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乙姫静香

◇第二十三話◇



「わがままな男・再々」





 コンコン
 夜の表参道。メインストリートからちょっと入った好立地に建つそのマンションのとある階に、わがままな男大澤は佇んでいた。一応遠慮がちにノックはしているものの、その気持ちは「さっさと開けるのじゃ!逃がさんぞ〜」である。
「あれ?ヨッさんじゃないっすか。どうしたんですか?」
 ドアを開けた一ノ蔵は、なにやら手荷物を持って玄関前に立っている大澤を不思議そうに見つめる。まぁ、電話もせずに来られることには、いい加減慣れてきたけれど(←慣れるほど来てるんかい)。
「忍が仕事っつーから、家にいると思ったんだよな〜。よかったよかった!」
 質問に対する明確な答えもないままに、大澤は一ノ蔵の部屋に上がりこんでいく。一ノ蔵も別に拒絶する必要もないと、そのまま玄関を閉めた。
「これ!俺一人で食うのもなんだから、持ってきたんだよな。珠ちゃん、もう夕飯食った?」
「はぁ、まぁ食うには食いましたけど、それなんすか?」
 ビニールコーティングされた丈夫そうな紙袋に入った発泡スチロールの箱。かすかに漂う海の香りから、一ノ蔵はなんとなく中身が見えてきた。
「はっはっは!目にも見よ!タラバさまのおな〜〜り〜〜〜!」
 大澤がフタを開けた瞬間に、これまたどでかいタラバガニが眩しく光りだす。明らかに高いであろうそのタラバガニを驚きの目で見ながら、一ノ蔵はカニの横に正座した。
「うわ〜〜!こりゃまた立派な・・・。どうしたんすか?こんな高そうなカニ・・・」
「原稿貰いに行ったら原稿と一緒にコイツをもらっちまったんだよな〜。俺の担当してる作家の中に実家が北海道って人がいてさ〜。実家から送ってきたんだそうな」
「マジっすか?すごいですねぇ」
 ほ〜と感心しながら、一ノ蔵はカニを指先でつついてみる。すでに浜ゆでされているのか、カニは動かなかった。
「そう。で、新鮮なうちに食ってくれってことなんだけど、忍は仕事だろ?カナメもあんまり遅い時間に飯は食わないし。だから、珠ちゃんと食おうと思ってさ」
「まぁ、確かにカニは別腹っすよね〜」
 カニが好きなのか、一ノ蔵もニコニコと嬉しそうに微笑んでいる。
「だろ?さぁ、さっさと食おうぜ!実は二匹もいるんだな、これが」
 大澤は、皿と箸を運んでくる一ノ蔵の横で、グラスとビールを物色。一ノ蔵は開けた箱の下にあるもうひとつの箱をマジマジと見つめた。
「二匹も!?さすがに・・・食いきれますかねぇ?え、ヨッさん飯食ってないんすか?」
「食った」
 ビールを勝手に注ぎながら、あまりにもあっさりと答える大澤。一ノ蔵はそんな大澤を見つめた後に、ふと視線を床に落とした。
「本当に二人で食いきれるかなぁ・・・?」
 心配そうな一ノ蔵、すると大澤はビールを一口飲んで言った。
「でもなー、カニは浜ゆで直後にさっさと食うのが一番美味いんだよな。冷蔵庫に入れると、その度に味が落ちるし」
 しかし、自分としても一人で一匹食べられるほどの余裕はないような気がする。と、そこで一ノ蔵が恐る恐るといった雰囲気で切りだした。
「カニに目が無い人物に心あたりもあるんですが・・・」
 そして、チラリと大澤を見る。大澤もその瞬間に、それが誰を指しているのかを察し、なるほどと目を開けた。
「いいんじゃん、呼べば」





 「よっ、カニだって?」
 弟に呼ばれた裕次郎は、カニの殻と格闘している大澤の横に座ると、嬉しそうにカニを覗き込んだ。
「ほ〜、立派じゃないか。どこぞの作家にもらったんだって?」
「おう。今日中に必ず食うようにって言われてな」
 大澤は答えながらもカニの身をほぐしている。すると裕次郎、にやりと笑って言った。
「男か?女か?」
 瞬間、大澤は手を止めると裕次郎の顔をじっと見つめる。そして、わざと分かりやすく大きなため息をついてみせると、再びカニに集中し始めた。
「なんだよ、それ」
 裕次郎は、大澤のその反応が不服だったようで、大澤のビールを飲んで仕返しする。大澤は、大人の余裕を見せようとしているのか、ふっと笑って答えた。
「どうせ、下世話なことを考えてるんだろ?」
 そこへ、裕次郎の分のコップと皿を持って一ノ蔵がやってくる。
「なにが下世話なんですか?」
「だって、こいつがこのカニをくれたのは男か女かって聞くからさ。どうせ、男だったら自分がどうにかしようってことなんじゃないかな・・・と思ってさ」
「それは違うな」
 大澤が一ノ蔵に説明する傍らで、裕次郎は反論しながらも大澤がほぐした身をせっせと食べている。最初の数本は見逃していた大澤も、さすがに切れて言った。
「お前なぁ!なんでさっきから俺のカニを・・・!」
「あ?俺はてっきり俺の為にむいてくれてるのかと思ったぞ」
 もぐもぐと口を動かしながらも、次のカニを口に入れることも止めない。大澤は、裕次郎のあまりの態度のでかさに怒りを通り越して呆れさえ覚えた。
「なんで俺がお前のために?なにをどうやったらそういう考えに至れるんだ?」
「ヨッさん、弟の俺が言うのもなんですけど、ヨッさんがいい意味でのわがままなら、こいつは悪い意味でのわがままですから、理解を期待しちゃダメです。野生動物とでさえ、きっともっとコミュニケーションがスマートにとれると・・・」
 一ノ蔵も変なフォローを入れてくる。大澤は食べやすくなったカニの身が乗った皿を裕次郎から奪い取ると、手の届かないところにそれを置き、シャーッと威嚇をして見せた。
「ちっ」
 軽く舌打ちをして、裕次郎が自分の皿の上に殻つきのカニを取る。一ノ蔵と大澤もそれを確認して、それぞれがカニの殻剥きを始めた。
「ところで」
 パキパキと音がする中で、大澤が呟く。一ノ蔵と裕次郎も、顔をあげぬままに耳を傾けた。
「さっきお前が言った『それは違うな』って、なにが違うんだよ」
「あぁ、それか」
 裕次郎は自分で剥いた身を美味しそうに口に頬張る。ちょっと待て・・・と指で合図をした後に、喉を鳴らしてカニを飲み下した。
「それはだな。お前の予想が外れてるということだ」
 口がカラになったところで、さっきの続きを話す。大澤と一ノ蔵はどういうことか分からずに裕次郎を見た。
「別に男だったら自分でどうこうだなんて、そんなこと考えちゃいない。ただ、男にしても女にしても、お前に惚れてるんだろうよってことだよ、芳之」
 どうしてお前にいきなり下の名前で呼び捨てにされてるんだ?・・・と、別方向に大澤の意識が向き始める。が、とりあえずは置いておいて、裕次郎の意見に異論を唱えてみた。
「なんで話がそういう方向に行くんだ?ただ単に、作家と担当ってだけだろ?カニもありすぎるから・・・」
 と、そこで隣にいた一ノ蔵がボソっと呟いた。
「・・・でもヨッさん、俺もちょっとそう思いました」
「へ?」
「だろ?だよな〜。ほら、タマもそう思うってよ」
 一ノ蔵は裕次郎に同意してしまったことに対する後悔か、はたまた大澤に反論したことに対する気まずさからか、俯いたままひたすらにカニの身をほぐしている。大澤は二対一の状況ながら、負けずに言い返した。
「根拠はなんだよ〜!」
「そりゃ、二匹も・・・」
「だって、二匹も・・・」
 これまた双子が同時に、似たような声でステレオ音声。大澤はさすがに眉をよせ、カニを皿に置いた。
「なんでそこに話が行くんだ?じゃあ一匹だったら問題ないって言うのか?」
 すると、一ノ蔵が顔をあげて言った。
「だって、このカニのでかさを見てくださいよ。いくら北海道で買ったからって、安くはないでかさですよ!しかも、この味。これはアブラガニでもない、正真正銘のタラバです。ほら、ここのボツボツ見てくださいよ。中央に二列三行の突起があるのが本タラバ。これが二列二行だとアブラガニになるんです。スーパーとかで特価で売られているのは大体がアブラガニで、本タラバはアブラガニの二倍から三倍の値段なんですよ」
「その、高くて立派なタラバを二箱二匹でお前に渡したんだぞ!一箱づつ別の人間にやればいいものを、二匹ともお前に!!・・・ちょっとは察してやれ」
 弟のナイスセンタリングから、兄のナイスシュート。大澤は軽く感動すら覚えて二人を見返した。しかし、この裕次郎に「ちょっとは察してやれ」と言われても、説得力に欠けるのも事実。
「で・・でもなぁ・・・」
「タラバに託した淡い想いか・・・」
 反論しようにも、二人は完全に恋と思い込んでいるらしい。大澤は、ほんのちょっぴりあの作家と自分がどうにかなるトコロを想像し(←するか、普通?)、カニに濡れた指をティッシュで拭いた。
「どうした?食わんのか?」
 ペースダウンした大澤を尻目に、裕次郎は恐ろしいスピードでカニを胃に収めていく。
「いや・・・ちょっと食欲が・・・」
 作家は確か70も越えて、孫もいたはず。そして男・・・。
 どうにかしたいのか?本当か?っつーか、どっちの意味で?上か?下か?
 考えれば考えるほど、ドツボにはまっていく。
 さすがの大澤も、次にその作家に会った時にどんな顔をすればいいのか、悩みながらチビチビとビールを口にした。



 わがままな男、大澤。カニをもらえた理由が、歳の所為で少食になったためだということには、気付かないらしい。



−終−



すんません(^^;)再び、余りにも無意味な・・・・(−−;)

なんとなくこの三人が書いてみたかっただけで・・・。
しかし、珠ちゃんのことは一ノ蔵なのに、裕次郎は裕次郎。
微妙なトコロで悩んでいるワシであったりします。
でも、珠三郎って書くと、なんか変な感じ〜(^^;)
これで廉太郎が出てきたら、ますますややこしいっすね。たは〜。






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