平塚研究室における摩擦音響の研究
1)研究の動機と目標
クラシックギター演奏でいつも疑問に思うことは,タッチによってギターの音色がなぜこうも違うのか,ということです.弾弦の際に爪と弦との間の摩擦が大事であることは言うまでもありません.研究の目標は爪と弦の摩擦の観点から,多様な音色を得るための安定したタッチを見出すことです.
2)ギターと演奏者の間の摩擦
ギターを演奏するときにギターと演奏者の間にはいくつもの接触部があり,そこには必ず摩擦があります.もっとも大事な摩擦は言うまでもなく,右指の爪と弦との間の摩擦です.弦が爪の上を途中引っかかることなしにすべらないと指に力がはいり,指の力に頼った演奏になります.その結果,音は貧弱になり満足感を味わえません.
3)弦の動きと音色
弦の動きをレーザ変位計で,音色を周波数分析で調べたところ,弦が往復動をするときは音色は硬く,円軌道を描くときに音色はやわらかいことが見出されました.さらにやわらかい音色の時には弦は爪の上を長い時間かけて滑っていました.
4)爪と弦の間の摩擦特性
爪も弦も粘弾性体であり,その摩擦は荷重と速度に依存します.つまり,荷重,速度が大きくなるにしたがって摩擦係数は小さくなります.これは地震時の地盤の摩擦特性と同じ,速度弱化と呼ばれるもので,一旦滑り始めると摩擦係数が小さくなるために止まらなくなります.このような摩擦の速度特性を持っているため,爪と弦との摩擦では時間をかけてゆっくりと滑らすことは難しいのです.逆に弾弦に時間をかけられると,弦の動きは円を描きやわらかい音色が生まれます.
5)ロボットでの動きの再現性
人間の指は同じ動きをするのが難しいですが,一方,ロボットは簡単に同じ動きを繰り返すことができます.それを利用して指の動き,弦の動きと音色の関係を明らかにする研究を進めています.
6)二本指での早弾き
二本の指を交互に使って弦を弾けば一本の時の二倍の速さで弾けそうですが,実際にはそうはなりません.机のような硬いものの上や,空中で何にもあたることなしに動かせば速く動くのですが,爪が弦にあたると途端に速度が落ちます.その原因は,爪の動きが弦からの垂直抗力と摩擦力によって影響を受けるからです.テンポを上げたときにどのように爪の動きが干渉して乱れてしまうのかを高速度カメラを使って解析しています.その際,速度が速くなると爪と弦の間の摩擦係数が低くなることも関係しているかもしれません.
主たるテーマ
<人間のタッチ>
・高速度カメラによる人間のタッチの動作測定
・レーザ変位計による弦振動の軌跡測定と,発生音の周波数特性との関連.
<ロボットによるタッチ>
・ロボットによって常に同じ動作で弾弦させ,音響を解析する.
<爪ー弦間の摩擦>
・爪と弦との間の摩擦の速度特性,荷重特性