Monthly K1-doll exhibition


2001
in "MukasiNingyo AOYAMA/K1"at Kyoto,Japan


invitation card





-JAPANESE-

マンスリー・ドールという企画の性質上もあり、展示方法について一切考えなかった。
店の人には珍しいといわれたが(笑)、体数も少ないし、其れは其れ、此れは此れ、と云う事で。
空間演出も良いが、実際の処、イメージを具現化するには時間も人手も費用も要る。
大変なパワーが要るのだ。
他の作品も一緒に並ぶのだから、遣り過ぎは迷惑でもあろう。
写真をやるようになってから、そちらで思う存分やるから、という感もある。
随分と淡白りしたものだ。



 



技法的にやっと満足いく様になったところである。
胡粉は摩擦にも強い様だし、質感も良い。
程よい透明感と、マットなのに何処か燦々しい質感は元が貝殻だからこそなのであろう。
塗りの作業は果てし無く時間がかかるが、其の甲斐があったと云う処だろうか。
胡粉で塗ると其れ迄完全と映っていた面の狂いが明瞭りする。
それを塗で補正する。
塗っては鑢をかけていくのだ。
生地づくりが本当に完璧なら起らない事だろうが、
伝統工芸を極めた野口晴朗氏でさえも著書で同様の事を述べているので
私ごときならば尚更と受け入れて居る。



 

此処のところ、”動く”と云う事にこだわって居た。
オルゴール仕掛けで眠る赤子、上の、和服の少女は横目を使う仕掛けである。
自作の眼でフラーティングの仕掛けを造るのは思いのほか苦労した。
視線を合わせるのも難しい。
揃わない目線は僅かならばあやうげな魅力にもなるが、外し過ぎれば怪物的になる。
いや、怪物的なら未だしも笑ってしまう貌にもなりかねない。
酷く微妙な処である。




さて、2代目クッキーちゃんである。
クッキー・ツーと呼ばれている。
未だ赤ちゃんで、好奇心の塊、彼方此方に潜り込んでは、なんだこれとばかりにふんふんと嗅ぎ廻り、あがあが噛んでみたりする。
可愛らしい事この上ない。
招き猫としてのデヴューは未だ先である。

1代目のクッキーちゃんが逝去したとの事、冥福をお祈りする。