100moments
乙姫静香
◇第十五話◇
「視線の温度」
自室のパソコンに向かって、尚也は小さくため息をつく。やっている仕事は探偵の調査報告書。今回の仕事は浮気の調査だった。
仕事だと割り切っているし、そこまで自分をモラリストだとも思っていない。ただ、人を疑うことがナンボといった仕事が続くと、さすがに気が滅入ってくる。
確かに、人間は利己的で傲慢な生き物だ。少なくとも尚也はそう思っている。自分のために他を犠牲にするし、しかもそれを正当化すらする。そのくせ、自分が犠牲になることは受け入れない。
別に尚也は人間批判をするつもりはない。なぜなら、そんな自分も人間なのだから。
人が疑う生き物であることも、嘘を付く生き物であることも、裏切る生き物であることも分かっている。そんな部分も、愛しいと思える時も・・・・・ある。
カリカリっという音を聞いて、尚也は振り返る。ドアを向こうから掻いている音。尚也は立ち上がりドアを開けると、そこに鎮座している獅子丸を見下ろした。
「どうした?」
獅子丸は嬉しそうに目を細めて尚也を見上げると、長い尻尾をピンと立てて尚也の脚に自分の身体を摺り寄せる。尚也はその小さい身体を抱き上げ、顔を覗き込んだ。
「向こうで遊んでるんじゃなかったのか?」
ウルニャっと短く鳴いて、獅子丸は尚也の顔に冷たい肉球を押し当てる。尚也は不思議に思い、獅子丸を抱いたまま部屋を出た。
おかしいな・・・と思う。今日は子規が来ているので、獅子丸は子規と遊んでると思ったのだが・・・。
ベランダの前にあるソファの上に、子規は横たわっていた。遊びつかれて先に寝てしまったのかなと思いながら、尚也は前に立って規則正しい寝息を立てている子規を見下ろした。
腕の中で、獅子丸も一緒に子規を見下ろしている。時折、子規に飛び掛かりたいのか、獅子丸が腕を伸ばしてあがいたが、尚也はそれをメッとたしなめるとその小さな身体を床に下ろした。
ソファの袖に座って、ぼんやりと子規の寝顔を見下ろす。本当に気持ち良さそうで、見ているこっちが眠くなるほど・・・。
人は弱い生き物だと、どこかで思っていた。だから嘘や虚飾にまみれていくのだと。
ヤマトは強い人間だったと今でも思う。どこか悲しいくらいに強く、そして酷く清らかな人間だったと。
汚れていないから強いのか、強いから汚れないのかは分からない。けれど、強いが故に、とても辛そうだった。弱くなることが、許されないかのように。
今なら、何故ヤマトが自分の元を去ったのかが分かる。
尚也は眠る子規の顔に手を伸ばし、頬にかかった髪をそっと指で払う。すると、その感触がくすぐったかったのか、子規が小さく身じろいだ。
「ん・・・・」
幸せが手に入ると、亡くすことが怖くなる。綺麗なものを持っていると、汚さないように気を使う。それを、大切に思えば思う程・・・・。
子規は、尚也にとって不思議な人間だった。弱さを恐れない強さを持っていた。そんな強さもあるのかと、目から鱗が落ちた気がした。
なんだろう・・・子規を見るとほっとする。なにをだか分からないけれど「まだまだ大丈夫」という気がする。
ヤマトが消えた時、世界が真っ白になった。
子規が消えれば?
自分にそっと問いかけてみる。答えは簡単。
きっと・・・・・世界は無くなるだろう。
「・・・・・也。・・・尚也?」
肩に感じる熱。揺さぶられているのだと気付いた時には、目が開いていた。
「・・・え・・・?」
「どうしたんだよ。尚也がうなされるなんて・・・」
うなされてた?どうしてだろう。ほんのちょっと前のことなのに、もうどんな夢を見ていたのかも思い出せない。
尚也は、床の上でゆっくりと半身を起こし、不安そうに見ている子規を見返した。
「うなされてた?」
「うん。なんか言ってた。なに言ってたかは分からないけど・・・・」
「・・・・・そう」
深呼吸とともに髪をかきあげる。覚えていないけれど、あまりいい夢ではなかったようだ。やけに、喉が渇く。
寝ている間にかけてくれたのか、身体の上に乗っているブランケット。どうやら、子規の寝顔を見ているうちに自分も眠ってしまったらしい。
「大丈夫?」
「え?・・・あぁ」
大きな目が尚也を見る。尚也は思わず微笑んで呟いた。
「大丈夫。子規くんの顔見たから・・・」
ボッ・・・と火が付いたように赤くなる子規の顔。その反応の良さに、ついまた笑ってしまう。どうして、こんなに素直なんだろう。
「だっ・・・ど・・どうしてすぐそういうこと言うかなぁっ?」
子規はうろたえながら口唇をとがらせる。そんな顔も、どうしようもなく可愛い。
「だって、本当なんだもの」
「本当って・・・いっつもそんなことばっか言ってるじゃん!」
子規は傍らの獅子丸を抱き寄せて、照れ隠しに撫でてみる。獅子丸はとりあえず撫でられたことが嬉しいのか、ゴロゴロと喉を鳴らしていた。
「だから、いつも本当にそう思うんだもの」
「でっ・・・でも、そんなにしょっちゅう言うことかよ、そういうのって・・・・」
アヒルのように口唇をとがらせている子規。首まで赤いし・・・。
「うん。だって、嬉しい気持ちは、口にするともっと幸せになるでしょ?」
どれだけの言葉を重ねれば、自分の気持ちは正確に伝わるのだろう?
言葉だけじゃ足りないのはよく分かってる。けれど、言わずに後悔するくらいなら、伝えておきたい。伝えられるうちに・・・。
『どれだけ君が、かけがえのない存在か』を。
「子規くん・・・・」
「ん?なに?」
獅子丸の腕をビローンと伸ばしながら、顔を向けてくる子規。なされるがままの獅子丸も、子規と一緒に尚也を見た。
「今日は・・・帰らないでね」
ボンっと弾けたように赤くなる子規。尚也は子規の身体に手を伸ばすと、腰を抱き寄せて頬にくちづけた。
なめらかな子規の肌。何度触れても、飽きることのない感触。
子規はというと、どうしてか妙にやる気マンマンの尚也に戸惑いながらも、獅子丸を抱きしめたまま返した。
「嫌な夢でも・・・見たの?」
恥ずかしがりながらも、どこか尚也を気遣った言葉。尚也は、大きな目で見上げてくる子規の額に、コツンと自分の額を重ねた。
「ううん。嫌な夢を・・・・見たくないだけ」
「俺がいると、怖い夢・・・見ないの?」
尚也の肩にもたれかかり、子規が呟く。艶やかな髪が、頬に触れる。
泣きたいくらいに、恋しい思いが盛り上がる。
どうしてこんな。いつからこんな。
尚也は、思わず苦笑してしまうと、返事を待っている子規の瞳に語り掛けた。
「どんなに楽しい夢でも、子規くんのいる現実には勝てないよ」
君が居なければ・・・。
−終−
すみません(^^;)くだらなくも無駄に甘い話に・・・(−−;)
いえ、「それ嘘」も「それ一」も子規の一人称で話が進むので
果たして尚也は?という想いで書いたのですが
思いもかけずにバカップルぶりが露呈したというか・・・。
ぐは〜(^^;)