〜 大野圭介 退院記念 〜 シミケンMADE UP
圭介の苦悩と栄光の日々〜愛と青春の旅立ち〜
京都陸協記録会(5月25日 西京極陸上競技場)

 「26,27,28.....」200m付近で岩下の読みあげるタイムが微かに耳に入った。他は何も聞こえなかった、歓声もアナウンスも・・聞こえるのはトラックの数名のRunnerの速いピッチの足音と脳裏に直接響く己の激しい呼吸のみであった。

 8人のRunnerが競い合う800m。100mや200mも8人で争うが各自にコースが定められている。マラソンは各自にコースは定められていないがコース取り等あまり気を遣わずに走れる。しかし800はコース取りが勝敗を大きく左右する。時には他者と激しくぶつかり合う。ベーゴマの様に相手を激しく突き飛ばすなんて事もザラである。そんな「格闘技」のような激しさと、詰め将棋のような「一瞬の駆け引き」を大野は800最大の魅力であると思っている。

 300mを少し廻った第四コーナではたから見ても明らかな程減速してしまう。「駄目だ。しんどい!」陸上競技は他のスポーツと違い道具を一切使用しない、頼れるのは己の肉体のみである。よってメンタル的な物が大きく記録を左右する。一瞬でも「駄目だ」と弱気になると不思議とズルズル後退していく。

 大野はとある練習日の風景を思い出していた。いつものように練習前に皆で円を作りるその時に「この間高田君がまたまた優勝しました〜」と拍手喝采、脚光あびまくり、高田微笑まくり。高田はチーム内で唯一の同い年、そして陸上以外でも良きライバルであり、親友である。 ある日高田が「母が恋しい」と泣きながら寮に訪れた時、「大丈夫だ」と一枚の布団で優しく包み込むように添い寝をしたのも大野であった。

 そんな友情に満ちてる二人だが陸上では敵同士である。しかし大野は得意の中距離でも高田には勝てず、自分が良い記録を出しても脚光を浴びるには至らなかった。「長距離」チーム全体のメインがそうである為なのかあまり目立つ事も無かった。チーム内で唯一の中距離経験者で清水と言う不思議な物体がいた。なるほど長距離を走る時でも他のメンバーとは違いバネ使う走りをしていた。しかし実際走ってみると「全く敵ではなかった」。過去の人である。

 「高田だけにいつもおいしいとこを持って行かれてたまるか!」「俺も選手権に出るんだ!」と言う叫びが、落ちていた腰をスッと上げ、短くなったストライドを広くした。400mの通過も予定通りである。バックストレートに差し掛かった残り300m、いつもより向かう風の強さが大きい事を感じ、それが自分の走りにいつもよりスピードがある事を確信させた。

 一流アスリートは風の抵抗等で自分の記録をほぼ正確に感じることが出来るのだと言う。大野も自身の走りが自己の記録を上回るものだと感じ始めていた。前方の風景がもの凄い勢いで迫ってくる、そこに向かって行くと感覚より「その」風景に吸い込まれると言う感覚に近かった。普段以上のスピードの為か骨がきしみ、筋肉が叫びを上げる・・・ラストの100はGoal地点しか見えていなかった。いつもなら崩れるフォームだが背筋のピーンと伸びた姿勢、細かく速く振る内に少し丸めた両腕も乱れずに減速することなくピッチを刻んでいった。

 途中でスタンドに目をやると愛しの好子が両腕を握り締め祈るように見ていた。彼女の呟く唇の動きが大野にはスローモーションのように読み取ることが出来た・・「が・ん・ば・っ・て」と・・・心の中で頷いた。1分57秒と言う大記録を出してようやく好子以外のチームメイトの声援が聞こえてきた。

 思えば中学から陸上を始めて大学までの10年間我武者羅でかけてきた・・が大学最後に故障し、陸上人生を後悔の中で終えた。その後悔と煮え切らない想いで再び陸上を始めたのであるが、今長い10年間がやっと報われた気がした・・・そして陸上の楽しさを数年ぶりに思い出した。。。



試合終了後清水の行き付けの「さんすい」で祝杯をあげ・・・・・酔っ払った・・・・・しかしなぜか主役はまたまた白川であった・・