福知山マラソン2002 〜遺言〜 |
作:清水健一 |
11月23日。清水健一は購入したばかりの愛車ポルシェを由良川の河川敷にある駐車場に止め、音無瀬橋を見上げて暫く静止した。そして次々にやってくる参加者達の車を避けながら三田池公園までの長い坂道を登った。今年もとうとうこの日がやってきた。枚方マスターズの面々はいつもの体育館二階に陣取りスタート一時間半前、ようやくウォーミングアップを開始した。しかしメンバーにはいつもの笑顔は見られなかった、あの日から丁度一年が経つのだ。今年大飛躍し、好記録が期待される白川康平と下水流寛之は決意の現れた表情で念入りにストレッチをしている。一方いつも真剣なのか良く分からない清水と岩下真介は先日見たアクション映画の影響なのか、肩に入れ墨シールを貼って何やら楽しそうに騒いでいる。そんな二人を横目で見ながら近藤康由は深く溜め息をつき、皆となぜか色違いのユニフォームに着替え、下水流は購入したばかりのまだ真新しい匂いの残るナイキのウィンドブレイカーを脱ぎながら呟いた。 |
高田伸昭は天を指差し笑顔でゴールテープを切った。大会新記録で優勝。彼が本当に心から見せた始めで最後の笑顔だった。レース終了後表彰式を終え彼は突然姿を消した。警察の捜査で数日後出石峠から高田の愛車シルビアと痕跡、そしてリアシートから「遺書」と書かれた手紙が発見された。チーム宛てで日付は平成13年11月23日となっていた。それよりも彼の「高田」と言う姓が偽りで、実は広島でとある事件を起こし七年前に逃亡、漂流し枚方に流れ着いてきたと言う事実を、後日尾坂圭一から練習会で知らされた部員達は驚嘆した。あるものは涙し、あるものは怒り狂った。 |
「皆さん、色々とお世話になりました。僕が突然姿を消し本当に御迷惑をおかけしている事と思います。実は僕は七年前広島でとある事件を起こし枚方に逃亡してきました。素姓を隠しひっそりと生きてきたのです。再び走り始めたのですが今日優勝してしまった事で組織の者に居所が知られてしまったようです。本当に皆さんと過ごした日々は人生最良のものでした。組織の者に見つかると僕は消される可能性があります。でも万が一逃げきる事が出来たらそっと来年「福知山」を観戦しに来ます。出来れば誰かが優勝し「枚方マスターズ連覇」してもらえると有り難いです。それではお元気で、またいつか・・・ |
平成13年11月23日 高田伸昭 |
下水流はトップでハーフを通過した、去年の高田に比べると幾分遅い通過タイムではあったが彼は果敢に攻めていた。折り返しを過ぎ一分以上した所で清水とすれ違った。 「清水さん、いつもなら前半飛ばすのにどないしたんや、後半潰れるけど・・」その後次々に擦れ違うチームメイトや知人の声援を受け順調に福知山の山路を蹴った。地面を蹴る時の足の引っ掛かり具合がこの日は最高に良かった。幾度となく先頭が入れ替わるこの集団であったが、この日の彼に「ペース」等は関係なかった。高田の言葉にあったように何としてもチームの連覇を成し遂げたかった。「それが出来るのはあなただけ!!」と恋人の岩渕優子に言われ、就職活動を終えた後毎日のハードトレーニングに明け暮れた。その日の彼には連覇よりも成し遂げたい事があった。この福知山で優勝し恋人の優子にプロポーズすると言う事だ。ランニングパンツの紐にくくり付けた「4℃」のプラチナの婚約指輪を左手で確認し、そのままペースを乱す事はないであろう力強いフォームで走り続けた。30キロ手前でバラつきが出だし、集団に何とか食らい着いていたが先頭のゼッケン番号「11番」との距離は遠ざかる一方であった。30キロを過ぎて現れてきた己の「苦手意識」が下水流から力を奪って行った。前半全く意識する事の無かった後続の選手たちが気になり始め二度、三度と後ろを振り返った。 |
前半押さえ気味で走っていた白川は左腕の時計が刻むタイムを見て焦っていた。少し遅すぎる・・・約一か月前、彼女から妻となった陽子は以前にこのような事をもらしていた。 「康平さぁ。色々計算したんだけどね、式とかなんやかんやと準備でお金もかかるし、いざって時の為にお金は除けといた方がいいと思うよ。そらぁ財閥の御曹司の清水さんがイタリア旅行をプレゼントしてくれるって言ってくれるのは嬉しいよ。でもやっぱりねぇ。新婚旅行なんて国内の温泉でいいよね。」京都三条のスターバックスで鴨川に等間隔で座る恋人達を見つめながら優しく微笑む愛妻の顔を思い出し呟いた。「愛してるよ。」と・・白川は知人から今回の優勝の商品は海外旅行らしいと言う事を耳にし必ず優勝する事を妻に約束し「新婚旅行は陽子と海外」と一歩一歩躊躇する事無く距離を縮めた。 |
娘は丹波での金メダルを本当に喜んでくれた。それが父親の近藤にはなによりも嬉しかったし励みになった。色々と部内一位は誰?白川君か?下か?シミケンか?と言う会話を耳にしていた。「ふざけるな俺に決まっている」自分には愛する妻と子供達がついている。そう思い練習を重ねた。特に清水には負けたくなかった。 「ほ〜ら、やっぱりね」予想通りの展開に近藤は不敵にほほ笑み、えっ?いまどき?であるが銀色のロケットに潜ませた愛する妻の写真にそっと唇を合わせた。 |
尾坂かずこは驚きのあまり言葉を失った。後頭部を鈍器で殴られたかのような衝撃が走った。登録選手が過ぎ去り一般申し込みで参加している知人達の応援をしていた時であった。 「滋子さん頑張れ〜」と知人を応援した瞬間ふっと不思議な影がかずこの視界を通りすぎた。異様に長い額にパンチパーマ、分厚い眉毛に真っ黒なサングラス・・しかしその男はチーム象徴である銀色にオレンジラインのユニホームを纏っていた。その男のゼッケン番号を確認しプログラムを開いた。 「12219?だっ誰なの?えっ!大野安男?大野さんは確か不参加のはずじゃぁ」しかしどこかで見た事のある男だった。 「たっ高田くん!」かずこは目を疑ったがあの走り方は高田のそれにそっくりだ。かずこは徐々に離れて小さくなっていくその男を眺めた。しばらくし携帯の「プロジェクトAのテーマ」が鳴り響いた。 「かずこちゃん今前を走って言ったの誰やと思う?」山本喜代子からであった。山本は興奮したいた。 「今5キロ地点で嶋渡さんとお互いの旦那を応援しててやっぱり素敵やな〜私らの旦那って話してたら、まっ前に高田君がなんかけったいな変装して走って行ったのよ。」 |
白川は後半第二集団から飛び出す幾人かの背中に吸い込まれるようにペースをあげた。汗が額を流れ、沿道の歓声よりも自分の鼓動の方が大きく聞こえる。前方にわずかに見える幾人かの先頭集団からの脱落者、前を走る選手よりもその落ちてくる選手を見つめ、彼らに追い着く事を目標とした。その中に2名のチームメイトのユニフォームを確認することが出来た。反って走る男と小さい男であった。まず白川が捕まえたのは下水流であった。明らかに疲労仕切っている下水流の足取りは、金曜日のサラリーマンが3軒梯子して帰路に向う時のように千鳥足であった。 「しっ白川さん。僕もう駄目っす・・助けて下さい」と左腕を差し出した。その疲労しきった表情に一瞬情けを感じた白川だったが、今がライバルを蹴散らすチャンスとばかりにその左腕にカウンターを合わせ、渾身の力で斜め45度から右拳をえぐるようにぶち込んだ。当然、下水流は更に減速した。35キロを過ぎると予想通り先頭集団から落ちてくる選手達を次々に捕まえる事ができた。白川が追いついた時清水は「えっ?亀?」と思うほどペースダウンしていた。本音を言うと清水を毛嫌いしている白川は邪魔臭いので声もかけずに無視して足早と過ぎ去って行った。清水のペースが戻らないのは明らかであった。ゴールまで残り僅かとなり順調に歩を進めていた彼に変化が起こった。 「しんどいやろ〜。もういいやん。がんばったやん。もう止めてしまいーや」誰かが問い掛ける。 「何を言うてるんや。このままペース下げなければ東京行けるかもしれないんや」と白川は言葉を返す。 「ええやん。後ろ見てみろよ。もうチームメイトの誰もお前に追いつけないって。奥さんも満足してくれるよ。ベストも大幅更新や。」負けじと言葉を返す白川にその誰かが何度となく、心の僅かな弱さに問い掛けるように攻撃を繰り返す。白川はその言葉を払いのけようと努力する・・最後の長い上り坂に入る手前で一度後ろを振り返った白川は僅か\遠方にお馴染みのユニフォームを確認した。 「うぉ、近藤や!」やはり近藤は強かった。崩れることの無いその力強いフォームは福知山が揺れる程大地を蹴り、少しづつ前との差を詰めていた。「わかりますよ近藤さん、愛する、守る物がある男ってのは信じられないほど強いもんっすよね。」白川が見ている事に気がついた近藤は親指を立て「気にせずに行け」と大きくジェスチャーをした。大量に流れる涙を拭う事なく白川は再び前を向き、大歓声の渦に包みこまれるようにゴールで待つ新妻の元へと最後の力を振り絞った。 |
表彰式を終え4位入賞と素晴らしい記録を出した白川の胴上げが終わると皆の関心は「高田が走っていたらしい」と言う事に向けられた。 「お前、絶対見間違いしたんやって」と尾坂圭一は愛児優季を抱きながら妻のかずこに言った。 「絶対高田くんやって〜。あの走り方とふくらはぎのもりあがりは間違いないわ〜」と同じく「見た」と主張する山本を見ながら言った。 「でも私、ずっとゴールに居ましたけど、高田君らしき人が帰って来たのみてないですよ。」と村田節子は言った。他のチームからも「高田君がいた」と言う情報を何名かから聞きつけた警察官である嶋渡祐三は警察手帳を取り出し、聞き込みを始め山本清美と共に捜査を開始した。全員で辺りを探すも結局彼は見つからなかった・・・ゴール後、愛妻に一秒でも早く会いたくて皆より一足先に帰った近藤から清水へ電話が掛かって来た。 |
「おっ清水くん?今なぁ。高速ではよ帰りたくてめっちゃとばしてたらスピード違反で捕まってなぁ。罰金3万5千円やで〜洒落ならんわぁ。そや、そんな事より車に手紙が挟まってたんやけど、皆の所にもなかったか?」 電話を切り、清水は近藤からの電話の内容を皆に伝えた。全員は即座に人込み渦巻く三段池公園を掻き分けながら全速力で坂道を下り、駐車場へ急いだ。各々の車のワイパーになにやらそれらしきものが挟まっていた。やはり高田からだった・・ |
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★★この物語は一部の事実以外は清水健一(シミケン)の病的な妄想による物であり、登場人物の言動、行動等も事実とは無関係ですのでそこんとこ「よろしく!」尚、毎度の事ながら登場されてる方を多少失礼な表現をしている所があると思いますが多目に見て下さい★★ |
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