100moments
乙姫静香



◇第二十六話◇



「漢の花道」





 僕の名前は岡本憲市。某印刷会社の営業係長だ。
 職場では、部下に厳しい係長として恐れられている。そう、泣く子も黙る鬼係長だ。
 それなのに・・・あぁ、それなのに。
 そんな僕の元に、新しい部下がやってきた。ただでさえ、新入社員の慣れないスーツ姿にはときめきを隠せないっていうのに、今年はその中でもピカイチが来た。
「一ノ蔵と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
 あぁっ!・・・そんなにサワヤカな笑顔を見せないで・・・!僕のハートがシクシクしちゃうから・・・。
 思わず胸を押さえてその場にうずくまりそうになったものの、そこはじっと堪え、上司然としてみる。そう、部下には威厳をもって向かわなければ。たとえどんなにルックスが僕好みでも、すぐに上司を馬鹿にするようなヤツかもしれない。騙されちゃいけない!この子のルックスに!
「僕は岡本だ。他から噂で聞いてるかもしれないが、甘いことは言わずにビシビシいくから、そのつもりでな。弱音は吐くなよ」
 彼の周りをゆっくりと歩きながら語る。そう、この調子。威厳を失わないように・・・。
「はい。研修中にも係長のお噂は聞きました。僕としてもビシビシ鍛えていただきたいので、こちらの部署を希望いたしました。無事に配属されて光栄です」
 ピシッ!
 そんな音がするほどに、彼のスーツ姿は決まっていた。なまじ身長があってスタイルもいいもんだから、スーツが似合わないわけが無い。ま・・・眩しい!
 しかも、自ら希望して僕の元に・・・?ビシビシ縛って・・・いや、鍛えて欲しいって?昼も、・・・夜も?(←そんなことは言っていない)
 いかん憲市!目を泳がせたら相手の思う壺だぞ!しかし、こうして周りを歩いていると、えもいわれぬいい香りが・・・。
「い・・・一ノ蔵くん、コロンでもつけてるのか?」
「あ、はい。すみません、キツすぎますか?」
 彼は、つけすぎだったのかな?という顔で、少し困ったように自分の匂いを嗅いでいる。大丈夫。僕が匂いに気付いたのは、君の背中から5センチの距離に顔を寄せたからなんだよ。ふっふっふ。
「そんなことはない。この程度の量なら、構わないよ・・・」
「そうですか。・・・あ、でももしも営業周りに差し支えるようでしたら、すぐに止めます」
 ほっとした顔から、すぐにまたしゃんとした顔に戻る。そんな初々しさがまた、僕の心をくすぐる。
 なんなんだコイツは!こんなんじゃ、まさに僕の好みじゃないか!
 いやまて憲市。コイツは研修中に僕のことを聞いたと言ったな。となると、もしかしたら、僕の好みを事前に調べ上げて、僕に気に入られようとしてるのかも・・・。
「ちなみに、何をつけているのかな・・・?」
「はい、ドラッカーノワールです」
 こっ・・・この若さでドラッカーノワールをつけこなすとは・・・。侮れん。侮れんヤツだ・・・。
「そ・・・そうか、ス・・・ステキな香りだね」
「ありがとうございます」
 ニコッ。
 あ・・・微笑んだ。くそっ・・・僕の警戒心を解く、魔性の笑顔めっ!
 騙されるな!騙されるなよ憲市!僕には登りつめるべきエリート街道が用意されているんだ!入社以来、会社の中でもこの嗜好のことは隠しに隠してきたんだ!それを、こんな若造のために放り出していい訳がないじゃないか!
「で、一ノ蔵くん・・・だったね。下の名前はなんていうのかな?」
 すると彼は、初めて少し困ったような顔をして、今までのハキハキとした返事とは違う、戸惑うような声で言った。
「・・・一ノ蔵・・・珠三郎です」
 少し、頬が赤くなったような・・・。
 ・・・・・・・・・・・・キュ〜〜〜〜ン
 なんだ?いまキューンっていったのは、僕のハートか?
 はっ!しかも、僕としたことが、なんで口を開いたまま彼のことを見上げているんだ?僕の・・・僕の威厳が・・・!
 それにしても、珠三郎・・・可愛い名前じゃないか。
「すみません。変な名前ですよね」
 照れ隠しに彼が言う。思わず僕は反射的に返してしまった。
「そんなことはない。・・・ステキな、名前だよ」
 じっ・・・と彼の目を見つめる。彼は、また少し戸惑ったように、ひきつった笑顔を見せた。
 コイツ・・・相当のテクを持っているのかもしれない。好みがうるさいこの僕の心を、ここまでときめかせるのだから・・・。天然か?それとも・・・。
 僕は彼の周りをグルグルと回りながら、低く唸ってみる。目の前にいるのは、天使か悪魔か・・・?
 そして、散々歩き回った後、僕は彼の前に立ち、彼をじっと見上げて言った。
「きっと・・・携帯電話の番号も、ステキなんだろうね・・・」



 それは、泣く子も黙る鬼係長が、桃太郎ならぬ珠三郎に退治された瞬間だった。
 岡本係長の受難の日々は続く・・・。






−終−



一体、なんちゅー話を書いているんでしょうねぇ。
一部から「一度くらいは願いをかなえさせてあげたい」と
援護されている岡本係長です(笑)。
願いの叶う日は・・・くるんでしょうかねぇ?(^ヮ^;)

ちなみにワシはドラッカーノワールの香りに
すぐにメロメロになります。あんなにそそる香りは反則です(困)。
ヨッさんはなんのコロンつけてるんだろうなぁ・・・。


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