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こ れからの相似則
96.1
姫野洋司

 
 本特集では,相似則に関する最近の様々な話題,波浪中の応答や特殊船の推進性能,海洋工学,構造,機関といった分野での相似則の問題が紹介された.いわ ゆる排水量型船舶の平水中の性能に関する相似則については触れられていない.100年も前のWilliam Froude以来,連綿と続いて使われてきて,今や実船の平水中性能は数%の誤差で予測できるといわれている状況では,平水中抵抗の相似則をわざわざ本特 集で取り上げることは不必要であると考えることは,無理からぬことと思われる.
 

 しかし,「これからの相似則」を考えるためには,この平水中の性能も含めて,あらためて相似則の原点に立ち返って考え直すことも必要であろう.その意味 で,以下の議論では前述の「2.相似則の考え方」と幾分か重複する部分もあることは承知の上で,
  ・次元解析と無次元数
  ・いわゆる経験則
  ・今後の展望
といった話題を述べたいと思う.
 

 いわゆる相似則を構成する要素は,まず,
 
(1) 次元解析による無次元数の存在
(2)各種の経験則の導入
 
である.この内前者の無次元数は,もっとも基本的な構成要素であって,これは物理量の体系から次元解析によって導かれたものであるから厳密に成立する.さ らに,個々の無次元数の基になっている物理量は支配方程式,すなわち,力の釣り合いの式(ニュートンの第2法則 )やエネルギー保存則の中で正しく位置付けられており,支配方程式を無次元化すればそれらの無次元数が現れてくる.
 

 次元解析ではまず,例えば3個の基本物理量として,長さL, 時間T, 質量M を定めた上でその問題に必要なその他の物理量を挙げることから始める.π定理は,必要な物理量と基本物理量の数の差だけ無次元数が存在することを教 えてくれるが,要するに全体の次元が整合的であるためにはその他の物理量が基本物理量を用いて無次元化されなければならないという訳である.
 

 もっとも簡単な速度V,加速度α,圧力p,応力τij,力F,密度ρを考えて見よう.次元解析によって例えば,圧力は圧力 係数Cp=p/(ρV^2),力は抵抗係数 C= F/(ρV^2 L^2)などと無次元化される.これはニュートンの第2法則
 
質量 x 加速度 = 力
 
を無次元化したもので,圧力係数や抵抗係数だけでも立派な無次元数である.問題はこれらの係数にたいして経験則をあてはめることで生じるのであるが,これ については後述する.
 

 つぎに,非定常問題では例えば振動の振幅の大きさを表現する無次元数として,クーレガンカーペンター数Kc,振動数の無次元化としてストローハル数St などが現れ,流体の物性に基づく物理量,粘性係数μ,表面張力T,体積弾性係数Eや重力加速度gなどを考えるとすれば,それらから,粘性流体として の特性を支配するレイノルズ数Rn(慣性力と粘性力の比),重力水波現象に関係するフルード数Fn(慣性力と重力の比の平方根),表面張力ではウェーバー 数 We(慣性力と表面張力の比の平方根),
圧縮性流体の特性を支配するマッハ数Ma(慣性力と弾性圧縮力の比の平方根=速度と音波(圧縮波)の比)などの無次元数が現れる.
 

 もう少し紹介しよう.流体内の熱対流が問題となるような流れの場合には,さらに流体の熱伝導率k,熱拡散係数κ,熱膨張率βなど を考える必要があり,それぞれヌッセルト数Nu,プラントル数σ,レイリー数Raなどの
無次元数が現れ,また密度が変化する密度成層流では密度の小さい流体の浮力と慣性力の平方根の逆数が内部フルード数,あるいはそれを鉛直方向の密度勾配で 表したリチャードソン数が支配する.また地球流体ではコリオリ力の作用を無視することができず,慣性力とコリオリ力の比としてのロスビー数Roや,粘性力 との比としてのエクマン数Ekなどが現れる.さらに流体に電気誘導性や磁性があれば,あるいは蒸気圧を考えれば,というように,数え上げれば切りがない始 末である.
 

 繰り返すが,これらの物理量はニュートンの第2法則の中の力の項やエネルギー保存則の中で現れるのであり,ニュートン力学や電磁気学の枠内で厳密なので ある.またこれらは流体の世界だけの話しで,これに構造物が共存する時には構造物の物性・特性に基づく無次元数,さらに流体と構造物の間の干渉の問題が出 て来て,支配方程式や無次元数のレベルで厳密であるとはいえ,これを正確に解くことは不可能である.

 そこで我々は,必要な物理量だけを考慮した系を設定し,それらで支配方程式を構成し,実験や数値計算で流体の挙動を求めているのである.厳密解とはこの ように設定した系の枠内で使われるのであるが,非圧縮で,自由表面と流体の粘性だけを考慮した,船舶周りの流体だけでも厳密解を得ることは困難,というよ りは解の一意性すら不明であるといって良い.
 

 力学的相似性とは,複数の無次元数があるとして,それらすべてと境界条件が,2つの系で同じ場合,流れは相似であることを言う.これは前述の意味で厳密 である.

 無次元数がレイノルズ数の1つだけのいわゆる非圧縮性粘性流体の場合には,この力学的相似性は尺度の異なる模型による実験を可能にして,粘性流体や乱流 の研究に大いに貢献したことは周知のとおりである.しかし,船舶のように水面と言う自由表面がある場合には,新たにフルード数が現れ,FnとRnを同時に 満足するような模型実験は常識的には不可能である.現在は,水波問題だけに着目してフルード数Fnだけを合せた模型実験が行われているが,レイノルズ数の 違いを近似的な経験則を用いて修正するといった手法を用いている.この段階になると最早厳密とは言えないのであって,問題は予測精度という工学的技術的問 題となるのである.
 

 さて,相似則の次の構成要素として,(2) 経験則の使用,がある.これは,無次元数の数を1ないし2個にしぼった系を設定しても,なお上記のような厳密な意味での力学的相似性を満たすような模型実 験ができない時のために便宜上使われれてきたのである.これは,直感的仮説や実験値に基づく経験的近似公式,あるいは単純化された問題の理論解であって, 工学上,水理工学的手法として多用されて来た.現在,相似則といえばこれらの経験則を指すことも多い.
 

 直感的仮説の代表的な例は,周知の平水中の抵抗分離則の一つであるフルード則である.これは,船体の抵抗を長さと浸水面積の等しい等価な平板の摩擦応力 と,その他の剰余抵抗の和に分離できると仮定し,剰余抵抗がフルード数のみの関数であるとしたものである.船型が痩せていて船体の作る波の波高が小さい時 は,船体周りの境界層と造波現象との干渉が小さいと考えれば,この仮説は船体を取り巻く系の第0近似としてこの100年間受け入れられて来た.

 このフルード則を拠り所として,フルード数を合せた模型実験を実施し,レイノルズ数の違いは理論式ないしはその近似式で摩擦抵抗の補正をするという,い わゆる実船性能への外挿法という船舶独特の相似則が定着した.ここでは,フルード則と摩擦抵抗則という2つの経験則が使われていることに注目しておきた い.
 

 1950年代にはHughesの一連の実験によって,フルード則への修正として,物体形状が平板でないことによる粘性抵抗の増分を摩擦抵抗のK倍とす る,Form Factor Kの概念が導入された.この場合は全抵抗から粘性抵抗(摩擦抵抗の1+K倍)を差し引いた残りを造波抵抗(フルード数のみの関数)とみなし,模型試験から 求めることとなる.

 この方法は,Hughesの提案の後,境界層理論からの検討が試みられ,細長物体の粘性抵抗が平板の摩擦抵抗に比例するという第1近似としての妥当性が 検証されている. この方法が3次元外挿法として現在広く試験水槽で用いられていることは周知のとおりである.
 

 さてこの3次元外挿法では, 上記のフルードの2つの経験則の他に粘性抵抗に対する仮定,特にKがフルード数に無関係であるとする仮定が含まれている.当初,1+K法を検証するため に,尺度の異なる複数の相似模型を用いて抵抗試験を行い,同一のフルード数で造波抵抗係数が等しいとして解析すると,K がフルード数によって変化するという結果が出た.これは当時の試験水槽関係者にとって誠に当惑すべき結果であった.

 これを認めると模型試験では必ず複数の相似模型を使わざるを得ない
からである.Kを船型のみに依存する定数であると仮定すれば模型の数は1隻で済むからである.幸いなことにKを常数と仮定した外挿法は,一応受認できる精 度で実船性能を予測し,豊富な実船の実績データの蓄積と相まって現在に重用されるに至っている. 

 筆者はここでは,現状の紹介でなく,むしろ問題点を指摘し相似則のあり方を検討したいのである.さて,相似則は一般に力学的相似性の原理に立脚しながら も,種々の経験則を仮定して尺度の異なる模型実験を可能とし,実機の性能を予測することを目的としている.

 したがって相似則には経験則の誤差がそのまま付きまとうことになる.かつ,それら経験則の精度を定性的にも定量的にも向上させることは並み大抵ではな い.筆者はこれらの経験則は,非常にprimitiveな第0近似(上の例で言えばフルード則)か,あるいはそれに若干の理論的考察を加
味した第1近似の程度で良いと考えるものである.

 その意味で,上記の3次元外挿法を改良するとすれば,Form Factor Kが粘性抵抗に関する第1近似であるとみなせば,残りは造波抵抗に対する粘性の影響を表す項の導入があるのみである.また,高速で砕波現象に基づく項を第 0近似のレベルで導入することも必要となるかもしれない.
これらの項の必要性は予測精度の要求の程度に応じて決められるべきである.
 

 以上のように,相似則の中の経験則は簡明であるべきであるし,したがって技術的には予測精度の向上もさることながら,むしろ誤差評価の方がさらに重要で ある.誤差評価が可能となり,それが全体の設計目的の中で正当に位置付けられて初めてその要求精度が明らかとなる. むやみに精度向上を目指すことはむし ろ避けるべきであろう.
 

 もっとも,このことは第0近似のレベルにせよ少なくとも相似則らしきものが存在する場合の議論であって,それすらない場合,次元解析や新しい相似則(経 験則)を導入する必要があろう.

 そのための方法としては,例えば重要な物理量を入れて運動方程式を構成し,それを無次元化して無次元数を確定し,一つの無次元数について, それがある 場合とないときの解の差をその無次元数の影響とみなし,その関数形を理論解あるいは実験から求めるのである.その無次元数に長さの尺度があればそれは相似 則となる.
 

 以上述べたように,相似則にとってもっとも重要なことは次元解析と力学的相似性の原理であり,つぎには高々第1近似のレベルの簡潔な経験則とその誤差評 価である.更に高い予測精度が要求されるときや相似則の導入が困難な場合には,今後はむしろシミュレーション技術に頼るべきであろう.数理モデルを設定し た上で計算によって性能予測を行うのである.流体力学で言えば,計算流体力学(CFD)である. CFD の技術の信頼性は最近ではかなり向上しており,実船の性能予測も夢ではないところにまで来ていると思われる.
 

 もっとも,シミュレーション技術の基盤となっている数理モデルの評価には十分注意を払う必要がある.CFDの場合にはそれは乱流モデルである.興味深い ことに,工学的乱流モデルの構成要素の多くは,次元解析とある種の相似則(経験則)なのである.

 最も広く使われる仮定は,乱れの拡散がその空間的勾配に比例するという勾配拡散の仮定,あるいはまた,微小距離でエネルギーの消散が少ないとしてその間 でベルヌーイの定理を仮定することなど,正に経験則そのものが多用されているのである.

 かって,全量を予測するのに用いられた経験則が今では,シミュレーションのための数理モデルの構築に使われているのである.この種の経験則の導出には流 体現象にたいする正しい認識と深い洞察力が必要であって, この意味で理論の果たすべき役割は極めて重要になって来ていると痛感する次第である.