ハイデルベルク


ハイデルベルク市街

ハイデルベルク市街 カール・テオドール橋
  ハイデルベルクは、ガイドブックによると、フランクフルトの南約100kmのネッカー河畔に開けた古都とある。観光コースは東側の旧市街に集中しているとのことだが、ハイデルベルク城から見ると西に広がる西市街地の方も余り高層ビル等は見られず、落ち着いた感じで、市街全体でも古都の雰囲気を損なわないよう配慮されているようだ。我が国、日本にはこのような都市が現在あるのだろうかと考えさせられた。ただ、ハイデルベルクにバスで入ってくるときに、ビル建設用と思われる高いクレーンを見たので、市外に高層ビルを建築中なのかもしれない。

  ネッカー川の水は濁っていて綺麗ではない。ハイデルベルク旧市街は、このネッカー川と、南側にある丘との間の狭い平地にある。この南側の丘の中腹には、旧市街を見下ろすようにハイデルベルク城が建っている。

  ネッカー川の北側には、戸数が少ないが民家もあるようだ。こちら側にはゲーテが作品の構想を練るために歩いたとされる「哲学者の道」もあるとのことであるが、北側には行っていない。ネッカー川に架かる中世の面影を残すカール・テオドール橋の中程までは行った。狭い橋だが、がっしりしているので車も通る。

  ハイデルベルクの半日観光に限らず、ガイドの説明は殆ど憶えていないので、HPを作るには、その時撮った写真と市販のガイドブックが頼りである。


ハイデルベルク城

旧市街から見たハイデルベルク城
ハイデルベルク城壁内 ハイデルベルク城壁内
  ガイドブックによると、ハイデルベルク城の全景を見る場所はいろいろあるようであり、ネッカー川の対岸(北側)の「哲学者の道」から見た風景は格別だとか。私はそちらには行っていないので分からないが、これからハイデルベルクを訪れたいと思われる方は、是非行かれると良いと思う。カール・テオドール橋付近からも城の全景を見ることが出来るが、城に近い位置としては、カールス広場がよい。

  ハイデルベルク城には、ケーブルカーに乗っても良いし歩いていっても良いとガイドブックに書いてあるが、私の参加したツアーではバスで運んでくれたので、楽楽である。でも景色を眺めながら歩くのも悪くはないという気もする。城壁内はとても静かな雰囲気に包まれたところで、訪れた時間が早かったせいか団体客も余り多くなく、城から見た市街の風景や城壁内にある歴史的建造物の見物などを楽しむことが出来た。

  フリードリッヒ館の前では、片言の日本語でドイツ人の女性が、記念撮影をしていきませんかと言って来た。日本人ガイドは、毎度のことと無視して先に進もうとするが、ツアー客の何人かが撮してもらいたいと言ったため、記念撮影となった。写した写真は見物の終わる頃までに出来上がるようで、欲しい人だけ金を払って買えばよい。私は自分の写った写真なんか欲しくはなかったので買わなかった。城門を出たところに土産物屋があったようだったが、日本の観光地のようにごちゃごちゃとした感じではない。


古城街道

ヒルシュホルン城
ツヴィンゲンベルク城
  ハイデルベルクの西市街のレストランで昼食を摂った後、バスで古城街道をローテンブルクへ向かう。ガイドブックによると、古城街道は、西はマンハイムに始まり、ハイデルベルクを通り、東はニュールンベルクを経て、チェコの首都プラハにまで続くそうである。

  ヒルシュホルン城とツヴィンゲンベルク城の見えるところで、バスが止まってくれ、外へ出て写真を撮ることが出来たが、あとは車内からチラッ、チラッと見ることが出来ただけなので余り記憶にない。

  作家の故司馬遼太郎氏の講演録を読むと、「キャッスル」とか中国の「城」とは、もともと城壁で囲んだ町のことを言うのだそうである。つまり、そこに暮らす住人の住居をも城壁で囲ったところを、「キャッスル」や中国の「城」というのであり、大阪城や姫路城は城壁で囲んでいないので、お「城」というよりも「砦」なんだそうだ。そういう意味で言うと、古城街道沿いのこれらの城は砦と呼んだ方が良いのかもしれない。

  因みに、帰国してから広辞苑を見てみたら日本語の城とは、敵を防ぐために築いた軍事的構造物とあり、「砦」等を含めて城と呼んでいるようだ。ツアーの添乗員の説明では、ドイツ語では城を意味する言葉が2〜3種類あり使い分けているということだったが、忘れてしまった。お城のことを研究しながら古城街道をゆっくり旅をするのも楽しいかもしれない。

  左上の画像は、一寸わかりにくいと思うので補足説明しておくと、道路に沿った石垣の上に危うい形で建っているのは民家で、その上方の塔のような形をしたのがヒルシュホルン城である。何か、現在は古城ホテルとして利用されていて眺めが良いところとか。