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乙姫静香

◇第二十七話◇



「誘う男」



 最近、大澤の環境がちょっと変わりつつある。
 それというのもこれというのも、一ノ蔵を呼び出して一杯飲もうかという話になると、なぜだかくっついてくる目の前の男の所為だ。
「よ。もう飲んでんのか?」
 しかも、今日に至っては一ノ蔵抜きで、先にやってくる。ネクタイもせず、サラリーマンらしかぬデザインシャツ姿で煙草に火をつける姿を見て、思わず大澤は言った。
「おい、裕次郎」
「あん?」
 咥え煙草でウェイターを呼びながら、視線は大澤に投げる。そして、大澤の目の前に置いてある飲みかけのビールに視線を落とすと、裕次郎が口の煙草を灰皿に置いた。
「どうする?次頼むか?」
「いや、珠ちゃんが来てからでいいわ」
「ふぅ〜ん」
 どういう意味だか、そんな声をあげて裕次郎は自分の分のバーボンを頼む。いきなりバーボンかい!と大澤が思うと、その気持ちを察したのか、裕次郎が灰皿の煙草を再び口に戻して言った。
「家で飲んでる最中だったからな」
「家で飲んでたのに、わざわざ出てきたのか?」
 かったり〜だろうに、という意味で大澤は言う。すると裕次郎はそれをどう取ったのか、にやりと笑って返した。
「そうそう。わざわざ」
 一ノ蔵と同じ造りの顔のはずなのに、見せる表情は別のもの。面白いもんだなと思いながら、大澤が自分の煙草に火をつけると、ウェイターが裕次郎のバーボンを持ってきた。
「はい、お疲れさん」
 と、とりあえずカチリとグラスを合わせ、お互いにグラスを傾ける。なにに疲れているというわけでもなかったが、なんとなくそれが習慣だった。
「で、芳之」
 相変わらず呼び捨てにされている大澤。しばらくなんとも言えない違和感が漂っていたが、最近では大澤も気にならなくなってきていた。慣れとは恐ろしい。
「なんだよ」
「さっき、なんか言いかけただろう?なんだ?」
「あぁ」
 そのことか、と大澤はビールを一口飲む。グラスを置くと、大澤は自分の向かいに座る裕次郎をマジマジと見つめて言った。
「お前さ、仕事なにしてんだ?」
 実は、いままで一度もその話になったことがない。弟の一ノ蔵からも聞いたことがなかったし、予想もつかなかった。
「なんだと思う?」
 質問に質問で返される。大澤は裕次郎を見つめたまま、しばらくじっと考え込んだ。
 どうやら、月曜から金曜は働いているらしいことが分かる。しかし、夜の飲み会には結構の割合で参加しているような気もする。となると、残業があまり無い仕事?で、住んでる場所は表参道なのだから、都内に職場があるってこと・・・か?
 でも職種となると、全く想像もつかない。なにをしてるとも言わないし、仕事に関連してそうな話題もなかったような気がするし・・・。
「サラリーマン・・・じゃ、ないよなぁ・・・?」
「ほほう。なるほど」
 裕次郎は、大澤がちゃんと真剣に考えていることが面白いらしい。肯定するでも否定するでもなく、煙草を吸いながら話を聞いていた。
「時間が不規則な仕事でもないような気がするし・・・」
「ふ〜ん、それで?」
 裕次郎のグラスの中で、ロックアイスが揺れる。グラスを持って、慣れた手つきでクルリと氷を回すと、喉を潤すようにグラスを傾けた。
「そこそこ人に会う仕事・・・だよな?」
「なんでそう思う?」
 眉を上げて大澤をみる裕次郎。大澤は半開きの目で、しらっと答えた。
「そうでもなけりゃ、とっかえひっかえは出来ねぇだろ」
 まるで見てきたかのような言いぶりに、裕次郎は否定もせずに笑う。まぁ、間違ってはいないのだし。
「しかも、若いのが好きなんだろ?犯罪じゃねぇか」
 呆れたように言って、大澤が自分のビールを飲み干す。そういう自分もジョーとホテルに行ったのだから、実はそこまで言える立場でもないのだが。
「そうだな〜。とりあえず年下じゃないとダメだってのは当たってるな。そういう芳之だってそうなんだろ?」
「俺は別に、そこまで歳にはこだわんねぇぞ。気に入れば、ハタチだって四十だってオッケー」
 それは大澤の本音。決め手は歳よりもフィーリング。尊敬できたり、一緒に居て楽しかったりすることに歳は関係ないと思っていた。
「お前だって、単なる食わず嫌いってだけで、試してみたら実は案外良かったりするかもしれないぞ」
 茶化すように言う大澤に、裕次郎は、そんなもんかねぇと顔で語る。しかし、なにかを思いなおしたかのように真剣な顔をすると、机を指先で軽く叩いて言った。
「そういやあるぞ、年上。しかも、何回かある。でも、あんまりいい思い出はねぇなぁ」
「たまたま外れたんじゃないのか?そもそもお前、ちゃんと付き合ったことあんのかよ?その場限りじゃなくて、一定期間以上マンツーマンの関係を保ったことが!」
 もはや、当初の質問はどこかへ行ってしまったらしい。大澤は裕次郎の職業を聞いていたことも忘れて、恋愛談義に花を咲かせていた。
「そりゃあるに決まってるだろ。安全性を考えても、それがベストだしな」
 ふ〜ん、一応そんなことも考えてるのか・・・と大澤はちょっとだけ感心する。単に、裕次郎を相当な節操無しと思っていたからなのだが・・・。
「ふ〜ん、お前でも、そんなこと考えてんだな〜」
 かなり失礼な言い方である。しかし、裕次郎にはそのくらい本音で話しても大丈夫だと大澤は思っていた。
「考えるだけはな。ただ、来るものは拒まない主義なんだ」
 なんだそりゃ?自分はモテるっていいたいのか?と大澤は眉間に皺を寄せる。ビールを飲もうと手を伸ばしたが、グラスは空だった。
 時計を見ると、それなりの時間が経っている。一ノ蔵はまだかなと思ったとき、店の中に入ってくるスーツ姿が視界の端をかすめた。
「あ、珠ちゃんが来たぞ」
 店の中を見回す一ノ蔵に、大澤が手を振って合図する。一ノ蔵は大澤と裕次郎の姿を見つけると、ウェイターに一言断り、笑顔で歩いてきた。
「すみません、仕事が長引いちゃって」
「お前があんまり来ないから、芳之とこのままホテルにでも行こうかって話してたんだぞ」
 裕次郎の口から出る真顔の冗談に、大澤も笑顔で続ける。
「そうそう、ちょっとそこらで二時間行っとくかってな」
「ははは。いっそのこと俺、来ない方が良かったかな?」
 一ノ蔵も、冗談と承知で笑いながら返す。鞄を置いてジャケットを脱ぐと、一ノ蔵が席につかないままに言った。
「ちょっと先に手洗ってきます。生、頼んどいてもらえますか?」
 そして、一ノ蔵が店の奥に消えていく。大澤はウェイターを呼ぶと、ビールを二つ頼み、裕次郎を笑顔で見た。
「どうした?」
 ニヤニヤと笑い続ける大澤に、裕次郎が眉を上げる。大澤は新しい煙草を取り出すと、笑い声まじりで返した。
「いや、結構すごいビジュアルだなと思って・・・」
「・・・なにがだ?」
 想像すればするほど、面白くてたまらないらしく、大澤は火をつけながらも笑っている。裕次郎が目を丸くしていると、大澤が白い煙と共に口から吐き出した。
「お前と俺がホテルに行ってるトコロ」
 大澤の答えに、裕次郎の動きが一瞬止まる。笑えるだろ?という表情で裕次郎を見る大澤の目が、裕次郎も自分と同じように笑う瞬間を期待を込めて待っていた。
「ありえね〜だろ?」
 駄目押しのように言う大澤。すると、裕次郎が虚空を見つめていた視線をゆっくりと動かして、言った。
「・・・・・・そうか?」
 なに?
 今度は大澤の笑顔が凍りつき、ぎこちなくひくつく。いや、そこは冗談としてサラっと流して・・・。
「いや、だって、俺とお前だぞ?そんなん、カナメだって引きそうな・・・」
「そこまで有り得ないもんでもないんじゃないか?」
 あくまでも真剣な顔で返す裕次郎。それとも、これも冗談?
「ま・・・またまた、だってお前、年下じゃないとダメなんだろ?」
 引きつった笑いのまま、大澤がなんとか否定しようとする。・・・と、裕次郎が何を思ったのか大澤を見て言った。
「今までは当たりが悪かっただけかもしれないしな・・・」
 そこでそういうこと言うかよ・・・と、大澤は背筋に冷たいものが走るのを感じながら、思わず俯いてしまう。そこへ、裕次郎がトドメとも言うべき言葉を放った。
「なんか・・・芳之なら抱ける気がしてきた・・・」
 ぎゃあ!た・・・珠ちゃん、早く帰ってきてくれ〜!と、大澤は心の中で一ノ蔵に助けを求める。すると、その祈りが通じたのか、一ノ蔵が店の奥から戻ってきた。
「お待たせしました」
 と同時に、テーブルに置かれる注ぎたてのビール。一ノ蔵と大澤の二人がそのグラスを手に取ると、揺れる白い泡を見ながら、裕次郎が傍らにいるウェイターにビールを頼んだ。
「あれ?お前、ロックのあとでビールに戻るの嫌いじゃなかったっけ?」
 見慣れない兄の行動に、一ノ蔵が突っ込む。すると裕次郎、一ノ蔵と大澤の二人を見て、たくらみの笑顔で言った。
「あぁ、試してみれば案外いいものかもしれないからな、やってみることにした」



 この男、どこまで本気なんだろうかと、肝を冷やす大澤であった。




−終−



すんません(^^;)またもや無意味シリーズのような・・・。

ヨシタマユウの三人は書いてて楽しいのです。
裕次郎のシリーズは、このまま「誘う男」というタイトルになりそうです。
えぇ、もっぱら誘う相手は大澤なんでしょうけども・・・(笑)
いやぁ、どうなるんでしょうねぇ・・・。


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