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乙姫静香
◇第十四話◇
「もうラブレターは書かない・1」
俺が悠のことを気にし始めたのは、たまたま化学の選択授業で一緒になったからだった。
それまで、同じクラスにいながらあんまり話したこともなかったし、特に接点もなかった。でも、悠が教室にいると、つい目の端で姿を追ってる自分に気付いていたし、目が合うと胸が高鳴った。特に、最近は目の合う回数が増えた様な気がして、改めて自分があいつを見る回数が増えてるんだなと思っていた。
化学の実験で一緒の班になったものの、他の連中はやる気もなく、ダラダラと実験は続く。
くだらない話をし始める奴。それを機に完全に手が止まる奴。
別に俺もそこまで化学の授業に興味がある訳ではなかったけど、授業時間内に終わらなければ居残りが決まってる。おまけに化学の教師は俺の部活の顧問だったりすることから、真面目にさっさと終わらせたかったのだ。けれど、そんなことお構いなしの他の連中は最後には遊びだし、実験で使う薬品で関係無いことをし始めた。
「お前らいい加減にしろよな!」
喉まででかかった言葉。けれど、当然声にはならない。正当性が合っても理解はされない言葉が、世の中には多々ある。でも結局それが言い訳に過ぎないってことも、俺はよく分かっていた。
ただ、勇気がないのだ。そんなことを言って、嫌な奴だと思われたくない。俺なんて、別にクラスでリーダーシップをとるような目立つ存在でもなければ、勉強が飛び抜けて出来る訳でもない。そんな奴がいきなりそんな事を言ったらつまはじきにされるかもしれない。くだらない自己保身が、自然と俺を無口にさせていた。すると、その時。
「お前ら、やる気が無いなら出てけよ」
そんな声に俺は顔をあげた。悠が真面目な顔で立っている。激しい嫌悪感をあらわにする訳でもなく、かといって笑顔で言葉のキツサを和らげるでもなく、事務的な涼しい顔で言い放った。
「折笠ぁ、なにカタイこと言ってんだよ。お前だってメンドクセーと思ってるんだろ?」
冗談で済まそうとしたのは話に没頭していた主犯格。タチが悪いことでも有名な奴だった。
「授業にカタイも柔らかいもないだろ。受けたくないなら出てけよ。単位落とすのが怖くて授業には律義に出るくせに、真面目な奴の脚引っ張るなんて、そっちの方がダセーんじゃねぇか?」
悠が言っていることは、それ以上無いくらいに正論だった。留年するのを度胸というかどうかは分からないけど、そこまでする覚悟が無いくせに、アウトローを気取っている奴の姿は単なるガキの突っ張りである。おまけに、真面目に授業を受けたい者にしてみれば、邪魔なのは明らかだった。
悠が笑っていれば良かったのだろうか?そう言えば、悠はいつも笑っているような印象がある。だからこそ、眉を寄せなくても本気が伝わったのだろう。奴は、顔を真っ赤にして怒りながらも、それ以上反論しようとはせず、けれど実験を手伝うことも決してしなかった。
しかし、最初にとった遅れを取り戻せる筈もなく、結局居残り。が、放課後、実験室に現れたのは、悠と俺の二人だけだった。
「まぁ、こうなることは分かってたけどな」
ため息交じりに呟く悠が、妙に印象的だった。
「松岡、部活は?」
悠が実験機具の用意をしながら俺を見る。俺は、それを手伝いながら目を逸らした。
「ナベちゃんが・・・バスケ部の顧問だから・・・」
「そうか、レポート出さないとばれるもんな」
意外と軽快に悠は笑う。そう、これがいつもの悠の顔。仲の良い奴等と一緒に、こんな風に笑ってる。そういえば、悠はテニス部だったっけ。
俺は何も返さずに、黙々と実験を始めた。本当はなにか気の利いたことでも言って、クラスメイトっぽくというか、友達・・・・っぽく過ごせたら、と思う。けれど・・・。
何故だか、どきどきした。やってることは化学の実験なのに、俺はまともにあいつの顔を見られなくて。実験室が夕日でオレンジ色になってくれてて助かったと思ったほどだ。
「折笠さ・・・・よく、言えたよな」
試験管を覗きながら、ノートに実験の様子を書いていく。悠が反対側で同じようにシャーペンを動かしていた。カチカチという、シャーペンをノックする音がやけに大きく聞こえた。
「え?・・・あぁ、さっきのか」
「ちょっと・・・びっくりした」
俺には、とても言えない。奴の方が身体もでかくて、ケンカも強そうだし、チームとつるんでるとかそういう話も聞く。悠だってガタイなんて俺と変わらないんだから、ケンカになったら負けそうだし。あいつ卑怯だから、仲間を連れてきてボコられたら・・・。
「そうだよな・・・ごめん」
一瞬、なんで悠が謝るのか分からなかった。俺はノートの上の手を止めて顔を上げる。
「え・・・・?」
「だって、俺があんなこと言わなきゃ、あいつらもここに来てたかもしれないし、二人で居残りなんてしなくて済んだかもしれないだろ?」
「や・・・そういうことじゃ・・・・」
俺が言いたいのはそういう事じゃなくて・・・。そんな事言われると、酷く自分が嫌な奴に思えてくる。
「あいつらいたって・・・邪魔になるだけだよ」
俺はノートに視線を戻しながら、そっけなく呟いた。
「うん。分かってる」
悠はにこやかに言って、まだ俺を見ている。俺は額辺りに悠の視線を痛いくらいに感じながら、書くことを探して何度もシャーペンの芯を出したり引っ込めたりした。シャーペンを握る手のひらに、滲む汗。
「松岡・・・優しーな」
「ぶっ!・・・・バカッ・・・変なこと言うなよ」
かゆい。くすぐったい。痛い。
なんなんだ、これ。頼むから、もう俺の方見ないでくれよ。俺たち、実験するためにここにいるんだし。これ終わらないと、部活に行けなくって、あとでナベちゃんに怒鳴られるじゃねぇか。
俺は、間違ってもいないのに、ノートに消しゴムをかけて、同じことを同じ場所にシャーペンで書く。繰り返し、繰り返し。ノートに、穴が開くまで。悠の視線が、俺から逸れるまで・・・。
「あいつ、変なバックが居るって噂だもんな」
やっと、悠の視線が俺から逸れて、試験管に移る。俺はホッとして少しだけ顔を上げた。
悠の顔が、夕日をバックに少しだけ翳って見える。
「ナベちゃんにも言われた。下手に突っかかるなよ・・・って」
くすぐったいような笑顔で言う悠。そう言えば、悠は一年の時にも化学はナベちゃんだった筈。それに、悠は確か文系志望だったような・・・。
「心配性だよな・・・ナベちゃんも」
口調の割には嬉しそうな悠の顔。あぁ、そうか。そういうことか。
俺は、自分の胸の疼きが何かを知る前に、気付いてしまった。
悠は、ナベちゃんのこと・・・。
「別に・・・誰のことでも心配する訳じゃ・・・・ないと思うけど」
ポツリと漏らすように呟いてみる。案の定、悠は喜んでるような顔で笑い返す。
それが、やっぱり痛かった。
心配してるのは・・・・。
−終−
「ラブレター関係無いじゃん」とお思いのそこのあなた!
正しいです(^^;)いえ、本当はちゃんとラブレターの話だったんですが
それだけだと唐突だったんで、最初にこの話を・・・ううう苦しい言い訳。
ちなみに悠は折笠悠(おりかさ・ゆう)。
松岡は松岡正博(まつおか・まさひろ)(←数人笑ってますな確実に
だって、どんな名前使ったか忘れてしまうんですもの〜(><)!!)です。
次回は友人の太一が出てきます(あああ!突っ込まないでぇ〜!)。