HIGUCHI GANGU

中央橋バス停(肥後銀行)裏●所在地(長崎市江戸町6−2)は赤印
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玩具問屋

江戸町
 出島オランダ商館の表門を通り石橋を渡ると、そこは江戸町
江戸時代、徳川幕府の鎖国令は二百二十年あまりも続きました。世界と通じていたのは
ただ一ヶ所、長崎・出島。オランダ商館が出島を通じて、西欧の文化・物流を一手にひきうけていました。
その当時の長崎が輝いていたことは歴史が物語っています。
町の誕生は古く1592年ごろ、砂浜を埋め立て造成され、出島築造の開始(1638年)で整備されました。
蘭船によりいったん陸揚げされた異国の学術・文化はまず江戸町へ一歩をしるし、やがて日本各地へと伝っていくのです。
日本中でもっとも西欧に近かった江戸町は、異国情緒がただよう華やかなハイカラさんの賑わいであったと想像できます。
さらに出島の玄関口でもあり、お隣さんという親しみもあったようにもうかがえます。

お宮日(くんち)の演(だ)し物

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