気が向いたときに 取り留めのない事を書くけど
よろしくね オレからも発信しないとさ 
ヒデトより
気が向いたときに


8/6
読売夕刊


8月
 国家として経済を回さなきゃいけないのはわかる  苦渋の決断だったと思う 
ロードマップが解禁されるたびに感染する人が増える 歯がゆい選択だよね  

今 一番怖いのは 東京の感染者数が増えてるのを聞いても まったく驚かなくなってる自分自身が怖いよ
感覚や思考が停止してるのかなと自分で思うもの
みんな好きで感染してるはずがないもんなぁ


歌が唄いたい 舞台をやりたい これは芸能という職業を生業にしているみんなに共通している思いだと思う
オレだって早く唄いたいし みんなもオレが唄える日が来るのを心待ちにしてるんだよね 
先輩の歌手の方が年令を顧みずにコンサートを開いたのだって 後輩の歌手のための先陣を切ろうとして
開催したんだと思うんだけど その後の舞台でのクラスターやライブハウスのクラスターが
先輩が命をかけて開催してくれたコンサートが・・・切ないね

オレもこの数か月 生で唄ったことは無い せっかくカラオケに新曲が2曲とも入ったのに 唄いにもいけない
万が一 オレが感染したら持病持ちのオレは重症化するのは目に見えてるし 家族にも迷惑がかかる
それ以前に オレのライブ再開を楽しみにしてくれている人たちに申し訳ないもんね

 最近のオレの行動は変かもしれない 訃報続きの連絡とか地球規模の異変に少し動揺してるかも

電話がかかってきて 受話器を取っても相手の声が聞こえない 電話が変だぞ と思ってたら
受話器を逆に持ってたり 取材の時ダテ眼鏡をかけていくんだけど メガネがメガネが無いと
大騒ぎしてたら 自分の頭の上にチョコンと乗ってたり コピーを撮りに行ってコピー用紙だけ持って
帰ろうとして肝心かなめのコピー本体の物をコピー機に入れっぱなしだったり
だから コロナなんてと思っててもどこかでボォーっとしてるんだろうね ボケてるわけじゃないと思うけど・・・



 偶然かも知れないけど 7月の文章を書いてから 誹謗中傷の事や持病の事を書く芸能人や
著名な方が多くなったね これは本当に早く実名か何かでやらないと大変な事態を招きそうな気がするから
SNSを運営してる会社の方も早く考えてほしいものです そうしないと今後もっと大変な事になるような気がする
生命は一番大事なものだから

話はコロッと変わるけど
今回の騒動で初めて知った事がある
オレがデビューした1968年香港風邪と呼ばれる新型インフルエンザが流行ってたらしい
なのに ステイホームも自粛も何もなかったよ 普通通りにコンサートやライブをやってたから・・・
1969年には返還前の沖縄に海外コンサートという名目で行ったしね

この時だって 今読んでみると結構な感染者や亡くなった方がいる 
なぜ あの時は何の注意喚起もなかったんだろ 不思議な事だと思うけど 
今回の新型コロナのほうが大変なんだろうね 

戦争を体験した人に聞くと「爆弾が落ちてこないだけましだぞ」って平然としてる
明治・大正・昭和の戦中派の人達で気骨のある人の
決めのセリフは「必ず人生は平等なことが起きるもんだ悔いなく生きろ」 
悔いのない人生って世界に友情をひろげようと働いてきた
オレ達団塊の世代なんだから誇りをもっていいよね


 これからは自分の身は自分で守るしかないという段階に入ってきたような気がする
みんなも 健康第一でいてくださいね オレも負けないよう頑張るからさ
熱中症にも気をつけないとね

PS
 昔は芸能人が政治の事などを書くことは絶対タブーだったし 事務所からもそういう教育をされた
やはり時代が違うのか 昨今は芸能人やその他の方たちが SNSを使って
自分の意見・主張を堂々と述べている 令和はそんな時代


                   BY HIDETO
7月  16日に読売新聞の記者の方とお話しました
取材に来て下さる方達に感謝しています オレらの年代は 大抵の人が手術をしたり持病のある人が多いし
GO TO〜〜〜なんたらと言われても まだまだステイホームの人が多いですよね
そのような時に 形のあるCDBOXを出せたことが今更ですけど良かったなぁと思っています

応援してくれる方からも感想を頂きましたが 買物・洗濯・掃除・食事 そしてお風呂で1日が終わるって
当たり前の幸せに気づきました こういう事を書かれてた方が結構います
命は大切にしたいですよね オレくらいの年令になればある程度の覚悟ができますが
若い人たちは辛いでしょうね なにしろ見えない敵と戦っているのだから・・・

オレは ラインもツィッターもSNSと呼ばれるものは一切やっていません
ブログの時に チト いやな反応をされやめました 
最近は誹謗中傷という名の暴力で命を落とされる方もいます なぜ匿名なんでしょうね 実名でやれば
そのような事も減るとは思うのですが・・・

今 FCにいる人たちにお会いできて ステージパフォーマンスを見てもらうまでは
 生きるぞ!!
と思っています

皆さんも 大変でしょうけど 免疫つけて しっかりと栄養とって 熟睡してくださいね
また 良いお知らせがあったらご報告しますね あっそうだ。。。
気づいてくれた方がいたのは 嬉しかったです 何が???って・・・
キャッコピーの色と CDの盤面の色が同じなんです
今まで気づいてくれる人 何人かなぁって思っていたので
そしてCDをはずすとまた違うオレがいるって こんな感想すごく嬉しかったです
ありがとね ソニーのデザイナーさんも喜ぶよね

                by HIDETO
2020 6月 この大変な時期に 取材やラジオインタビューに 歌手として恵まれていると
実感している今日この頃です 
取材の皆さんもオレに対して非常に温かい記事を書いてくれているのが嬉しいです
 ヤフーの田中久勝さん・日経の吉田さん・毎日新聞の川崎さん・聖教新聞の20代の奥住さん
驚くほど下調べをしてきてくれて オレの歌手人生を理解してくれてるんだなぁとホントに嬉しかったです。

SONYの担当者さんたちの思いやりや心遣いなど 歌手真木ひでとを再認識してもらおうという思いが
ひしひしと伝わってきます 
CDを出すときは通り一辺の取材やラジオ出演などで終わるのですが 
今回は結構グレードの高い取材に絞ってくれています これも感謝しなきゃいけません
日経を読んで 山口先生の秘書を37年務めていたS氏も感激してお電話をくれました 
そして驚いたことに この業界の関係者にも関わらずCDBOXを購入して頂いたことです 
普通はこんな事はありません
S氏は今も直木賞作家の山口先生の本の管理をしている方です

今後は ひとつひとつの取材や番組を真摯にやっていくことが古希の近い僕のポリシーです
こんな時代ですから スタジオに行くことが難しいですが 落ち着いてきたらきてくださいねという依頼も来ています
  
歌手 真木ひでとを理解して頂いき ヒット曲だけではなくカバーソング等々 
「自分の知らない真木ひでとがいる」 また「真木さんは過小評価されてるんじゃ無いですか」と
言ってくださった記者の方達もいらっしゃいました 
ホントに嬉しいことです
オックスの頃が あまりにも華々しかったので 対比すると今のオレは地味に見えるんでしょうね
ステージを見に来ると認識が変わると思いますが オレは明るい人間なんで・・・。

これからも まだまだ 取材やラジオが控えています そして唄える場所が解禁になったら 
このBOXを参考に真木ひでとのすべてを表現していこうと思っています 
そんな日が1日も早くくることを願っています

ホームページのTOPにも書きましたが 関西・関東の方は近々ラジオがありますので
お楽しみくださいね

個人的には 6/3に生放送で出演した「ありがとう浜村淳」で バックボーンの前の話から
浜村さんとお話できたことが大変印象に残ってます
夏木ゆたかさんにも感謝です あの番組は是非ともスタジオに行って喋り倒したいですね

最後に このBOXは長いスパンで頑張っていきます 集大成だもんね
(普通のレコード店では売ってないよ 通販限定のCDBOXだから間違えないようにね)
配信も始まりましたので宜しくお願いしますね
                           !
                          by HIDETO
2020 5月 非常事態宣言が継続されて 芸能界はというかすべての業界が大変な目にあってるね 歌い手は唄う場所 役者さんは演じる場所
そのすべてが 今だめなんだもんねぇ そういう時にCDが出るなんてのは良い事なんだろうかと自問自答していますが 
一人じゃ何にも出来ない世界だからね オレらの世界は 協力してくれる人があって初めて皆さんに歌が届けられるのだから
オレは縁ある人に囲まれたラッキーな歌手人生なんだろうなって思ってます 

こんな時だからこそ 真木ひでとの歌のすべてを聞いてもらえる機会だと思うんだ ロックから演歌に転向した時に散々たたかれた
しかし このアルバムを聞いてもらうとある意味でみんなに納得してもらえると思うよ 
山口先生が良く言ってたロックスピリットを持った演歌歌手として成長して行きなさいってことも
理解してもらえると思う。ただ残念なのは 山口洋子さんが今はいないってこと
ご存命だったら 非常に喜んでもらえたと思うんだよね あとは野口社長にも喜んで頂けたと思うんだ。

自粛中の中 今は取材等をやっています 6月頃に記事になると思うんだけどね 
日頃取材を受けていないような大手の新聞社さんや あとヤフーの取材とか目新しいものを
ソニーのスタッフが選んでくれて粛々とやっています
みんなも 緊急事態宣言明けの6月からDAMのカラオケリクエストなどをやってくださいね 
歌はもちろん「淡雪の宿」と「ごめんよ」
結果次第では2曲ともカラオケに入るかもしれないから よろしくね みんなも感染しないようガチっと防備してね
オレは元気だぞぉ 心配しなくても大丈夫だぞぉ〜〜〜〜 ラジオにもリクエストしてくれよなぁ〜〜〜
2020 4月 昨年からソニーと打ち合わせをしていたCDの予約が始まったね 最初は45周年のつもりで打ち合わせを始めたんだけど
だんだんと話が集大成の話になっていき ♪古希記念にしましょう♪ってソニーさんも大乗り気になってくれて
3枚組のCDを出しましょうって話になったんだけど
オックスから現在までの歌を収録するとなると5枚組しなければ CDに収まらないという話になって
結局5枚組に落ち着いたんだけどね
後は ビクター・フォノグラム(現ユニバーサル)ホリプロ・ポリスターの許可が降りるかどうかが問題だったんだよね
そこを ソニーのスタッフの方達がほんとに一生懸命交渉をしてくれて こういう結果に結びついたんだ
まさか 
レコード会社の枠を超えてCDを出せるとも思って無かったので本当に心の底から嬉しかったし 
特にフォノグラムの時代の
シングルや「ひでとからあなたに」のアルバム曲がすべて収録されたというのも嬉しい
ここら辺の歌のCD化は無理と思ってたから・・・
 (ソロになってからのメジャーレーベルからの歌はすべて収録されてる)
昭和・平成・令和と作品を出せるなんて本当にありがたいことです 
頑固に新曲は出さないって言ってたけど こういうありがたいお話の時は 
ぜひ入れたいと思ってた作品だったから 
「淡雪の宿」と「ごめんよ」が世に出すことができて これも嬉しいかぎりどす

現在は ライブやディナーショーは自粛中だからライブ歌手のオレにとっては残念だけど みんなも大変な目にあってるんだから
ここはオレの踏ん張り時なんだろうね ただ希望は外出制限のある中でオレのCDを聞いて色んな時代のひでとをファンの
みなさんに楽しんでもらえれば本望です 
そして1日も早くイベント自粛が無くなって思いっきりみんなに生歌を聞いてもらいたいなぁ
GS・POP・炎歌・シャンソン・etc なんでもござれだ そんな日が来ることを心から願っている今日この頃です
みんなも 免疫力たかめて健康にしててね 
2020年 
1月
オックスから50年越えして 真木ひでとになってから45年目を迎えた2020年 早いものだねぇ 
この前ハタチになったたと思ってたのに アッというまだね人生は ほんに瞬きするまに
こんな年齢になっちまった 
で 来年が野口ヒデトソロデビューから50年 「仮面」は売れるかもなんて淡い期待をしてたけど 
まったくダメだったね
今 考えるとGSの奴が今更なんて雰囲気があったからしょうがなかったのかな?

この歌手人生の中で悔いがあるとすれば オックスのライブ盤かな? 
あのLPの中の童謡とかなんかを唄ってるのが
リアルを知らない人には妙な誤解を与えてるからね 
オックスは完璧なロックバンドだったんだけど あのLPを完結するために取ったやり方が
あれしかなかったからね 
レコード会社も機材を東京から持ち込んで張り切ってたからイヤですなんていえない雰囲気だったしさ
いつものように洋楽だけのステージをやってたら3曲くらいで中止だからね 
それかいきなり緞帳を下げられて警察官がステージにやってきて「やめろ 演奏!」だもんねぇ 
羽交い絞めにされて何度ブチ切れたことか (若気のいったりきたりです)

まぁ それが悔いといえば悔いなんだけど 田浦が加入した時にライブ盤を出しておけば 
後期のオックスがどんな洋楽を唄ってたかもわかってもらえたと思うんだけど・・・少ないよねぇ 
3年でアルバム2枚なんて 
サンケイホールのリサイタルはほとんどが洋楽だったし お客さんも満員でかなり熱狂的な感じだったんだよ 
だから こちらがホントのオックスなんだよなぁ

とは言うもののリーダーが最近の歌謡曲も歌おうなんて提案して「白い蝶のサンバ」とか
「夢は夜ひらく」なんてのを
メンバーがワンコーラスずつ歌ってたから やっぱ変なバンドなのかもね オレは嬉しかったけど・・・ 
ただ青春歌謡はダメだったね
45年当時 西郷さんの「真夏のあらし」やら「情熱」なんてのがヒットしてたけど これも却下だった

オレがさ なんで演歌なの?って皆さん口を揃えて言うけど ジュリーがPOPのKING 
ショーケンは俳優としてカッコたるものを作りあげてたじゃん
POPで失敗したオレに残された道は演歌 これしかないと思ってた
だから ホリプロにいた後期はホリプロスクールで歌謡曲の発声練習を毎日やってたんだよ
(これ初めて書くのかな?)
で 
命がけで全日本歌謡選手権の予選を受けに行ったんだよ 合格した時は嬉しかった 
これが真木ひでとになる原点だもんね そして審査員に山口先生や竜崎孝治さんがいたのも大きいね 
でも 最大の理解者は船村徹先生と西沢爽先生かな 厳しかったけど愛情あふれたコメントを毎回くれていた 
ただ オレが途中で慢心してたら途中で落とすつもりだったって聞いてゾッとしたけどね 
毎回 心の底から唄ってて良かった(これは再デビューした後に竜崎さんから聞いた話)
あれから 45年目です 自分でも信じられないけど 今後もオレなりの解釈の詩があなたがたの心に
インパクトを与えるよう唄っていくよ これがオレがこの世に生まれてきた使命だと思うから

最後に年頭からきな臭いことが世界で起こってるけど何事もなければいいね 
誰も得をしないことはわかってるはずだから
さぁ オレのポリシー「明日は明日の風が吹く」この気持ちで何事にも負けないで今年も頑張るよ
みんなもパワーをくれよ 古希を迎える昭和の乙女の王子様に そしたら頑張れるから 
王子様かぁ ホントはおじい様だろアハハ! 
みんな体調壊すなよ じゃまたね

                          
by hideto
12月 青春歌謡大好き人間のオレ 堺の中学の頃 同じクラスの友達が「すげえバンドがいる」って
聞かせてくれたのがザ・ビートルズの「抱きしめたい」 友達が興奮して「凄いだろこの歌」って騒いでいたけど 
今一ピンとこなかったオレの一言 「このバンドよりお前 やっぱ西郷輝彦だろ」
この言葉でワタクシの友達はポケッとしたお顔をなさっていたのを今も覚えてるよ

そりゃそうだよね 世界の音楽シーンを変えるバンドが出現して騒いでる友に
青春歌謡を語っても話はあわないよね
しかし 当時はオレは本気でそう思ってたからね 何でこんなにうるさい音が凄いんだなんて事
平気で思ってた 変わった少年だったのですよワタクシは・・・ 
それがバックボーンに入って「ロックも唄え」なんて言われて唄い始めたらはまったもんね ロックに!
特にストーンズだね ブライアンがいた時の荒削りなストーンズが好きだったなぁ 
ストーンズもシングルから聞いてたら歌ってなかったかもしれないね 
ライブアルバムから入ったのが良かったと思うんだ 
色々唄ってたよ アウトオブタイムとか結構マニアックなストーンズ作品を唄ってたね 
テルミーはその後くらいかな トロッグスやモンキーズも好きだった
もう これくらいになると日本語の歌は皆無だったね 

今になって 初めて友達が言ってたビートルズの凄さがわかるよ ジョンの声とポールの声の違いがわかるし
オレの一番好きなアルバムはリボルバーかな 後年のアルバムもいいけどね
あとカーペンターズもいいね カレンの声は素敵だね 癒されるもん
 
あの時「ロックも唄え」というのを拒否してたら どうなってたんだろうね 
そして横山ノックさんが移籍にOKしてくれなかったら
まぁ 人生ってこんな運にも支えられてるんだろうね オックスも最初7人編成だったのが 
東京に来るときは5人編成になってたしね 「女友達」というタイトルも「ガールフレンド」に変わったし
いい風が吹いてる時っていつもいい方向に導いてくれるんだろうね 
今後もいい風が吹いてくれる事を信じてるよ
来年は45周年だし GSBIG3を結成して10周年 ソロもGSも頑張るぞって気合が入ってる 
ステージのオレはたぶん 
たぶん たぶん(しつこいぞ ひでと)年齢を感じさせないパフォーマンスを
告知が出たら応援に来てくださいませ

                         BY hideto

11月   アンケートの回答を見てるうちに色々な事を思い出したことがあるんだ
バックボーンの頃・オックスの頃・野口ヒデトとして不安ながらも夢を抱いてデビューした頃・
思惑とは違いシングルが売れずに悩んだ頃・覚悟を決めて全日本に挑戦した時の頃・
恩師に真木ひでとという芸名をつけて貰って燃えてた頃の事 
そして再デビュー曲の「夢よもういちど」がオリコンのベストテンに入って 
ソロ歌手としてやっていく自信が出来た時のこと
これらが走馬灯のように頭の中を駆け巡った
 
オレの歌手人生って山あり谷ありだけど 真木ひでとになってからは 
順風満帆にこれたという気がしているよ 
CBSソニーというレコード会社のスタッフにも恵まれ
事務所からも大事にされて 45年間ソロ歌手として唄ってこれたんだ 
ホントに感謝しています

二十歳を超えると早いと聞いてたけど ほんにアッという間に50年を超えたんだね 

ソロとして 数曲はヒット曲が出せて子供の頃の夢を叶えた事は素直に嬉しい

オレって 制約をかけられるとダメな歌手なんだよなぁ
ナンイチの頃のようにひたすら夢に向かって唄ってる時
オックスで3人しかいない客席に向かってテルミーを唄って 
これがオックス・野口ヒデトなんだというパフォーマンスしてる時
何も考えないでステージをやってる時がオレが一番輝く時だと思う
アクションも その場でひらめいた動きをやってたもの
だから 振り付けなんて論外だけど 唯一の振り付けが
「ガールフレンド」 先生の方を見てやってたから
BOXを反対に覚えてしまったけどね

「仮面」という歌を出した頃が ソロになって一番最悪の時かな
というのも 解散と同時にオレの個性を知ってるスタッフが全員やめて
野口ヒデトの良いところを知ってる人達が誰もいなくなった
ショックだったね バンド時代の動きなんか全否定されたもの
事務所から動いて唄うななんて言われて・・・トホホだったねぇ
オレからアクション取ったらどうなんのよ

まあ「他に何がある」の時は好きにやってください
との事だったのでシャウトして唄いまくった
多少売れたけど全国的なヒットにはなんなかった
いい歌なのに残念だった!
(本当は 8番まで詩があったんだよ そこまで唄わないと意味がさっぱりわかんないからね)

 会社の意見で素直に言われるままにやるというのも
グループの一員から一人になったという不安もあったし
心の葛藤もあったから言うとおりにしたんだろうと思うけど
自分の個性は大事にしなきゃいけないと今更ながらに思うし
型にはめられないで自由にやるのが オレの一番良いところだもんね

だから 池袋ACBで 自分なりに良いところを探して色々な歌に挑戦してたんだと思う
(リアルタイムでオレのライブを見てた人はわかると思うけど)

今は 制約を受けずに色んな歌を唄えてるけど
一般の人達は TV等に露出してないと売れてないとか判断するらしいね

オレはライブ歌手 これがポリシー
何も考えないで ただ 皆の心に伝わる歌い方を目指してる
うまいにこしたことは無いけど 心に突き刺さるような歌唱じゃなきゃね
後は 年令を感じさせずに自信を持ってオンステージすること
それが オレの今の最大の目標

                        by hideto