双六の語源
 世間では「すごろく」とすぐ口をついて出てくる四文字に実は壮大なロマンを含んでいることにお気づきの方は少ないと思う。 もとをたどってゆくと、それは六千年前のエジプトにまで辿りつく。文明は大河のほとりに発祥するのを常としているが、 双六もまたナイル河と深い関係にあるのをご存知であろうか。ここでいう「すごろく」とは紙の「すごろく」ではなく、いわゆる 盤双六のことである。五世紀から十八世紀まで、「すごろく」とはこの盤双六をさしていたのである。 現在の紙の双六は日本では仏法双六、浄土双六を別にすれば、一部の例外を除いて十八世紀中期以降に普及し始めたものと 考えるのが妥当である。芸能であれ遊戯であれ、これらの発祥と宗教とは切り離して考えられないというのが通説であるが、 この盤双六あそびも古代エジプトの神官や巫女が死者への鎮魂、幸運祈願、農耕における豊穣祈願、ナイル河の旱魃や氾濫を 占うための儀式に用いられた板状の道具で、その後の種々の遊戯具の原点になったと考えられている。 これから派生した多くの遊びの形態の一つが「バックギャモン」として西洋に定着している。一方そのルートはいまだ十分に 解明されたわけではないが、この盤双六はインドでも古くから存在していたといわれているが、一般には中近東からシルクロード を東進し、さらに朝鮮半島を通って日本に到達したといわれる。朝鮮半島では(サングリョック)とよばれている。 このサングリョックがなまって「すごろく」と呼ぶようになったのではないかといわれている。日本の盤双六と同型のもの はすでに古代ローマに於いて使用されていたという。日本では、盤双六遊びが衰退し始めた十七世紀中期より絵双六がそれを補うように 頭をもたげてくるのである。そしてこの新しい遊びにどのような名をつけようかと悩んだ末に、それぞれの遊びの道中とか 歌舞伎の言葉の後に、これまで馴れ親しんだ盤双六遊びの盤をとりはらい、「すごろく」だけを借用して道中双六、歌舞伎双六 と呼ぶことにしたのである。
絵双六の誕生
 十四世紀には風俗双六がすでに存在していたとも言われている。しかし一般には十七世紀中頃より遊ばれるようになった浄土双六 が、絵双六のはじまりということになっている。この浄土双六は木版摺り筆彩で、紙面を十列、十段に区画し最上段に諸仏五尊を置き、 そのすぐ下に初地より十地まで諸仏を配している。

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