉の層を作ることが必要であると理解されました.

16)摩耗の単位
一回摩擦ごとの同じ位置での二つの試験片の近接量を測定することによって,一回ごとの堆積量(移着量+介在量)と除去量(摩耗量+離脱量)を知ることが可能になりました.まだ研究中ですが,荷重,摩擦速度,休み時間のいずれを増加させてもその量が増えることがわかりました.荷重,摩擦速度,休み時間が短いほど,マイルド摩耗には短い距離で遷移します.このことから,マイルド摩耗の早期成立にはシビア摩耗時の摩耗の単位を減少させることが必要であると結論付けられます.

参考文献(要ID・パスワード)
 <摩耗粉生成過程のその場観察>
  ・SEMによる摩耗粉生成過程の観察
  ・消しゴムかす生成過程の観察

 <シビア摩耗のメカニズム>
  ・摩擦中の気体吸着
  ・その場メッキによる摩耗粉生成
  ・バブルモデルによる摩耗粉生成過程のシミュレーション

 <シビア・マイルド摩耗遷移過程>
  ・磁場効果
  ・摩耗粉の役割
  ・摩耗の単位の変遷

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