SWEET SPIRITS 2
乙姫静香
 ほえー、すげぇ。
 俺は目の前にある建物のすごさに、思わず立ち止まり、見とれる。すると、尚也が微笑んで言った。
「なに呆けてるの?中はもっと綺麗だよ」
 もっと綺麗って、これ随分古い建物なんじゃないか?回りは一面、森というか山というかだし。たっかそう〜。いくら俺が身一つで来ていいって言われたからって、そりゃちょっとは払う気があるわけで。でも、こんなに由緒正しそうな旅館だなんて知らなかったから、そんな大金持ってきてないぞ。
「子規くん」
 歩き出した尚也に呼ばれて、俺は小走りに追いかける。
 そう、俺たちは今、温泉地に来ている。そりゃ、温泉に入りに来たんだけど、なんでバレンタインも近い真冬に男二人でこんな所に来ているかというと・・・。




HONEY☆HONEY



 ある秋の朝、俺は尚也の部屋で目を覚ました。
 ベッドの上に座り、目を擦る。脇に置いてある時計に目を落とし、俺は息を止めた。
 ん?
 もう一度、目を擦って時計を見直す。
 ・・・・・え?
 今日は、俺が修学旅行に旅立つ日。行き先は沖縄で、集合場所は羽田空港。そして、集合時間は9時であった。
 俺の家よりもこっちの方が羽田に近いし電車の接続も楽なので、荷物とともに俺は尚也の部屋に泊めてもらっていた。当然、昨晩はしっかり目覚し時計もセットして用意は万端。6時半に起きて、ゆっくり朝食を摂って、のんびりと電車に乗るはず・・・だったのに。
 おかしい。時計が一時間ずれて見える。疲れ目かな?いや・・・・やっぱり8時に見える。
 8時?俺、何時に家を出る予定だったっけ?
 ・・・・・・・・・・・8時。
「(ぎゃーーーーーーーーーー!!!!)」
 声にならないココロの叫び。俺は横ですやすやと眠っている尚也の肩をがっくんがっくんと揺らした。
「尚也っ!尚也起きて!!!ねぇっ!大変なんだってば」
「な・・な・・っなに??」
 突然の奇声に、尚也は目を丸くして辺りを見回す。それと同時に俺はベッドから飛び降り、そして転んでシコタマ額を打った。
「くっ・・・・う〜っ」
 じんわりと広がる痛みにもめげずに、俺は立ち上がり尚也を見る。尚也は目の前の俺の様子を、あっけに取られたように見ていた。
「どうしたの・・・子規くん?」
 まるで俺が病気かなんかのような尚也の言い方。俺は額を押さえて時計を指差し、しどろもどろに言った。
「時計っ!・・・時間っ!!俺、もう出てなくちゃ!!」
 尚也が眠たそうな瞳で時計を眺め、そして次の瞬間、めずらしいものを見るような目で俺を見た。
「随分ゆっくりなんだね。大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないよ!な・・な・・なんで時計鳴らなかったの??」
 今はそんなこと言ってる場合じゃないんだけど、どうしても言わずにはいられなかった言葉。すると、更に俺にとって不利な証言が飛び出した。
「え、鳴ってたよ。子規くん自分で止めてたじゃない。それで俺、子規くんはてっきり起きたものと」
「ええええ!?マジ!?」
 信じられない・・・ッツーか、信じたくない!!けど、今は本当にそんなことを言ってる場合じゃなくて・・・。
「と・・とにかく、9時までに羽田に行かないと、俺、修学旅行に行けなくなっちゃう!」
 俺は右往左往しながら、とりあえず着ていたシャツを脱いだ。着替えして顔洗って・・・。
「いっそのこと、行かないで俺と一緒に居るっていうのはどう?」
 ベッドの中からそんな俺の様子を眺めながら尚也が言った一言に、俺は険しい視線で返す。駄目っ!絶対に駄目っ!だって、この修学旅行で俺・・・。
 すると、尚也がちょっぴり残念そうに言った。
「分かりました。おとなしく待ってます」
「でも、このままじゃ本当に行けなくなっちゃう〜」
 泣き出しそうな気持ちで言う俺に、尚也はベッドから降り大きく伸びをした。なんか、一人で余裕じゃんこいつってば!!
「お願い尚也助けて!なんでもするから!!」
 その言葉に、伸びをしたまま尚也の動きが止まる。
 かくして、俺は尚也のバイクに乗って羽田を目指すことになったのだ。



 「じゃあ、行ってきます!」
「気をつけて」
 ヘルメットを尚也に手渡し、俺はバイクを飛び降りる。尚也の笑顔があまりにも眩しくて、俺は少しだけ自分の言った言葉を後悔した。
「帰ってくるの・・・首を長くして待ってるから」
 そして、もう一度尚也の微笑み。なんでもするって言ったけど・・・・何をさせるつもりなんだろう、こいつ。想像が及ばないだけに、怖いぞ。
「とりあえず向こうから電話するから、お土産考えといてよ」
「はいはい。ほら、行かないと間に合わなくなるよ」
「うん。ありがと!」
 なんだか嫌な予感もしたけど、俺はとりあえず考えないことにし、先を急いだ。




HONEY☆HONEY



 という訳で、帰ってきた俺に尚也が言ったこと。
 それは「バレンタインは一緒に温泉に行こうね」というものだった。
 半分安心、半分肩透かし。でも、俺はその肩透かし側の気持ちに喝を入れ、何を期待してたんだよ!!と突っ込んだりして・・・。なんつーか、尚也のペースに巻かれることを、気持ち良いと思ってる俺も、確かにいるみたいで・・・。
 で、今、旅館の中にいたりするのだった。
 部屋はとても綺麗で眺めも良く、思わず御満悦の笑顔を見せてしまう。宿泊代のことは気になったけど、もうチェックインしてしまった訳だし、ここは楽しんでおかないと損だなって気もするから、忘れることにしよう。
「じゃあ、早速入る?露天風呂あるけど」
「え!?露天風呂??入る入る!!」
 飲んでいたお茶を置いて、目を輝かせる。露天風呂なんて久しぶり。それにしても、俺ここでもやっぱり尚也と一緒に風呂に入ることになってるなぁ。ッツーか、絶対にこいつ、風呂に一緒に入るのが好きに違いない!
 尚也と二人、浴衣に着替え、タオルを手に風呂場へ向かう。
 あぁ、いいなぁ。行き交う仲居さんの姿に「温泉に来たなぁ」って感じを噛み締める。これで食事も美味しかったら、もう言うこと無し!
 露天風呂まで、下駄を履いて歩く。この感じもいいよな〜。最初、バレンタインになんで温泉?って思ったけど、こりゃいいわ。
「ね、尚也は温泉好きなの?」
「うん、好きだよ」
 そう言って微笑む尚也は、なんか妙に浴衣が似合っててビックリ。俺なんか腰周りが落着かないのにさ、でも、あんまりきっちり閉めるとバカボンみたいだし・・・。
「浴衣似合うな、尚也」
 ジャリジャリと玉石を踏んで歩く。話すたびに息が白く煙った。
「好きだからね」
 両手を袂に入れてる姿も、妙に様になってる。日本舞踊でもやってそうだぞ、尚也。
「へぇ、知らなかった」
 俺は素直に感心する。やっぱり、ある程度ガタイが良くないと似合わないんだろうな。俺なんか、肩落ちちゃってるし。・・・と、尚也を見ながら久しぶりに「カッコイイナァ」なんて思ってしまっていたその時だった。
「脱がせ易いからね」
 ・・・・・・・・・・へ?
 ちょ・・・ちょっと、脱ぎ易いからねじゃなくて、脱がせ易いからねって・・・・。おいおい、なんだよ俺、素直に感心してたのが馬鹿みたいじゃないか。
 やばい。やっぱりただの温泉旅行じゃすまないぞ、これ。浴衣姿にするための陰謀じゃねぇか。よからぬ妄想を、秋からこの日まで抱き続けてたってことか??で・・でも、その間だって、しっかりちゃっかり・・・やってんじゃんよ。何を・・・今更。
 俺は変なことを思い出してしまい、一人で顔を赤くする。あ〜〜俺ったら、馬鹿!馬鹿!
そんなことを考えているうちにも、俺たちは露天風呂につき、脱衣所で浴衣を脱ぐ。中にも、他に人はいないようである。それって、ちょっとやばくない?
 しかし、そんな俺の不安も、露天風呂に入った瞬間に忘れられる。予想通りに誰もいなくって、貸し切り状態の風呂は、本当に広々としていた。遠くに見える山の景色も美しく、心の洗濯って感じがするし。ちょっと熱めのお湯も、身体にじんわりと染み込んでいくよ〜!!
「気持ち良いな〜〜〜っ!!」
 思わず手脚を伸ばして、犬掻きで泳いでみたりして。尚也はそんな俺を、面白そうに眺めていた。
「このお風呂って、夜もやってるのかな?」
 今はまだ真っ昼間。夜は夜で、綺麗なんじゃないかな?
「ここは掃除の時間以外はいつでも入れるはずだよ。夜にまた来る?」
「うんっ!」
 と、すっかり露天風呂に魅せられた俺は無邪気に答えた。




HONEY☆HONEY



 でもって、お約束の卓球をしたり、美味しいご飯を食べたりしてる間に、俺は尚也がしてるであろう企みのことなんかすっかり忘れてしまい、仲居さんが敷いてくれた布団に倒れ込んで寝ていた。だって、尚也がどこかに行ったまま帰ってこないから・・・。
 そして、俺が目を覚ましたのは、気が付かぬ間に空気が冷えきった深夜のことだった。
「・・・・・ん・・・・」
 重たい瞼を持ち上げて、薄暗い部屋の中を見まわす。半身を起こすと、窓辺の椅子に座っていた尚也と目が合った。
「ごめん、俺・・・寝ちゃったね」
「今日は朝が早かったからね。いいよ、寝てても」
 窓から見える夜景を楽しみながら、尚也は透明のグラスを傾けている。傍らに置いてある日本酒らしき瓶は、おそらく尚也が姿を消した時に買ったものだろう。俺は布団を出て、尚也の傍に行った。
「何飲んでるの?」
「こっちにしか売ってない地酒だよ。子規くんも飲む?」
 傍らに立つ俺の腰を抱いて、尚也が俺を見上げる。俺は、そんな尚也の肩に手を回して答えた。
「俺に、飲めるようなの?」
 酒は嫌いじゃないけど、あんまり辛口な酒はまだそこまで美味しいと思わない。尚也は結構辛口の酒が好きみたいだから、俺は聞いてみた。
「そうだね、すっきりした味してるよ」
「ふぅん」
 俺は呟いて、尚也のグラスを取る。ちょっと匂いを嗅いで確認。確かに、あんまり匂いもきつくないような気がする。舌を出して、表面を少し撫でる。うん。飲めなさそうではないな。
 グラスを傾けて、少し口に含んでみる。甘いような、水のような、それでいて喉の奥をとろりと撫でるような感触を残して、それは俺の胃に届く。胃が少し、熱くなってきた。
「どう?」
「うん。美味しいかも」
 う。でも・・・・。俺、あんまり日本酒飲んだこと無いから分からないけど、なんか・・・回るのが早いような気がする。大丈夫か?
「じゃあ、あっちに行こう。ここの椅子、一人がけしかないからね」
 尚也に促されて畳の上に戻る。グラスをもうひとつだして、尚也がそれにも酒を入れた。座布団の上に座る俺に、そのグラスを渡す。
「はい、乾杯」
 そう言ってグラスを合わせた瞬間、俺は何かに気が付いた。考えてみると、俺ってばバレンタインなのに何も用意してなかったんじゃあ・・・?
 とりあえず、酒を口に運んでゆっくりと飲んでみる。酒が回りだした証拠なのかなんなのか、さっきよりも美味しいような気がした。
「・・・どうしたの?やっぱり、眠い?」
 畳を見つめたまま虚ろに酒を飲んでいる俺に、尚也が声をかける。俺は視線を尚也に戻し、静かに言った。
「ううん、そうじゃなくて。なんか・・・すごーく気持ちが良いっていうか・・・」
「もう酔った・・・ってこと?」
 少し驚いたように尚也が返す。俺はそれにも首を横に振ると、言葉を探しながら返した。
「ううん。美味しいもの食べて、気持ちのいいお風呂に入って、温かいお布団で寝て、で、目が覚めたら・・・美味しいお酒があって、尚也がいるの。ね、気持ち良いよね?」
 ほわ〜んとした良い気分に、微笑んで尚也を見返す。尚也はそんな俺の頭を撫でて言った。
「そんな顔されると、俺としてはちょっと困るんだけどね」
「・・・・・なんで?」
 困ったように笑う尚也。俺は、本当にその表情の意味が分からずに、首を傾げた。
「なんで・・・って言われるのも、困るかな」
 やっぱり尚也は答えてくれない。もう、なんだよ〜。俺は尚也ににじり寄って、尚也の肩にぺたっと顔をくっつけた。
「いっつもそんなんばっかり!」
 そう言う俺にも、尚也は微笑むだけ。だから俺は続けて言った。
「でも、教えてくれないんなら、俺にだって考えがあるんだからな」
「考え?」
 興味深そうに、尚也が俺の顔を覗き込む。俺は間近に尚也の顔を見ながら、瞬きで肯いた。
「なに?考えって」
 尚也は楽しそうに笑って、俺のことを見ている。俺はそんな尚也の方に顔を寄せ、その頬にそっとくちづけた。
「・・・・・教えてくれなくちゃ、もうこれ以上してあげない」
 尚也は俺の取った行動に、一瞬目を丸くして俺を見る。俺はそこまで尚也が驚くと思わなかったから、なんか間が持たなくなって、尚也のグラスを奪って酒を飲んだ。した後になって、急に恥ずかしさがこみ上げてくる。俺ってば、なんつーことを・・・・。くはっ!
「な・・・なんか言ってよ」
 口唇を突き出して、尚也を上目遣いに見る。なんだろう、酒が回ってきてるのかな?妙に熱いし、妙に・・・・どきどきするし・・・。
「それは、本当に困るな」
 尚也がクスッと笑って、俺の身体を抱き寄せる。そのまま尚也の顔が近づいてきたから、俺は慌てて自分の口に手をあてて返した。
「だ、だめっ。教えてくれなくちゃ」
 尚也の額が俺の額に重ねられる。尚也のたれ目が至近距離に来て、尚也が言った。
「子規くんがあまりにも無邪気に楽しんでるから、イケナイことをしようにも躊躇するでしょ。でも、そういう時に限って、子規くんの方からこっちの理性の箍を外しにかかるから。だから、困るんだ」
「なに、イケナイことって?」
 俺の口を被う手を、そっと尚也がどかす。な、な、なに?俺が何したっていうんだよ。それに、イケナイことって・・・。
「さぁ、どういうことかな?」
 どういうことかなって・・・そんなこと言いながら、なんか俺の浴衣の上に着てるのを脱がしてる気がするんだけど。ちょっと尚也ってば。
「で、『これ以上してあげない』って言ったけど、質問には答えたよね?」
「う・・・うん」
 な・・なんか、座布団の方から、じりじりと布団の方に移動してる気がするんですけど、これって・・・これって。
「じゃあ、あれ以上のこと・・・してくれるんだよね?」
 げっ!・・・いや、俺ってば、そこまで深く考えていった訳じゃないんだけど。ど・・どうしよう。
「え・・あ・・・うん・・・」
 俺は曖昧に答えながら、布団の上でなんとなく正座。浴衣一枚なもんだから、ちょっと寒いなと思った。
「じゃあ。尚也、目ぇ閉じて」
 にこっと笑った後に、尚也が目を閉じる。俺は少しだけ腰を上げて、そんな尚也の口唇に、自分の口唇を重ねた。きゅっと押し付けて、それからそっと離す。
「・・・・・・・はいっ。これで、いいっしょ」
 くわ〜っ!恥ずかしいったらありゃしねぇ!あんなこと言った自分をめっちゃ後悔!!!俺は脇の布団をバンバンと叩きたい気持ちをグッと押さえて、正座をしなおした。
「じゃあ、お返しをしようかな」
 柔らかい笑顔で返してくる尚也。でも、お返し?なんか・・・嫌な予感なんだけど・・・。
 尚也は俺の髪に手を差し入れると、俺の耳たぶをそっと噛む。ぞくっと駆け上がるような感覚に、俺は思わずぎゅっと目を閉じた。
「んっ・・・」
 その間にも、俺の膝を割って入り込んでくる尚也の脚。浴衣の裾が乱れて、太腿まで露になった。
「ちょっ・・・尚也・・っ」
 身体を倒されそうになって、思わずストップをかける。だってなんか、尚也の部屋でするのと違うんだもの。
「なに?」
「あ・・のさ。電気、消さない?」
「電気?」
 俺の言葉に、尚也が部屋の電気を見上げる。いまは丁度豆電球だけが点いてるんだけど、なんだかすごく明るく感じる。おまけに、窓の外も妙に明るい気がして・・・。
「あれ?」
 俺の視線をたどって窓に目を向けた尚也が、声を上げて布団から出る。開いた障子の向こうを見た尚也は、俺を振り返って手招きした。
「子規くん、来てごらん」
「なに?」
 乱れた裾を直すことも忘れて、俺は尚也に並んで外を見る。すると、何時の間にか降り出した雪が、暗い森の中に白い飾りをつけ始めていた。
「どうりで冷えてきたと思った」
 呟いて、尚也が部屋の中に戻る。俺は窓辺に立ったまま、色を変えはじめた景色を眺めていた。
 ふと、肩に感じる温かい感触。振り返ると、尚也が俺の肩に上着をかけてくれている。部屋の電気は、消されていた。
「ありがと」
「・・・積もるかな?」
 遠くの景色を覗き込むように眺め、尚也が呟く。俺は尚也の視線の先を見るように、ガラスに顔を近づけた。窓が、俺の息で白く煙る。
「積もったら、綺麗だろうね」
「雪見の露天風呂っていうのもなかなか」
「それいいっ!!」
 尚也の言葉に、心が躍る。次の言葉を紡ごうと俺が振り返ると、ちょうど何かを言おうとして俺を見下ろしていた尚也と目が合った。
「・・・・・・・なに?尚也」
「子規くんこそ。・・・・なに?」
「いいよ、尚也から言ってよ」
「いいよ、子規くんから言って」
 そして、再び訪れる沈黙。俺たちはしばらく無言で見つめあい。そして、どちらからともなく静かに目を閉じた。
「・・・っ・・」
 そっと触れ合う口唇の間から入り込んでくる熱い舌に、首を捻って応える。少し無理のある体勢に、俺はよろめいて窓に手を付いた。
「っ・・・・ん」
 首筋をなぶる尚也の口唇に、途切れる吐息。脇腹を這うように下へと降りていく尚也の指に、無意識に逃げてしまう身体。俺は薄く目を開けると、そこに尚也の顔を探した。
「・・・寒くない?」
 尚也の言葉に、微笑んで肯く。でも、やっぱりまだ、こういうことの最中に顔を見るのが恥ずかしい。俺は目のやり場に困って視線をさげた。
「んっ・・・」
 立ったまま、尚也の手が浴衣の中に入ってくる。尚也の冷たい指が胸のそれに触れて、ピクリと跳ねる身体。その間にも尚也の片手は前から浴衣の裾を割って俺のそれに触れた。
「あっ・・・・や・・」
 両手を窓に付いて、片膝を窓枠に乗せる。冷えかけた俺の肌に触れる尚也の冷たい手が、徐々に熱を呼び起こす。はだけた浴衣からのぞく肩を、尚也の舌が這った。
「っ・・・・っ・・・」
 それに絶え間無く与えられる刺激に、俺の膝がガクガクと震える。漏れそうになる声をこらえていると、それを察したらしい尚也が耳元で囁いた。
「周りの部屋・・・いないみたいだから、大丈夫だよ」
 そう言いながら、わざと声を出させるように俺の感じ易い部分を刺激してくる。俺は冷えた窓を白く煙らせながら、熱い吐息を漏らした。
「んあっ・・・・あんっ・・・・」
 片手でそれを刺激しながら、もう片方の手が後ろに回される。背中で感じる尚也の鼓動につられるように、俺の鼓動も徐々に早くなった。
 尚也の指は、後ろの息衝きだけを確認するように表面を撫で、再び前に戻される。両手で前を刺激され、あまりの気持ち良さに俺はきつく目をつぶった。
「あっ・・ん、尚・・也っ・・・・。も、だめ・・・っ」
 俺の言葉に、尚也の手の動きが早まる。俺は上り詰めそうになる自分に待ったをかけ、尚也の腕を握った。
「ま・・待って・・っ・・・・。ここじゃ・・・・」
 いくらなんでも恥ずかしすぎて、顔から火が出そうになる。なんだか、今日の尚也はいつもにもまして容赦がない。
「やだ?」
 尚也の問いかけに、ただ肯く。すると、尚也が俺の身体を持ち上げて、布団の上に運んでくれた。
「これでいい?」
 その問いにも、肯きで答える。すると、息をつく間も与えずに、尚也が俺の浴衣の裾を割って、顔を埋めた。
「やっ・・・・あっ・・」
 突然触れた尚也の熱い舌に、俺の身体が跳ねる。ぬるっとした柔らかさが、妙な快感を下半身に伝えた。
「や・・だっ・・・。だから・・・もうっ・・・」
 ヤバイって言ってるのに、視界の下の方でうごめいている尚也の頭。口唇と舌、そして時折わざと歯で軽く噛まれたりして、脳の奥がジンジンと痺れる。寒さなんかすでにどこかへ消えていた。
「だめっ・・・あっん・・・なお・・・っ・・んっっ」
 きつく目を閉じて、そして、下半身に感じる甘美な痙攣。折り曲げた膝の裏を、汗の雫が伝った。
「っあ・・・・・はあっ・・・・・」
 尚也の肩を掴んでいた手から、力が抜ける。小刻みに胸を上下させ、繰り返す激しい呼吸。睡魔のように襲ってくる、解放のあとのけだるい感覚に、俺はうっすらと目を開ける。すると尚也が、前で結ばれたままだった俺の浴衣の帯を解いた。
「寒かったら、言ってね」
 自分がこんなに熱くさせてるくせに、尚也はそう言って微笑む。俺はなんだか無性に恥ずかしくなって、口唇を尖らせた。
「なんか・・・俺ばっかり。ずるいよ」
 すると自分で浴衣を脱いで前をはだけた尚也が、無言で目を丸くする。
「じゃあ、子規くんも・・・?」
 布団に置いていた俺の手を、尚也の大きな手が掴む。俺は興味ととまどいの入り交じった気持ちで、その手がゆっくりと、尚也のそれに押し付けられるのを見ていた。
 既に固くなっているそれに触れた瞬間、ピクッと強張る俺の手。戸惑う俺の目が尚也を見ると、尚也がいつもより少し大人びた笑顔で言った。
「触る?」
 ・・・・って言われてもさ。下着の上から触ってるだけで、俺の心臓・・・口から零れそうなんだけど。でも、尚也・・・して欲しいのかな?そりゃ、触ってもらった方が気持ち良いに決まってる。だけどさ・・・、マジ?でも、尚也のその余裕の笑顔が、ちょっとくやしい。
「尚也・・・は、して・・・・欲しい?」
 たどたどしく紡ぐ言葉。身体を半分起こした状態で、俺はゆっくりと下着の上から尚也のそれの形を指でなぞった。
「子規くんが、嫌じゃないなら」
 尚也は、ぎこちない手つきで尚也のそれをたどる俺を、いとおしそうに見つめている。尚也のその言葉に、尚也のボクサーパンツの前を割って、中に指を滑りこませた。
 うわっ。・・・・なんつーか・・・・自分の触るのと全然違う。ヤバッ。
「子規くん、顔真っ赤」
 たどたどしく続ける愛撫。俺の顔に添えられる尚也の手。尚也の手をそこまで冷たく感じるってことは、きっと俺の顔がすごく熱くなってるってことだよな。っで・・でもっ、なんつーか、目で見えないものを触るのって・・・妙に、想像しちゃうっていうか。
 熱かったり、固かったり、脈打ってたりするのが分かるッツーか。うわっ・・・だめ。恥ずかしくって、涙が滲んできた。
「・・・・大丈夫?」
 尚也の両手が俺の頬に添えられて、そのまま熱くなった頬に感じる尚也の口唇。どうしよう。俺、すっげー興奮してるかも。もしかしたら、すっげーヤラシイ顔してるかもしれないし。こんな顔、尚也に見られてるっていうのも、相当恥ずかしい。
「んあっ・・・」
 すると、再び俺のそれを触れてくる尚也の指。そんなことされる前から、すでに元気を取り戻してきていたそれに、ヤバイ刺激をくれる。だめっ・・・さっきよりも、感じ易くなってるんだってば・・・。
「子規くん・・・・こっちにおいで」
 尚也のそれに触れていた手を捕まれて、身体を引き寄せられる。そのまま尚也の身体にまたがるような格好で、俺は尚也を見下ろした。
「そのまま、ゆっくり腰をおろして」
 俺の後ろをほぐしながら、俺を見上げる尚也。俺は言われるままに、尚也の上にゆっくりと腰を下ろしていく。
「っ・・・・あ・・・・・はっ・・・」
 内蔵を圧迫するような、侵入感に目を閉じてこらえる。尚也に捕まれたままの手がそのまま尚也の肩の上に置かれた。
「・・・っ・・・・・大丈夫・・?」
 背中に回される尚也の腕。繋がったまま柔らかく抱きしめられ、俺は尚也の首に腕を回した。
「んっ・・・・平・・気・・・っ・・・」
 異物感に引きつる内股。俺が答えると、尚也は俺の胸に舌を這わせ始める。手が、二人の間に挟まれてる俺のそれに触れた。
「っ・・・・やっ・・・」
 触られて感じる度に、中の尚也を締め付けてるのが分かる。それが恥ずかしくて身体をよじると、尚也の吐息が少し乱れた。
「っ・・子規くん・・・・ちょっと、締め過ぎ・・・っ」
「そ・・・んなっ・・・・」
 そんなことを言われても、意識してやってるわけじゃないし。大体尚也が、入れたまんまそんなもんいじくってるのがいけない訳で。俺は、ただしがみつくように尚也の肩口に顔を埋めた。
「じゃあ・・・動くよ・・・っ」
 言って、尚也が俺の身体を突き上げ始める。やっぱりなんかいつもと違う。こんな格好でしたことないからかな。いつもよりも、深く入ってくる気がするし。
「んあっ・・・・あっ・・・・は・・っ・・・」
 頭の中まで痺れる感じ。尚也はしがみつく俺を見て、またもや余裕の笑みを見せた。
「んんっ・・・な・・・にっ・・・?」
 漏れる声の合間に、俺は尚也に問い掛ける。すると尚也は、動きを止めぬままに答えた。もちろん、俺の前をいじる手も止めぬまま。
「子規くんが・・・っ、耳元で声あげてるのが、なんとも・・・・っ・・・刺激的」
 瞬時にして、俺の顔はまた火が出そうなほどに赤くなる。でも、そこで理性で返すほど、俺は通常の思考回路を保てない。結局尚也の肩にしがみついたまま、漏れる声を止められようもない。
「っあ・・・んっ・・・・・はぁ・・・・んっ・・」
 尚也はそのまま俺の身体を布団に横たえ、俺の上にのしかかる。尚也の汗が、俺の胸の上に落ちた。
「なんかっ・・・今日の子規くん・・・・・すごい・・・」
「んなの・・・っ・・・・」
 だから分かんないってば。俺にしてみると、尚也の方が・・・なんか違うし。
 尚也は繋がったまま少し息をつき、再び動き出す。俺のそれから零れてるモノが、尚也の手で伸ばされてってる。だからそれが余計に・・・感じ易くさせるんだってば。
「あっ・・・・っ・・・・」
 もう、何も考えられない。気持ち良さが理性を支配して、身体がほどけていくだけ。俺の身体の中にある熱いものも、溶けてひとつになっていくような・・・。
「あんっ・・・・尚・・也・・・・っ・・・あっ・・」
 足の指先まで痺れてる。加速をつけた感覚。幾度も深く入り込んでくる尚也の動きも、徐々に早くなって・・・。
「も・・・だめっ・・・・尚っ・・・・早・・・く・・っ・・・・あっ・・・」
 俺の言葉に、尚也が顔を寄せてくる。触れる口唇、絡める舌。
 あぁ、俺ってば・・・・・やっぱり尚也のこと、好きだなぁ。
 そう思った時に、今までで一番大きな波が、弾けたような気がした。



 布団の中から裸の腕をのばして、尚也が畳に置いたグラスを掴む。俺は枕に顎を乗せて、そんな様子を眺める。寒いので、布団にぴっちりとくるまったまま。
 雪はしっかりと積もったようだ。空が暗い割に地面が明るく見えるから、きっとそうだ。
「それ、まだお酒?」
「ううん。これはお茶の冷えたの。さっき湯飲みから移した」
「俺にも頂戴」
「どうぞ」
 尚也に差し出され、グラスを受け取る。うーん、やっぱり冷えてもお茶が美味い。
「ありがと」
 グラスを返して、俺はまた布団の中に腕を戻す。4月生まれの俺は、寒さは本当に駄目なんだってば。
「もう飲まないの?めずらしいね」
 尚也がそういうのも分かる。いつも俺ってば、お茶ばっかり飲んでるからな。
「だって、腕が寒いんだもん」
 グラスを持つためには布団から手を出さなくちゃいけないんだもの。おまけに、俺・・・というか、俺たち、まだ裸だし。
「ふぅん。じゃあ、はい」
 尚也が俺の顔の前にグラスを持ってくる。
「飲ませてあげる」
 なんというか、尚也は「飲ませてあげる」ということが面白いらしく、ニコニコと笑ってる。俺は、そんな尚也を不思議そうに見ながら、枕から少し顔をあげた。
「ありがと」
 なんか母鳥からご飯を貰う小鳥みたいだぞ。変なの。
「雪、積もったね」
「な!帰る前に、もっかい風呂に行こうな!」
 俺の気持ちは雪見の露天風呂に向かっている。いやぁ、極楽極楽。まぁ、こうして布団の中にいるのも極楽・・・なんだけどさ。
「でも、今度はどこか温かい所に行こうよ」
「温かいところ?」
 そう。だって俺、そのために絶対修学旅行は外せなかったんだもん。
「修学旅行の沖縄も楽しかったし。そうだよ、今度沖縄行こうよ」
「どうしたの?突然」
 布団の中で足をバタバタしながら興奮してる俺を、尚也は不思議そうに見てる。だから、俺は枕を抱えて言った。
「果花姉さんに聞いたんだ。尚也、ダイビング好きなのに、あれから全然してないって・・・」
 尚也は少し驚いたように俺を見て、寝返りをうつ。仰向けになった尚也に、俺は続けて言った。
「だから俺、修学旅行で取ったんだ〜」
 うふふふ。今日の今日まで内緒にしていた事実。やっと言うことが出来て、めっちゃ嬉しいじゃん!!
「取ったって・・・まさか・・・?」
「うん!Cカード!!これで俺も尚也と一緒に潜れるよ!」
 尚也はぽかーんと、驚いた顔で俺のことを見ている。そりゃそうだろ。俺だって、修学旅行で取れるとは思わなかったんだから。持つべきものは、変なことを提案してくれるクラスメートというものだ。
「修学旅行で取れるの?」
「うん。学科はこっちで終わってたんだ。で、海洋実習を向こうで受けて・・・。どうしても取りたいって言ってる奴がいて、学校側に交渉したらオッケーが出たからさ。取りたい奴で班作って、自由行動の日をそれに当てたんだ。すごいっしょ」
「うん、すごい」
 尚也は素直に感心したのか、俺のことをじっと見ている。そこまで驚いてくれると、俺も我慢した甲斐があるってもんでしょ。ふふふ。
 だって、実は俺も潜ってみたかったんだもん。そりゃ、尚也にはヤマトくんのこととかあって、潜るとそういうこととかも思い出すのかもしれないけど。好きなんだったら、もったいないじゃん。ダイビング、したいんならさ。
「だから、もう俺、バディになれるよ。ッツー訳で、今度は潜りに行こうよ。俺は、これから器材買わないと駄目だけどさ」
「お下がりで良ければ、俺や花姉の使ってたのがあるけど」
「え?マジ?サイズとか合うのなら、とりあえず贅沢は言わない!申請料とかで、思ったよりも金かかったからな〜」
 貯金が風前の灯火なので、それは嬉しい申し出!俺はまたバタバタと足をばたつかせて喜んだ。
「それにしても・・・・」
 尚也は呆れたように天井を見上げている。俺は顔を横にしてそんな尚也を見、言った。
「どうしたの?」
「ん?」
 すると尚也は、目を丸くしている俺を抱き寄せる。尚也の顔が近づいたところで、尚也が嬉しそうに返した。
「どこまで可愛くなるのかなぁと思って」
 そして、額をこつんと合わせる。だ・・・だ・・・だから、そういうのは恥ずかしいんだってば!!
「へ・・・へ・・変なこというなよ!こんな、第二次成長終えてる男つかまえて、可愛いとかなんとかっ!」
「だーって、可愛いんだから。しょうがないでしょ」
 尚也は楽しそうに反論しながら、俺の額にくちづけてくる。俺はそんな尚也の口唇から逃れるように、布団に潜りながら叫んだ。
「可愛い言うな!」
「可愛い」
「可愛くないってば!」
「可愛いよ」
 潜る俺、追いかける尚也。布団の中でもぞもぞとそんなことをしながら、俺はいつしか再び抱きしめられている。
「ほら、可愛い」
 尚也が呟き、俺はもはや反論することも出来ずに口唇を尖らせた。
 ほら、結局は尚也のペース。俺のこと甘やかして、大変なんだから。自覚してる?
 でもさ、だから、あんまり俺を助長させるなってば。その気に・・・・なっちゃうんだからさ。
 寒さも、忘れるくらいにさ。
 それから、朝が来るまで尚也のしたいようになってしまい、睡眠不足のまま朝風呂を楽しんだ。
 帰りの電車では、お互い爆睡だったけどさ。


 そんな、バレンタインデー。


<ちょっぴり用語解説>
Cカード=ダイビングのライセンスのこと。これがないとタンクとか貸してくれないのです。
バディ=ダイビングの相棒のこと。ダイビングは二人一組でするものなので、一人では潜れません。
まぁ、大きなクラブとかで一緒に潜る時は見知らぬ人とでも適当に組まされちゃうんですけどね。
でもやっぱり気心知れた友達とかの方が安心ですし。だから夫婦でダイバーとかいうのも多いわけですね。

<戻る>

表の19999番ゲットのよどみさまリク、「子規と尚也のえっちもの」です。
丁度バレンタインだったので、それも合わせて企画物(笑)。
なんつーか、この二人を書くと自動的に長くなるということに気付きました。
二人して、結構しゃべるからかな。おしゃべりコミュニケーションの
ちゃんと出来ている二人です(笑)。長続きすることでしょう。