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乙姫静香
◇第十九話◇
「わがままな男・再」
一ノ蔵は、大澤に呼び出されて街角に立っていた。
土曜の夜。既に十時をまわったものの、それなりに人通りのある表参道。一ノ蔵は生乾きの髪を、その渇き具合を確かめるようにかきあげた。
風呂上がりにかかってきた電話は、悪魔からの召喚状。しかし、声に混じるどことない真剣な響きに、なにかあったのかと思ったのも本当。大澤の素直さ・・・というものが微妙に分かりかねるだけに、一ノ蔵はある意味大澤の思う壺に動いていた。
「お待たせ」
「わっ!」
背後から突然現れた大澤に、一ノ蔵が飛びのいて答える。
「ビックリしたー。いつから居たんですか?」
「いや、今来たばっかり。マジで」
マジで・・・と言われるとなんだか怪しんでしまう。いやいや、こんな風に考えるようになったのは、大澤やカナメと出会ってから。必要以上に複雑に考えるのはやめようと、一ノ蔵は微笑みながら首を傾げた。
「どうしたんすか、突然」
「うん。まぁその・・・。どっか入るか」
なぜか言い淀む大澤。益々怪しい・・・。
「いいですけど、この時間で夕飯・・・ってのも、ねぇ」
「珠ちゃんは?腹減ってる?」
なんだ?なんなんだ?なんか妙に低姿勢・・・というか、いつもだったらこっちの都合なんかお構いなしに、行きたい場所に行き、食いたいものを食ってる大澤なのに・・・。
「そうですねぇ。夕飯は食べたけど、つまむ程度なら付き合える・・・かな」
「じゃ、いつものトコロ、行くか」
いつものトコロ・・・というのは、大澤が一ノ蔵を呼び出した時に行く、一ノ蔵のマンションの近くにあるアジア系ダイニングバーのこと。
「別にいいですけど」
一ノ蔵が答えると、大澤が歩き出した。
怪しい・・・。
思いたくなくても、ついそう思ってしまう程に、今日の大澤はどこか変だった。
笑顔に『慈愛』の二文字が強引に浮かんでいるような、そんな感じさえする。黒目がちな細い目が、いつも以上に三日月型に歪んでいる(←微笑んでるとは思えないらしい)ような気がする。そして、視線の温度は生温かい(←生がつくだけで怪しさ倍増)。
テーブルの向こうで『お兄さん』のオーラを放っている大澤をやや上目遣いで見ながら、一ノ蔵はビールを口に運ぶ。この、微妙にキマズイ雰囲気を打破すべく、なにか言わねばと一ノ蔵が思い始めた頃、大澤が深く息をついて言った。
「今日は、忍と一緒じゃないのか?」
「へ?・・・だって、忍さんは来週半ばまで仕事が忙しいって・・・。ヨッさんも知ってるじゃないですか」
冷えたグラスを握り締めながら返す。だからみんなで遊ぶスケジュールも延びたのだ。そして、今回の幹事は大澤なんだし・・・。
「あ、そうか。じゃあ今日は友達とでも遊びに行ったのか?」
友達・・・。改まって聞くと、どこか寒い響きである。いや、このシュチュエーションで聞くから寒いのだろう。きっと・・・。
「いえ、今日はせっかくの機会だから部屋の掃除をしました。イロイロ買物もあったし」
気の向いた時にやらないと、なかなか掃除のできないタイプの一ノ蔵だけに、まるで大掃除のように今日は色んなことをした。とはいえ、捨てられない本を束ねてダンボールに詰め、実家に送ったというだけのことなのだが、それだけでもかなりの量があったことに本人が一番驚いた。実家の自分の部屋がすでにただの物置になっているであろうことは、見なくても分かる。
「そうか・・・。でもな、友達を大切にすることは大事だぞ」
なぜか遠い瞳をする大澤。そのあまりの胡散臭さに、一ノ蔵の背筋を冷たいものが走った。
「どうか・・・したんスか??」
額に汗する勢いで、一ノ蔵が呟く。すると、さらに爽やかな瞳で、大澤が遠い夏の日を見るような目をして見せた(なぜ夏?)。
「別に、どうもしないさ。いつも俺は、そう思ってるぞ」
嘘だ。・・・いや、大澤が友達を大切にしないとは思わない。実際、宮坂のこともカナメのことも「大澤なりに」大切にしてると思う。でも、いまの響きは違う。っつーか、今日の大澤自体が、何か変だと、一ノ蔵は確信していた。
「は・・・はぁ。で、そういうヨッさんはなにしてたんですか?」
「俺か?・・・俺は、ビデオをみた。懐かしいドラマのビデオが、レンタル屋にあったんでな」
そして漏れるため息。もしかして、どこか目が赤いと感じたのは、泣い・・・いやいや、おそろしくてそれ以上は考えられない。一ノ蔵は、怖々口を開いた。
「懐かしいドラマ・・・ですか?一体何観たんですか??」
「・・・・・・・」
何故か、答えずにじっと一ノ蔵を見つめる大澤。一ノ蔵は視線を落としてビールを口に運ぶと、こっそり視線をあげて、大澤の視線の先を確認した。やべっ!まだこっち見てるし。
「珠ちゃん」
「はっ!はいっ!」
何故か緊張して答える一ノ蔵。
振り返って考えるに、最近では他の友人達以上に大澤に会ってるような気がする。家が近いからというのが第一の理由なのだろうけど、実は二人で外食している回数は宮坂とのそれよりも多いと思う。会社の付合いもあるから理由にも事欠かないし、共通の話題も多い。
しかし、二人の関係は、大澤がさっき口にした『友達』というのとは微妙にニュアンスが違うように思える。ではなんなんだと言われても、困るのだけど・・・。
「友達付合いは、大切にしろよ・・・」
ドウシタンスカ、オニイチャン・・・・・・。
そんなセリフが、一ノ蔵の頭の中をデジタル表示でクルクルと周る。ついでに目も回りそうになりながら、一ノ蔵は小さく呟いた。
「はぁ・・・。そうっスねぇ・・・・」
「珠ちゃんってば、昔ラグビーやってたりしたんだろ?その時のチームメイトとか、どうしてるんだ?」
「え?あぁ、高校の時ですけど・・・。みんな元気っすよ。実家に帰ると今でもよく遊んでますけど」
「そうか・・・。よかったな」
ふぅ〜・・・っと煙草の煙を吐き出しながら、どこか満足げな大澤。その表情に、まさか・・・懐かしのドラマって・・・と思いながら一ノ蔵が黙っていると、大澤がトイレに立った。
やっと息がつける・・・と、一ノ蔵は深いため息。と、その一ノ蔵の耳に、遠ざかる大澤のハミングが聞こえた。
「愛は〜奇蹟を〜信じるチカ〜ラよ〜♪」
やっぱり!
思わず振り返る一ノ蔵。どこか上機嫌の大澤の背中は、すっかり滝沢先生になっていた。
なんてことはない。『スクールウォーズ』を見て感動した挙げ句、高校ラグビーをやっていた一ノ蔵のことを思い出しただけの大澤。そのことに気付いた一ノ蔵は、落胆とも安堵ともつかない微妙なため息の後に、苦笑いでビールを流し込んだ。
時に、とんでもなく単純な大澤。その事に最近気が付いてきた一ノ蔵だが、まだまだ修行が足りない。とりあえず、変な誘惑とか尋問とかはなさそうなので安心したものの、ラグビー話に浸りたそうな大澤の帰りを待ちながら、一ノ蔵はポツリと漏らした。
「イソップは居なかったって、最初に言っとかないとな」
−終−
すんません(^^;)余りにも無意味な・・・・(−−;)
『スクールウォーズ』知らない人には全く通じないオチですな(^^;)
だからこそのお姉様向け小説『大人になっても』シリーズというか・・・(笑)
珠ちゃんのラグビー部にはイソップ居なかったっていうか
ああいう子が居る方がめずらしいと思ったりするワシでもあります。
うーん、久しぶりに観たくなってきたなぁ。スクールウォーズ(爆)